2024

03/01

執着から達観へ

  • 睡眠

岡島 義
東京家政大学人文学部 心理カウンセリング学科 准教授

睡眠と健康9(最終回)

「ないものねだり」(無いものを欲しがること)や「隣の芝は青い」(自分のものより、他人のもののほうが良く見えること)ということわざがあるように、自分には無いものを求めるのが人の性(さが)のようです。不眠に悩む人は、往々にして快眠を求めてさまざまな努力をします。しかし、何事も「すぎる」ことはよくありません。思いが強くなりすぎると、理想とする快眠に執着・固執することで視野が狭くなり、睡眠が手段であることを見失い、目的化してしまいます(第8回参照)。今回は、このような執着から抜け出し、達観する方法について探っていきましょう。

(1)自分の状態を「客観的に」観察し続ける

快眠に執着してしまうと、日中、だるい感じがし、気分も乗らず、「よく眠れなかったから無理しない方がいいかも」と活動を抑えてしまうことがあります。これは、うまく眠れなかった日に不眠に悩む人が陥ってしまう特徴的な悪循環ループです。

一見すると、自分の状態を観察できているようですが、今後起こり得ることへの不安にのまれてしまっており、「主観的に」観察している状態と言えます。例えると「木を見て森を見ず」。非常に近視眼的になってしまい、今のつらさを解消することにばかり目が向いてしまっています。

ここで必要な視点は、「客観的」に観察し続けることです。先の悪循環ループを例に取ってみましょう。

日中、だるい感じ(身体の状態)に気づき、気分も乗っていない状態(気持ち)なので、「よく眠れなかったら無理しない方がいい」という考えが浮かんだ。

あまり違いのないようにも見えますが、自分の中で起きている変化を客観的に分析していることがお分かりでしょうか。そして、悪循環ループとは異なり、この後の行動の選択肢が広がります。つまり、「活動を抑えるしかない」という一者択一ではなく、「いつも通り活動してみる」とか「取りあえず30分休憩してみる」といったように、バリエーションが増えます。

では、少し練習してみましょう。次の主観的な観察を客観的な観察に変えてみてください(※文末に回答例を載せてあります)。

 

「全然寝つけない……」
「明日、大事な商談があるのに!」
「頭が痛い……」
「今日も眠れなかったらどうしよう」

 

このように、「客観的」というのは、自分の身体・気持ち・考え・行動を、そのものとして捉えることです。これらを自分の中にいる「ピクシー(妖精)」とみなし、皆さんはそれぞれのピクシーの動きを観察し続ける司令塔のような役割のイメージを持つといいかもしれません。

この世に生を受けてから今日まで、24時間、365日、ずっとピクシーたちと苦楽を共にしてきました。ですので、彼らの動きは手に取るように分かるはずです。それを上から眺め、ピクシーたちの報告を受けながら、どの行路に進むかを判断する「第3の視点」と言えます。不眠になるとどうしても「木を見て森を見ず」状態に陥ってしまいます。そこで、客観的な観察を続けることができれば、「木も見て森も見る」ことができるようになり、不眠から抜け出すための好循環ループに入ることができるのです。

(2)好循環ループ

好循環ループとは、現状を客観的に観察し(Observe)、現状の問題(すなわち、悪循環ループ)に陥っている状況を判断(Orient)します。そこでどのようにすると悪循環ループから抜け出し、人生の目的に向かえるかの意思決定(Decision)を行って、実際に行動(Action)に移します。そこで生じるさまざまな変化について観察していきます。この好循環ループは、それぞれの頭文字を取って「OODAループ」と呼ばれています。しかし、OODAループを当たり前のように使いこなすには自主練習が欠かせません。

例えば、不眠で悩む人は、不眠恐怖の影響から、できるだけ寝床にいた方が身体は休まるし、睡眠時間も確保できると思っています。しかし、真実はその反対で、寝床に入っている時間は、実際の睡眠時間程度にした方が質の良い睡眠が得られるのです(第6回参照)。一方で、「眠れないのに寝床に入るのを我慢する」となると、「それで眠れなかったらさらにひどくなる」という考えと不安感が強くなり、なかなか実行に移すのが難しい方法でもあります。まさに「行くも地獄、戻るも地獄」といった感じです。そんなときには、「客観的な観察」のことすら忘れてしまい、悪循環ループから抜け出せなくなってしまい、どんどん自分を追い詰めてしまうでしょう。

そこで、まずは、OODAループを思い出す仕掛けづくりをお勧めします。外出中、寝る前、寝室など、異なる環境にいてもOODAループを思い出すため、普段、皆さんがよく見ている物を特定しましょう。例えば、外出中であれば、スマートフォンや手帳、寝室であれば置き時計などが該当するかもしれません。

つぎに、それらのアイテムに、「客観的な観察」を思い出せるヒント(例えば、「タケコプター」とか「達観」など)を結び付けます。一例として、紙にヒントを書き、スマートフォンであれば、そのヒントを写真で撮って待ち受け画面に設定する、置き時計であれば、その紙を貼り付ける。いつでも目につくような仕掛けの完成です。

常に好循環ループでいられることは、望ましいことではありますが、何が起こるか分からないのが人生の醍醐味でもあります。まずは、「客観的な観察」の獲得を目指して自主練習に励んでみてはいかがでしょうか?

 

※客観的な観察の回答例

「全然寝つけない……」→「全然寝つけない」という考えが浮かんでいるなぁ。
「明日、大事な商談があるのに!」→「明日、大事な商談がある」と考えて心配になっているぞ。
「頭が痛い……」→「頭が痛い」と感じているわ。
「今日も眠れなかったらどうしよう」→「今日も眠れなかったらどうしよう」という考えが浮かんで不安になっているなぁ。

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