2023

09/20

外科医を目指す医学生へ

  • 特別インタビュー

大腸がんのスペシャリストである日本医科大学・消化器外科・講師の上原圭先生は、“骨盤外科医”の顔も持つ。そんな上原先生に骨盤外科とは。手術を行う際、患者さんとどのように向き合っているのか。そして、医師を目指す医学生へのアドバイスなどを伺った。

◆特別インタビュー  /  上原 圭先生(日本医科大学 消化器外科・講師、専門分野:大腸・骨盤外科、大腸癌薬物療法)

手術は患者さんとの信頼関係が大切

手術を行うための3つの判断

──先生の専門は大腸(結腸・直腸)と「骨盤外科」とのことですが、「骨盤外科」とはどのようなことを行うのでしょうか。

上原 骨盤内には、消化器系の直腸や肛門、泌尿器系の膀胱があります。そして、男性には生殖器系の前立腺や精嚢、女性には、生殖器系の子宮と膣があります。骨盤内の臓器は、仙骨や尾骨などの骨で囲まれ、とても狭いスペースに臓器が詰まっています。女性は、子どもを産むので、男性よりも広くて浅いのですが、中央に膣や子宮があるので、臓器がぎゅうぎゅう詰めになっている感じです。

私の専門の直腸の場合は、骨盤内の奥深く、そして狭いところにあります。さらに、骨盤の中は血管が複雑に走行していて出血しやすく、いろいろな神経もたくさん通っていて、他の大腸がん(結腸がん)の手術と比べて技術的に難しくなります。そのため直腸がんの最初の手術でがん細胞を取り切ることができず、再発することがあります。

局所再発した直腸がんの手術の場合は、さらに難しく、大変、長い手術になります。それから手術の後の排尿や排泄、生殖などの機能障害の問題もあります。本当に大きな手術になると骨盤内の臓器を全部取らなくてはいけません(骨盤内臓全摘術)。場合によっては、骨まで一緒に取らなければいけないような手術をしなければいけないこともあります。

がん罹患数の順位(2019年)

出典:国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」

 

がん死亡数の順位(2021年)

出典:国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」

──直腸がんの手術だけでなく、“骨盤内”の婦人科系や泌尿器科系の臓器を取る手術もするのでしょうか。

上原 直腸がんが局所再発し、骨盤内の他の臓器に浸潤するとその臓器を全て取らなければいけません。例えば、男性だったら精嚢や前立腺。女性だったら膣や子宮など。

そんな時に、消化器の先生が直腸がんの手術はできても、子宮がんの手術はできないとか、膀胱がんの手術はできないとか。また、婦人科の先生が子宮がんの手術はできても直腸がんの手術はできないなどとなると、骨盤内の手術が成り立たなくなります。それで、私は“骨盤外科医”として“骨盤内”の婦人科や泌尿器の臓器を直腸と一緒に取る手術を行っています。

──骨盤内の手術は難しい手術とのことですが、難しい手術を行うのにためらいなどはありませんか。

上原 医師の立場から言うと、医師も患者さんもリスクを負いたくなかったら手術をしないことなんです。私の所には、他の病院では手術ができないと言われて来られる患者さんが多くいます。そういう患者さんと会うと「私が手術を断ったら、他に手術を行う医師はいるのだろうか……」と。それで、「本当に手術はできないのだろうか。こうやったらできるのでは……」と、毎回、葛藤しています。

私は、どんなに難しい手術でも“できない”という選択肢は持ちたくない。外科医は医師であると同時に職人だと思っています。ですから、技術という事に関しては常に良い物を目指(追求)したいと思っています。

──“骨盤内”の臓器を取る手術を行う、行わない、の判断基準はあるのですか。

上原 手術の適応(リスクに見合った効果)や術式を考える上で、①病気の拡がり、②患者さんの意思、③施設や術者の経験と技量。この3つが大きな柱となります。患者さんの“どんな苦しい思いをしても治癒したい“長期生存したい”、“ぜひこの手術を受けたい”という強い気持ちが絶対条件です。手術を少しでもためらう患者さんには無理に勧めることは絶対にしません。強く望まない手術を受けた結果が、患者さん自身の思い描いた結果と違って後悔する時ほど、患者さん自身にとっても医療者にとっても不幸な事はないと思います。

