2023

07/07

麻しん(はしか)

  • 感染症

内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 准教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事

新微生物・感染症講座(8)

はじめに

コロナ禍で外出や人との接触が減り、結果として特に呼吸器系の感染症の報告数が減少しました。その中の一つに「麻しん」があります。ワクチンの効果もあって、日本ではもともと排除状態にあった麻しんですが、2019年には744件あった感染報告が、2020年に13件、2021年と2022年はそれぞれ6件に抑えられています。ところが、今年の4月下旬にインドから帰国した男性が麻しんを発症し、その後、彼と同じ新幹線に乗り合わせていた2名も麻しんの診断を受けました。この件との関連は分かりませんが、関西でも数例の報告があり、麻しん感染の広がりが懸念されています。今回はこの麻しんについて書いていきます。

「麻しん」と「はしか」

麻しんは、麻しんウイルス(measles virus)によって引き起こされる急性熱性発疹性疾患です。麻疹ウイルスに感染すると、通常10日前後の潜伏期間を経て、発熱と感冒症状が数日続き、その後に39℃以上の高熱とともに発疹が現れます。感染するとほぼ100%発症する感染症で、合併症として肺炎、中耳炎の他、稀に脳炎や失明に至ることもある、極めて危険な感染症です。

日本では、麻疹ウイルス感染症(麻しん)のことを、「はしか」とも呼びます。「はしかい(チリチリ、ヒリヒリとした痒み)」に由来するとされています。はしかは漢字で「麻疹」、あるいは「芒」とも書きます。「芒」はノギと訓読みする漢字で、イネや麦などの穂先にある針状突起を意味しています。麻しんの症状の一つに、コプリック斑と呼ばれる頬の内側の白い突起の出現があり、これがイネ科植物の穂先(ノギまたはノゲ)に似ていることから、はしかの漢字に当てられています。

日本は麻疹排除国?

古くは平安時代に書かれた「栄花物語(みねの月)」の中にも記述がみられる麻しんですが、江戸時代以前は「赤もがさ」と呼ばれていました。「もがさ」とは痘瘡(天然痘)のことであり、麻しんも天然痘も古くから日本人を苦しめてきた感染症です。江戸時代には、250年の間に14回も麻しんの流行が記録されており(武江年表)、「生類憐みの令」で有名な5代将軍・綱吉も、麻しんで亡くなりました。

そんな麻しんですが、ワクチンの発明により徐々に感染者数を減らし、2000年代に入ると日本にもともと土着していた麻疹ウイルス(D5株)が抑えられてきます。一方で海外からの輸入感染症として、海外株の麻疹流行が起こるようになりました。そこで、2006年に流行が懸念された際、2007年から5年間の麻疹排除計画が策定・施行され、2008年には11,005人の報告があった感染者数を、2012年には293人まで減らすことに成功しています。さらに、2015年3月に、WHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局から日本は麻疹排除国である認定を受けました。

感染力が強い?

麻しんは感染力が強いといわれます。呼吸器感染には、飛沫感染と空気感染がありますが、麻しんはどちらでも感染します。飛沫感染は文字通り「飛沫(しぶき)」が原因となる感染経路で、飛沫とは感染者の咳やクシャミなどです。飛沫は直径5 μm(100万分の1メートル)以上の水滴のようなもので、それ以下あるいは体外に放出され乾燥して小さくなったモノは、飛沫核と呼びます。

5 μmと聞くと、とても小さく感じますが、インフルエンザウイルスやコロナウイルスが約0.1 μm、麻しんウイルスは0.1~0.25 μmであり、感染者の飛沫の中には多くのウイルスが入っている可能性があります。私たちはウイルスに対して免疫で対抗しますが、一度に多数のウイルスが入ってきてしまうと対処しきれず、感染してしまいます。こうしたこともあって、インフルエンザ、コロナ、おたふく風邪といった多くの呼吸器感染症は飛沫によって感染します。しかしこれらのウイルスは、飛沫より小さな飛沫核では感染しません。ところが、麻しんはこの飛沫核でも感染するのです。飛沫核による感染を、飛沫核感染あるいは空気感染と呼びます。飛沫核に含まれるウイルス量は飛沫より少なく、しかも乾燥して空気中に浮遊している状態で麻しんウイルスは1~2時間も感染活性を維持します。乾燥しているために不織布マスクでも遮断が困難です。また、感染者が麻しんウイルスを放出するのは発疹が出る約4日前から出現後4~5日で、発疹出現前の方がより感染力が強いと報告されています。発疹出現前の感冒症状を軽くみてしまうと、意図せず周囲に広げてしまうこととなることからも、麻しんは流行しやすい感染症なのです。

感染拡大を防ぐためには

麻しんの特効薬はまだありませんが、ワクチン接種による予防は可能です。日本では、1歳と5~6歳の2回の接種が行われていますが、その後に自然感染することでより強い免疫記憶が可能となります。しかし、自然感染せずに年月がたつと、記憶も徐々に薄らいでいき、感染しやすくまた重篤化する可能性も出てきます。また、免疫記憶の薄らいだ状態で麻疹ウイルスに感染した場合を修飾感染と呼びますが、発症しても症状が軽微であることが多く、周囲へ感染を広げる可能性があります。こうしたことからも、感染拡大を危惧した報道がなされていると思います。体調に不安を感じた時は、自分だけでなく周囲のためにも、無理せず休むことを心掛け、また、休むことを受け入れられる社会をつくらなければなりません。

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