2024

04/05

セネガルで援助協調や中長期的方針を検討

  • 国際医療

  • 海外

国立研究開発法人 国立国際医療研究センター(NCGM)・国際医療協力局 連携協力部 展開支援課長の江上由里子先生は、アジア、アフリカなどの低中所得国で多くの支援活動を行い、現在は日本から海外の活動を支援している。直近の派遣先であるセネガルでの取り組み、セネガルの人々の印象などを伺った。

~感染症対策も、母子保健も大事。これからはNCD対策も必要~

海外で活躍する医療者たち(41)

日本から現地の活動を支援する

――江上先生は、現在どのような活動をしておられるのですか。

江上 2020年にセネガルから帰国し、今は連携協力部展開支援課の課長を務めています。

展開支援課には、大きく3つの役割があります。1つは、ザンビア、セネガル、コンゴ民主共和国など、アフリカ地域で行われているJICAのプロジェクトのサポートです。日本から現地に派遣されている人たちの要請に応じて、困りごとに対して助言をしたり、短期専門家の派遣をアレンジしたりしています。

2つ目は、厚生労働省の補助金による医療技術等国際展開推進事業の事務局です。日本の医療技術や医療製品を低中所得国に展開する取り組みで、医療技術や医療製品を十分使い維持管理できるように研修を行い、国のガイドラインにのせる取り組みまでを視野に入れています。

3つ目は、国際展開推進事業に関連して、世界中で安全な質の高い医療製品を、手頃な価格で、必要な人々や保健施設に届ける取り組みです。これまで日本は、低中所得国に対して技術的なサポートを中心に行ってきましたが、さまざまな医療製品や医薬品が届いていなければ質の高い医療を行うことはできないため、これらを届けるための支援を行っています。

日本の医療機器は非常に質が高いのですが、世界にその良さを十分に理解されていないように思います。例えば内視鏡はよく知られていますが、それ以外の分野でも紹介しきれていない良いものがたくさんあります。今取り組んでいる国際展開推進事業などを通じて、もっと世界に紹介する手助けができたらいいなと思っています。

――先生はこれまで、イエメン、バングラデシュ、パキスタン、インドネシア、カンボジアなど、海外で活動することが多かったとお聞きしています。

江上 そうですね。任期を終えて帰国すると、間を置かずに次のプロジェクトで海外に行っていたので、在京での仕事の期間は短いです。自分がサポート側に立ってみると、現地でなければ分からないこともたくさんある、と改めて感じています。

NCD対策が必要なのは明らか

――では、2017年7月から3年間派遣されていたセネガルでの活動について教えてください。

江上 はい。私は保健行政アドバイザーという役割で派遣されました。特定のプロジェクトの専門家としてではなく、セネガル保健社会活動省官房に1人で入り、日本のいろいろなプロジェクトが円滑にできるように、援助協調や中長期的な日本の支援方針を考えていく調整官のような仕事です。セネガルの保健行政アドバイザーは代々NCGMから派遣しており、私は6代目でした。同じ役割のポジションは、カンボジア、ラオス、コンゴ民主共和国など他の国にもあり、NCGMやJICAの職員が派遣されています。

――具体的には、どのようなことをしてこられたのでしょう。

江上 プロジェクトと違って、決められた目標に向かって進めるというものではありません。私が現地にいた頃は、非感染性疾患(NCD)がだんだん増えてきた時期で、今後は日本としても支援していくべきなのではないかと考え、現地のNCDの担当官と密に意見交換をしました。

その中でも特に、治療や予防の方法が確立している子宮頸がんの早期発見の支援を、私が使える予算の中で少しずつ行いました。当時行われていた母子保健のプロジェクトが2024年の10月に終わることが分かっていたので、その次に始められるように準備をしていた形です。

子宮頸がん早期発見の研修後の巡回指導をティエス州のMeckhe郡の保健所で行っているところ

 

――NCDは、すでに重要な課題と認識されているのでしょうか。

江上 はい。当時も認識はされてはいたものの、政府の予算配分は少ないという状態でした。低中所得国では感染症もまだ残っていますが、同時に日本で言う生活習慣病やがんなど感染症以外の疾患も大きな問題になりつつあり、セネガルでは両方の疾病負担が同じくらいになってきています。感染症もまだあるし、母子保健も大事だけれど、そろそろ軸足を移していかなければならないという時期にきていると思います。

例えば妊産婦死亡率は、世界中で力を入れて取り組んできたおかげで、ずいぶん下がってきました。一方で今は、子宮頸がんなど別の理由で、妊産婦と同じ年代の女性が亡くなることが増えています。こういった世界の情勢や統計などを見ても、世界全体でNCDへの対策が必要なのは明らかですし、日本政府への要請でもNCDの案件が非常に増えてきています。

――子宮頸がんは、セネガルでは多いのでしょうか。

江上 セネガルのみならず西アフリカでは非常に多いです。セネガルでは、NCDのプロジェクトは昨年すでに始まりました。子宮頸がんの予防や早期発見についても、他のパートナーとともにセネガル保健省を支援できればいいなと思っています。