一方で、患者さんの強い希望があっても、自身や自施設の技量と経験を客観的に評価することが大切だと思っています。“大きな合併症を起こさず安全で確実に手術を施行できる”という事が極めて重要だと考えています。結果的に非根治手術となったり、重大な合併症を引き起こしたりすると、患者さんの人生やQOLを損なうことに繋がりかねません。そういう事を十分に理解し、手術をするかどうか判断しています。

──「患者さんの意思」とのことですが、医師との信頼関係も大事になるのではないでしょうか。

上原 その通りです。医師も患者さんも人間ですから気が合う、合わないというのがあると思います。患者さんからすると「なんだ、この医者は」と思う医者の手術は受けない方が良いと思います。

私は患者さんに「私に命を預けて手術を受けたいと思いますか? 受けたいと思うんだったら行います」と。もし、躊躇(ためら)うようだったら「希望する病院をご紹介します」とハッキリ言います。その方がお互いにとって良いと思っています。

医師は、患者さんにとってベストだと思う治療法を提案しますが、価値観は人それぞれです。ゴールも人によって違うのも当然です。こちらの説明を聞いてもらい、理解した上で、こういう理由で手術を受けたくないんだ、と言われる患者さんには、勧めません。

「先生に任せました。宜しくお願いします」と言われたら「任されました」と素直に応えます。そう言われたら、こちらも全力で頑張ります。そんな事が言える信頼関係を築けると、良いと思います。患者さんには、医者に聞きたいことがあれば遠慮せず、なんでも聞くことをお勧めします。

──骨盤外科を名乗るようになったのはいつ頃からでしょうか。

上原 私が「大腸・骨盤外科」を名乗るようになったのは、2007年に名古屋大学医学部附属病院に戻った頃からです。

私が所属していた医局は、主に肝胆膵の専門の先生方で大腸がんの手術は、ほとんど行っていませんでした。ところが、私が戻った時に医局の恩師から、これからは大腸がんの患者さんも受け入れようという話がありました。それで私は、東海地区の約300病院の先生方に“再発した患者さんを受け入れる”ということと、大腸がんと診断された患者さんを紹介してほしいということをお願いしました。その時に大腸外科だけでなく、“骨盤外科”も行いますと、お話をさせていただきました。その頃から、地方の学会や全国の学会などでも外科医向けに“骨盤外科”についての話をするようになりました。

今では、「あいつは、ああいうことをやっているんだ」と分ってもらえていると思います。

日々、テーマを決めて「アート」と「サイエンス」のスキルアップ

──先生の個人的な話をお聞きしたいのですが、ナゼ医師になろうと思ったのですか?

上原 私は小学校の卒業文集に医学部に行くぞ! って書いていたんですよ(笑)。

──身近に医療関係者がいたのですか?

上原 私が幼い頃、母方のお爺さんの家に預けられていたのですが、そのお爺さんが自宅で耳鼻科のクリニックを開業していました。家で遊んでいるとクリニックで働いているお爺さんの白衣姿が見えるんですよ。その記憶が今に繋がっているのかも知れないですね。

──では、そこから医師の道へ一直線ですか。

上原 それが、私の学力が伴わず、大学受験の時、担任の先生から「受かりもしないところを目指してもしょうがないから志望を変えたらどうか?」といつも言われていました(笑)。

──それが今では大腸がんのエキスパートですね。なぜ大腸がんの道に進まれたのですか。

上原 私が中学2年生の時に母親が子宮がんで亡くなりました。その後、父親が胃がんで亡くなりました。そういう経験から「がんは何とかしたいな……」と思っていました。ただ、大学を卒業するときは、何科に行きたいとかじゃなく、ホドホドに働いて将来は開業しようかなと思っていました。

ところが、研修先の国立がんセンター中央病院で森谷冝皓先生の骨盤内の手術を見たときに“なんだ、この手術は”と衝撃を受け、それから大腸・骨盤外科医になろうと決めました。まさか今みたいにバリバリ働いているとは思いませんでした(笑)。森谷先生には、手術の技術だけでなく医師としての在り方などを教えていただきました。

──外科医としてのやりがいはなんでしょうか?

上原 患者さんが“生きていて良かった”“今、楽しく生きている”と、言ってくれるときでしょうか。それと、手術の直後は分りませんが、暫く経ったときに患者さんが楽しそうにしている“姿”を見ると嬉しくなります。

──毎日、忙しいと思いますが、仕事と個人の時間をうまく分けられているのでしょうか?

