2023

09/07

ダニとマダニとマダニが媒介する疾患

  • 感染症

内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 准教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事

新微生物・感染症講座(9)

はじめに

2023年5月8日にCOVID-19が5類へ移行したことを受けて、各々で感染症対策するようになり、夏になると猛暑の中で開放的な場所へ外出する機会が増えました。近年のキャンプブームもあって、野山へ出かけた方も多いのではないでしょうか。また、これからの季節はハイキングやキノコ狩りなど、野山で秋を楽しむ機会も増えることでしょう。そこで注意してほしいのが、マダニです。マダニは、それ自体が哺乳類の体外に寄生する衛生動物ですが、吸血時に病原体を媒介することがあります。このマダニもダニの仲間ですが、今回はダニとマダニについて、さらにはマダニが媒介する病原体についてお伝えします。

アレルギーを引き起こすダニ

「ならず者」のことを「社会のダニ」と揶揄(やゆ)することがあり、ネガティブな印象の強いダニですが、世界に約800種、日本には約50種が生息しています。そもそも「ダニ」とは、クモやサソリなどと同じ節足動物の一種で、動物由来の有機物、体液や血液を栄養源とする生物です。私たちは、寝具、家具や食品などに発生する小型の屋内塵性ダニ類であるヒメダニ属を、「ダニ」と呼ぶことが多いです。家屋内に発生するダニのほとんどは、コナヒョウヒダニとヤケヒョウヒダニのヒョウヒダニ(チリダニ)類で、ダニそのものだけでなく死骸や糞もアレルギー疾患の原因となります。チリダニは、気温20~30℃、湿度60~80%の環境を好み、一年を通じて発生しますが、私たちの血は吸いません。家屋内で私たちの血を吸うダニは、ネズミや鳥などに寄生するイエダニです。また、チリダニやコナダニを捕食するツメダニも、私たちの体液を吸うことがあり、これらに刺咬(しこう)されることで強い痒みに襲われます。

吸血するマダニ

ヒメダニ科のダニは小型で甲羅を持ちませんが、屋外に生息してヒメダニよりも大きく肉眼で容易に確認可能で、甲羅を持つ吸血性のダニが「マダニ」です。日本でヒトへの寄生が報告されているマダニは約30種で、ヤマトマダニ、シュルツェマダニ、タカサゴキララマダニなどのマダニ属と、フタトゲチマダニ、キチマダニ、ヤマトチマダニなどのチマダニ属の2属に大別されます。マダニには、卵→幼虫→若虫(わかむし)→成虫というライフサイクルがあり、各ステージで吸血し、脱皮によって成長します。幼虫は足が6本で、脱皮した若虫以降は足が8本に変態します。マダニの種類によっては、同一種の動物を刺咬し寄生する種類もいますが、幼虫はネズミなどの小型の哺乳類、若虫は小型~中型の哺乳類や鳥類、成虫はシカなどの大型哺乳類と、ステージによって寄生先の宿主を変える種類もいます。

マダニが媒介する疾患

蚊やダニなど、私たちの血を吸う生物は、吸血する際に血液が固まらないよう、抗凝血タンパク質を含む唾液を刺咬時に送り込んできます。これによって私たちは痒みや痛みといった炎症、いわゆる虫刺されに苦しめられます。吸血する宿主の種類を変える吸血虫が、それまでに吸血した他の動物から血液とともに病原体を摂取していた場合、次に刺咬される宿主は唾液とともに病原体も送り込まれ、これによって感染症を引き起こすことがあります。マダニが媒介する疾患には、ボレリア属菌(細菌)を原因とするライム病、野兎(やと)病菌(細菌)を原因とする野兎病、日本紅斑熱リケッチアを原因とする日本紅斑熱などがあります。ダニの一種であるツツガムシが伝播するツツガムシ病の病原体もリケッチアです。また、マダニが媒介するウイルス性疾患として、ダニ媒介脳炎ウイルスを原因とする脳炎があり、中でも極東亜型のダニ媒介脳炎ウイルスは、古くからロシア春夏脳炎として日本でも流行が確認されています。さらに近年では、ウイルスを原因とする重症熱性血小板減少症候群(SFTS:severe fever with thrombocytopenia syndrome)の感染報告が増え、高齢者では重症化して命を落とすケースも報告されています。

マダニに刺されてしまったら

マダニが媒介する感染症の予防は、何よりもマダニに刺咬されないことです。マダニの活動時期は、4月~11月で、特に9月下旬~11月にかけては活動が活発になります。ハイキングやキャンプで野山を訪れる時には、長袖・長ズボンで肌の露出を控えることが最重要です。また、マダニは黒い・暗い場所を好むので明るい服を着ることも大切で、マダニ付着したとしても確認しやすくなります。さらに、虫よけ剤の利用も重要で、ディート(ジエチルトルアミド)やイカリジンを含む薬剤が効果的です。これらに加えて、帰宅後は速やかに入浴やシャワーで身体を洗い流すようにしましょう。

予防対策を万全にしても、マダニの刺咬を100%防ぐことはできないので、不幸にも刺咬されてしまった場合には、医療機関を受診しましょう。ダニの口器にはカエシが付いているため、一度刺さると簡単には抜けません。無理して抜こうとすると、口器を残して胴体だけ取ってしまうことがあるので、トゲ抜きなどで頭の部分を挟み、ゆっくりと回しながら引き抜く必要があります。マダニは刺咬後にゆっくりと吸血しますから、無理に引き抜かずに医療機関で処置してもらいましょう。ご自身でマダニを取り除いた場合は、2週間以内の発熱等感冒症状に注意し、もしも体調に異変が生じた場合は速やかに医療機関を受診し、マダニに刺された経緯(地域や場所など)を伝えてください。

リケッチア:細菌と同じ原核生物であるが、細菌と違って培地上では分裂増殖せず、ウイルスのように他の生物の細胞に寄生して増殖する、寄生性の原核生物。

 

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