2023

08/21

活気のある高齢化社会をつくる時代へ

  • メンタルヘルス

西松 能子
博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本外来臨床精神医学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

よしこ先生のメンタルヘルス(66)

認知症と労働力不足の波

2025年、日本人の3人に1人が65歳以上となり、その5人に1人が認知症と診断されるといわれています。つまり、日本人全体の15人に1人が認知症ということになります。65歳以上に限れば、7人に1人が認知症です。現在、日本は世界一の長寿大国で、高齢化のスピードは今のところアジア随一ですが、まもなく中国やインドが追いかけてくるでしょう。特に中国においては、35年に及ぶ一人っ子政策による世代間人口分布のアンバランスがあり、極端な高齢化に一定期間見舞われることになるでしょう。アジアを中心として世界は激しい高齢化と認知症の波に洗われることになります。

ところで、FDA(米国食品医薬品局)は1月に仮承認した抗認知症薬レカネマブを、7月に世界に先駆けて承認しました。レカネマブは、日本の企業であるエーザイが開発した新薬ですが、スピード感を求めてまず、日本より米国での申請を選択し、思惑通りの結果となったのでしょう。認知症は脳にアミロイドβ(ベータ)と呼ばれる異常なたんぱく質を蓄積し、神経原線維変化(過剰にリン酸化されたタウ蛋白の蓄積)を起こすという脳の中での2段階の変化により発症しますが、レカネマブは、アミロイドβが脳細胞に蓄積する前の段階で、CD33受容体と呼ばれる神経細胞に存在する細胞表面受容体に人工的に作った抗体を結合させ、アルツハイマー細胞化(すなわちタウ蛋白の蓄積した細胞化)を防止する画期的な認知症予防薬剤です。高齢化に悩む日本もEUも米国に続いて認可を急いでいます。1年間の薬剤代金は380万程度とされ、米国では保険適応となりました。

一方では、高齢化による労働力不足も深刻です。かねてから移民を受け入れてきた北米やオーストラリアでは、労働力の高齢化はゆっくりと進んでいますが、日本では高齢者を労働力としてみなす機運が高まっています。従来、終身雇用とともに、日本型雇用は定年後に働かないことが基本でした。しかし、2021年4月に高年齢者雇用安定法が改正され、企業は従業員が70歳になるまで就業機会を確保する努力義務を課せられました。政府は「生涯現役で活躍する社会」を掲げ、公的年金の受け取りはできるだけ遅らせ、長期的に働くような施策を推進しており、どうやら認知症にならない限り、生涯現役でいることが「特別な人の奇跡」ではなくなりそうです。

働くことは生きがい

家電量販店大手のノジマは、全従業員を対象に2021年、雇用の年齢上限をなくしました。70歳以上の従業員は現在30人以上おり、80歳以上も3人いるそうです。埼玉県で働く81歳の熊谷恵美子さんは、週4日出勤し、商品の搬入から陳列、接客までこなします。家電の販売歴は20年、ノジマでは69歳から働き始めたそうです。「1日働くと自信に繋がる。社会から取り残されずに役立って生きたい」と言っています。厚生労働省によると、70歳以上でも働ける制度の企業は2022年には39%に達し、2012年の2倍以上になっています。定年自体が65歳以上の企業も25%に達しています。OECD(経済協力開発機構)によれば、全雇用者に占める65歳以上の比率は米国が7%、ドイツが4%ですが、日本は圧倒的に高く10.6%(639万人)と高水準となりました。その背景には、日本の年金制度が脆弱で、移民受け入れが少ないという社会の負の要因もありますが、日本では働くことが自信につながり、働き、社会に参加することが生きがいになるという、恵美子さんのような考えの人が多いのではないでしょうか。

実は私自身も大学教員を定年退職した後も、診療所で働いています。頭の片隅に、リタイアして世界旅行をした人の話や、ゴルフやスポーツに精を出している友人の顔が浮かびますが、やはり仕事ほど楽しいものはないという考えに戻ってきます。患者さんと「今ここで」を共有する生活は、分からない未来を心配する生活よりどうやら気楽そうです。

世代を問わず、生き生きと働きたい人が働くために、医療ができる支援を探し続けたいと思います。

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