上原 仕事とプライベートの時間を分けろと言われても、分けられないんですよ。それくらい、好きな事をしていて、自分の血肉となっている感じです。ですから年中仕事をしていても気にならないし、ストレスもないです。幸せなことだと思っています。忙しくても、他の人が私を見たときに、「あの人、楽しそうだな」と思ってもらえるような生き方をしたいと思っています。

──最後に医師を目指している学生たちに、アドバイスをお願いします。

上原 学生に言いたいのは、大学を卒業して仕事を始めると、勉強ができるとかできないとかは、関係ないということです。むしろ患者さんや病院のスタッフ、上司、先輩、後輩などとコミュニケーションを取ることができるかどうかが大事だと思います。

いつもアート(技術)と其れを科学的に裏付けるサイエンス(勉強・知識)の話をするのですが、アートは本を読んだだけでは分らないんです。実際に診て、触って、そして教えてもらう。いわゆる職人の世界と一緒です。職人は聞いても教えてくれないかも知れませんが、外科医は聞かれると喜んで教えます(笑)。つまり、技術を身に付けるにはコミュニケーションが大事だということです。一方、サイエンスは、本を読んだり、インターネット上の教材で勉強したり、一人でもできます。

毎日、何も考えずに過ごすのではなく、何かテーマを持ってアートとサイエンスのスキルアップをしてほしいと思います。例え話としてよく言うのですが、「いつも汚い部屋にいると、汚れが気にならない。いつも部屋を綺麗にしていると、汚れが気になる」と。手術も同じだと思うんです。いつも綺麗な手術を見ていると、それが普通になります。良いお手本になる先生を見つけ、高い目標を設定し、それを目指してほしいと思います。

お手本になる人との出会いも大事だと思うので、たくさんの人と会う機会を持つと良いと思います。最後に「病気を診ずして、病人を診よ」。この言葉を忘れないでほしいです。

 

◆プロフィール

1996年3月:名古屋大学医学部卒業
1996年4月:名古屋第二赤十字病院 研修医
1998年4月:名古屋第二赤十字病院 一般外科
2001年4月:名古屋大学 第一外科 医員
2001年6月:国立がんセンター中央病院 外科レジデント
(H16年4月~H19年3月 名古屋大学大学院 医学研究科卒業(短期終了))
2004年6月:国立がんセンター中央病院 がん専門修錬医(大腸外科)
2006年4月:名古屋大学大学院 腫瘍外科 医員
2007年4月:名古屋第二赤十字病院 一般外科
2007年10月:名古屋大学医学部附属病院 消化器外科1 病院助教
(大腸・骨盤外科グループチーフ)
2010年6月:名古屋大学医学部附属病院 消化器外科1 助教
2013年4月:名古屋大学医学部附属病院 消化器外科1 病院講師
2021年11月:名古屋大学医学部附属病院 消化器外科1 講師
2023年4月:日本医科大学付属病院 消化器外科 講師

専門分野:大腸・骨盤外科、内視鏡外科

医学博士(H19年3月)
埼玉医科大学国際医療センター下部消化管外科:客員教授
日本外科学会:専門医・指導医・ダイバーシティ推進委員会委員
日本消化器外科学会:専門医・指導医・評議員・専門医制度委員会 資格認定小委員会委員
日本消化器病学会:専門医・指導医・学会評議員・ビッグデータ・AI検討委員会
日本大腸肛門病学会:専門医・指導医・評議員
日本内視鏡外科学会:技術認定医(大腸)・評議員、技術認定医審査委員、編集委員会委員
日本癌治療学会:認定データマネージャー・CRC制度委員会委員
日本消化管学会:代議員・胃腸科認定医・胃腸科専門医・胃腸科指導医・ダイバーシティ推進実行委員会委員
日本臨床医外科学会:評議員
日本がん治療認定医機構:がん治療認定医
大腸癌研究会:ガイドライン委員会委員
腹腔鏡下大腸切除研究会:理事
次世代の内視鏡下消化管手術セミナー:世話人
消化器外科女性医師の活躍を応援する会:役員

Asian Journal of Surgery (Editorial Board member)
Annals of Gastroenterological Surgery (Editorial Board member)
Japanese Journal Clinical Oncology (Reviewer Board member)
Society of Surgical Oncology (Active member)
European association for Endoscopic Surgery (Active member)

賞罰 2008年 日本消化器外科学会 国際交流奨励賞

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