2019

04/22

睡眠不足と心の関係

  • 睡眠

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)

ドクターズプラザ2019年5月号掲載

よしこ先生の睡眠の話

★私たちの心身に大きな影響を及ぼす睡眠不足

睡眠が多くの生体ホルモンに影響を与えているということは、よく知られていることでしょう。例えば「寝る子は育つ」などということわざは、成長ホルモンが入眠後、活発に分泌されるという研究結果に裏付けられています。成長ホルモンは、子どもたちの背を伸ばすだけではなく、皮脂の分泌など肌の状態への影響もあります。女性が肌荒れを気にして「早く眠らなければ」と言うのは、一理あります。成長ホルモン以外にも、睡眠が影響するホルモンとして挙げられるのは、グレリンやレプチンがよく知られています。睡眠不足になるとグレリンの産生促進やレプチンの抑制が起こり、食欲が増加することになります。どうやら私たちの脳や身体は、睡眠不足に大きな影響を受けるようです。

さて、心への影響ということになると、どんな影響があるでしょうか。ストレスチェックでよく知られているように、1カ月の残業時間が100時間を超えると、睡眠時間は平均して5時間未満となり、うつ病、心筋梗塞、脳梗塞の発症率が著しく増加します。心の病気ではうつ病のみならず、統合失調症や神経症圏内の疾患でもやはり患者さんは「眠れない」と訴えます。どうやら、睡眠障害は心の疲れに大きく影響していると考えられますが、しかし、実は診断基準に睡眠に関する項目があるのは、うつ病(ICD -10:International Classification of D is e a s e s とD S M – 5:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders )とPTSD( DSM – 5 )だけです。

私たちは日常の生活の中で悩み事があると、しばしば眠りに影響が出て、「眠れなくなる」ことは誰もが知っています。「眠れないこと」が日常のストレスをさらに大きく感じさせ、悪循環が始まり、休息の取れない状態が続くようになると、うつ状態あるいはうつ病といわれる状態に至ります。風邪をひいた時や、インフルエンザにかかった時は、しばしば驚くほど眠れるものです。日中もいつの間にか眠っていて、だるくてむしろ起きられない状態が何日か続くと、いつの間にか風邪やインフルエンザが回復していたという経験をされた方も多いでしょう。もしそこで休息を取れなかったらどうでしょうか。うつ病では憂うつ感や喜びの喪失などの症状が、眠ることで何とか休息を取ろうとしてもうまくいかず、回復できないまま、気分転換をしようとしてもできず、2週間以上続く、とされています。うつ病にかかると睡眠が取れないのか、睡眠によって休息を取り、気分や不調感の回復を図ることが困難になっているのか、どちらが先に分かりませんが、睡眠障害が大きなキーワードであることは確かです。うつ病の状態では、それまで好きだったことも楽しめず、気晴らしや気そらしが必要だと頭では分かっていても、実際には実行できません。気分の沈みや心の不調が長く続くことになります。

嫌なことがあると、「えい、ままよ」と寝てしまうと、次の朝には多少なりとも気分が軽くなっているという体験をされた方はいませんか。もうすでにお話したように、私たちの脳は莫大なエネルギーを使う器官で、休息(眠り)をとても必要とします。眠りには、脳を休ませ回復させる機能があります。うつ病になると、症状の一つとしてよく眠ることができないために、心身の休息、特に脳の休息が取れないようになってしまいます。うつ病になると訴えることに、「朝が来るのがつらい」「朝になると本当に憂うつだ」があります。睡眠を研究する先生方は、うつ病の起こる仕組みの中に、睡眠による回復機能の不調が大きな部分を占めているのではないか、と考えています。

眠りは心を回復させます。睡眠障害は心の不調の結果として起こる症状であるとともに、睡眠障害が心の不調を起こしている可能性があります。まず治療においては、睡眠を改善させることが第1選択治療となるでしょう。

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