オーナーシップの強いセネガル人

――セネガルでの生活について教えてください。

江上 私はセネガルの首都であるダカールの海沿いから少し入ったところにあるアパートで生活していました。アフリカの最西端にある街で、夕日がとてもきれいで、海沿いを車で走るのはとても気持ちが良かったです。私が行っていた時期は、周辺国でいろいろなことが起こっている中で、セネガルは唯一、多民族国家でありながら安定している国で治安も良かったです。セネガルには「テランガ」というおもてなしの文化があり、エレベーターなどで一緒になれば、知らない人にも声を掛けます。海沿いの解放感も加わり、ダカールに住んでセネガルの人々と接していると気持ちが前向きになりました。一緒に現地で生活していた娘もセネガルが大好きです。

Hôtel de la Poste:サン・テグチュペリも宿泊していたサンルイのホテル

 

――そんなセネガルの方々と一緒に仕事をして、どのようなことを感じましたか。

江上 1つはバランス感覚の良さを感じました。子宮頸がんの早期発見に取り組むということは、がんを見つけるだけでなく治療もできるようにする必要があります。セネガルではがんの治療が行えるように努力をしながら、同時にコミュニティーに早期発見の啓発をマニュアルの作成などを行いながら進めていました。このような時間軸の使い方をできるセネガル人は、非常にバランス感覚に優れていると思いました。

もう1つは、オーナーシップの強さです。毎年、日本政府に対して協力してほしいことを記載した要請書を提出します。日本政府側からも協力の提案をするのですが、セネガルの人たちは日本側からの提案をそのまま受け入れるのではなく、自分たちがやりたいこと、必要と思うことを要請書にまとめていました。私は彼らに協力しながら、自分たちが主体になって行動するという姿勢をすごくポジティブに受け取りました。

私は2020年7月までの任期でしたが、COVID-19の流行のため3月に帰国せざるを得ませんでした。その後の案件形成は後任として派遣された同僚が行ってくれて、関係者を集めたワークショップを開き、その結果をもって自分たちが必要な案件として提出されました。

以前WHOの方も「WHOが作成したガイドラインを示しても、仏語圏アフリカの人たちはそのまま受け入れることはまずない」と言っていました。一つひとつ吟味して、自国の状況に合わせて修正していく、このオーナーシップの強さは印象的ですね。

――保健大臣とも非常に近い立ち位置におられたと思いますが、どのような考えの方だったのでしょうか。

江上 当時のセネガルの保健大臣は、一次レベルの診療所だけでなく、ある程度中心になる病院のレベルも同時に高めるべきという考えでした。放射線機器や診断機器の技術に優れている日本には、そういう面での支援をしてほしいと言っておられましたし、他のパートナーにも働きかけをしていました。近くで仕事をしていて保健大臣の意志や日本に対する信頼を強く感じました。

――保健省官房で仕事をする保健行政アドバイザーという役割については、いかがですか。

江上 非常に範囲が広く、何をすれば良いか決まっていない難しさはあります。でも逆に言えばいろいろな可能性を秘めていると思います。すぐに成果が出るかどうかは分からないですが、プロジェクト以外の部分を広げられるのは非常に面白いです。

例えば、今私が携わっている業務と組み合わせて考えると、アフリカに出て行っている民間企業の方々や大学の方々ともネットワークを作って、情報を共有してさらなる可能性を生み出せるポジションだと思います。

変えようとする人たちとの仕事は楽しい

――国際保健という仕事の面白さは何でしょう。

江上 国際保健には、WHOの本部など高度なところで世界のポリシーを作るような仕事もあれば、それぞれの国に行って、そこに住む人たちと埃にまみれながらする仕事もあり、私は後者がメインでした。いろいろな国に住んで、その国の匂いや埃の中で、何かを変えようとしている人たちと一緒に仕事をする、そして少しずつ変わっていくのが楽しいです。

一方で助言をするにあたっては、臨床医が患者さんに対して持つような責任を、自分も持って言っているかということは、常に気を付けています。ただお金と口を出すだけというやり方はしたくないですし、少なくとも日本はそうあるべきではないと思っています。こういう考えはNCGMの中でも共有されており、基本的な価値観が同じ人たちの中で仕事ができるのはとても幸せなことだと思います。

――最後に、読者にメッセージをお願いします。

江上 健康の問題は、日本も世界も同じですね。適切な医療を受けられる機会の格差は日本にも世界にもあり、その格差をできるだけ少なくする仕事も同じですから、どこで取り組むのかという違いだけでしょう。世界には、日本の常識では理解できないようなことがいろいろあります。毎日、いろいろな驚きに出会いながら仕事をするのは面白いと思います。

WHO本部で世界の保健政策を作る仕事を目指している方にも、ぜひ現場の経験を積んでほしいですね。そして、現場の声を反映させるような政策を作っていただきたいと思います。

バオバブの木

セネガル共和国(Republic of Senegal)

●面積:197,161㎢
●人口:1,732万人(2022年、世銀)
●首都:ダカール(Dakar)
●民族:ウォロフ、プル、セレール等
●言語:フランス語(公用語)、ウォロフ語など各民族語
●宗教:イスラム教、キリスト教、伝統的宗教

(令和5年9月19日時点、外務省ウェブサイトより)

 

フォントサイズ-+=