2023

11/05

不眠が怖い人、怖くない人

  • 睡眠

岡島 義
東京家政大学人文学部 心理カウンセリング学科 准教授

睡眠と健康8

不眠には寝つきの問題(入眠困難)、途中で目が覚めてしまい、再入眠に時間がかかってしまう問題(睡眠維持困難)、朝早くに目が覚めてしまうとその後は眠れなくなってしまう問題(早朝覚醒)があります。どんな人でも人生の中で一度は不眠を経験します。しかし、不眠に悩む人は1/5程度といわれています。不眠を経験したのに不眠に悩む人、悩まない人がいるのはなぜでしょうか? 今回は、その謎に迫ってみましょう。

不眠「恐怖」の形成がカギ

一般的に、不眠は(図1)のような経過をたどります。もともと不眠になりやすい特徴として、性別(女性の方が罹患しやすい)や性格特性(心配性、完璧主義など)などが指摘されていますが、そこに何らかのストレスが加わると、人は過覚醒の状態になります。このストレスの原因は本人が気づいている場合もあればそうでない場合もあります。この時の過覚醒は、いわゆる危険信号を察知した際の適応的な反応で、動物全般に備わっている能力です。たいていは2〜3日間はほぼ眠れない状態になります。物理的に眠れないため、日常生活の支障も伴いますが、時間経過とともに不眠症状は落ち着いてきます(急性不眠)。

これらの不眠症状は心身ともに疲弊させるため、「また、こんな不眠になったらどうしよう」と、不眠に対して恐怖感を抱くようになってしまうことがあります(不眠恐怖の形成)。これが、不眠に悩まされ続けるかどうか(慢性不眠)の分かれ道です。不眠恐怖が形成されてしまうと、これまで気にしていなかった眠りの挙動に敏感になってしまい、毎日、眠れるかどうかに一喜一憂してしまいます。そして、NGワード・NGツール(第5回参照)に引っかかりやすくなり、不眠の悪循環が生まれるのです。

その不眠恐怖はいつのもの?

不眠に悩まれている方の多くは、夜眠れないことにつらさを感じますが、日常生活はというと、そこまで支障(気持ちの問題というよりは、身体的な問題)が出ていないことが分かっています。これはつまり、不眠が怖い人の多くは、「今」ではなく「過去」と闘っていることが多いということです。

例えば、昨晩の寝つきが悪かったり、夜中に何度も目が覚めたりすると、「どうしよう。また不眠がでてきてしまったかもしれない」という不安が頭をよぎります。このときの「不眠」というワードには、不眠恐怖が形成されたときの苦しかったエピソードがひも付いているため、頭の中で「過去」にタイムスリップしてしまうようです。しかし、見えている世界は「今」なので、あたかもその恐怖が現実に起こるような錯覚に陥ってしまうのかもしれません。

このようなタイムスリップ現象は、夜間だけはなく、日中にも起こります。起床時に休養感が感じられない感覚や頭が働かない感覚のように、「過去」の体験と似たような感覚に陥るとタイムスリップしてしまい、「やっぱりダメだ。あまり活動しない方が良さそうだ」と早合点し、結果として日常生活を制限したり、いつもより早く寝床に入ったりすることがあります。まさに火に油を注いでいるようなものです。

このように、「今」と「過去」を混同してしまうと、なかなか不眠恐怖を払拭することができません。確かに、「今」の眠れない状態は、「過去」と似ているかもしれません。しかし、本当に「過去」と同じかどうかは、その日をいつも通り生活してみなければ分かりません。「過去」のことはちょっと置いておき、「今」起きていることをしっかりと認識していく必要があります。

人生の目的へ向かうための方位磁針を持つ

「今」の先にどのような「未来」を見るかも大切です。「不眠を良くしたい」という思いはとてもよく分かりますが、「良くしたい」理由は人それぞれです。「不眠が良くなれば……」の後に続く文章を考えると分かりやすいかもしれません。まさか、「不眠が良くなればいつ永眠しても構わない」という人はいないでしょう。つまり、不眠の改善は人生の目的ではなく、目標の一つにすぎません。不眠が怖い人と怖くない人との違いは、人生の目的(言い換えると、どんな生き様でありたいか)が明確であり、その方角を見失わないための方位磁針を持っているかどうかも関係します。目標はその人生行路にある一つの旗印にすぎず、立ち止まることもできれば、持ち歩くこともできるのです(図2)。

不眠が怖くない人は、「過去」と「今」を混同せず、「未来」を見据えている人ともいえるでしょう。不眠を治すことだけに熱中するのではなく、人生行路の中で起きた不眠の意味を考え、どう向き合うかを考えていくことが大切です。

 

引用文献

1.Morin CM、 et al. Incidence、 Persistence、 and Remission Rates of Insomnia Over 5 Years. JAMA Network Open 2020; 3: e2018782.

フォントサイズ-+=