2023

06/15

コロナ後の世界

  • メンタルヘルス

西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本外来臨床精神医学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

メンタルヘルス(66)

コロナ後に求められる寛容と警戒

日本では、この5月8日にコロナは5類感染症となりました。コロナウイルスさん自身は変わりなく重篤な感冒として変身を続けていますが、私たちのマインドは「コロナパンデミック後」としてセットされ始めました。振り返ってみると、遅々として進まなかったテレワークやオンライン教育などのデジタルツールの社会への浸透が、コロナパンデミックにより一気に進みました。これらの変化が、コロナ後もさまざまな形で継続されていくことは予想に違いません。働き方の柔軟性やデジタル技術の活用についても、政府が大きな旗を振っていて、変化せざるを得なくなりました。それでも日本は何周も遅れていると言われています。

再び、国と国との関係も開かれましたが、コロナパンデミックはこの間、国境を越えた移動や国際貿易にも大きな影響を与えました。コロナ後の世界では、国際関係の再構築や感染症対策の国際的な協力の変容が求められることになります。寛容と警戒が同時に必要とされているのです。

パンデミックが終わらせ、創出したもの

コロナウイルス対策として、長く孤立と孤独が求められましたが、コロナ後の世界では、コロナ前とは異なる形での社会的結束、社会的関係の再構築が求められることは間違いありません。個人や社会の価値観や行動パターンにも変化が生じていくことでしょう。

振り返ってみれば、疫病の大流行は古い社会の終焉と新しい社会の創出を繰り返し生み出してきました。14世紀から17世紀にかけて、ユーラシア大陸を襲ったペストは人口の3分の1を失わせ、その結果、土地に固定されていた農民の流動化を招き、社会構造を中世から近代へと大きく推進しました。宗教的信念より、医療や衛生など実学への関心が高まり、知の暗黒時代といわれた中世を終焉させたのです。20世紀初頭の「スペイン風邪」は20人に1人余という大きな人口減をもたらし、第1次世界大戦と相まって、国際的緊張と大きな社会変容をもたらしました。旧帝国が崩壊し、ソビエトが誕生し、国際連盟が設立されました。新しい社会主義国家という体制、新しい国際関係の枠組みを生み出しました。

今回のコロナパンデミックが終わらせ、新しく創出したものを、後の時代は何と呼ぶでしょう。コロナパンデミックは、人と人とのリアルな交流を阻害し、デジタルによる交流に置換しました。私たちのリアルな交流は、中世のように地域と家族だけに限定され、PCに繋がれ指定され管理された仕事を行うように指示されました。リアルの移動をせず、働ける可能性を現実化しました。不要不急な外出や移動の自粛が呼び掛けられた最初の週、銀座の大通りには人気がありませんでした。社会は、AIを創出する一握りの人々と、エッセンシャルワークをする人々や指定され管理された仕事を行う人に分断されました。

今後はAIを創出するごく少数の人に富が集中し、いわゆるホワイトカラーは消え失せるのでしょうか。対人感情サービス業をはじめとするエッセンシャルワーカーが、多くの人にとって残された仕事になるかもしれません。コロナパンデミックは、学ぶAIを実用化しました。どうやら想像力が学ぶ(まねぶ)ことに依拠しているならば、過去の作品を通覧できるAIは容易に作り出せることになります。チャットGPTは既にお使いですか? 既にあることを学ぶ必要を消失させ、まだないことを創出する力を装備するパワーしか必要としない時代を創成したと後に言われるのでしょうか?

都心の診療所である私どもの診療所ではメンタル不調者が増えたという実感はありませんが、郊外の診療所の先生方はメンタル不調の人が爆発的に増えたと言います。考えてみれば当然かもしれません。私たちの脳は地球に生まれた20万年前のままですから。脳は不安であれば群れに寄り添うように、群れが自分を守ってくれると信じてきました。しかし、今回のパンデミックでは人同士群れるな、孤立こそが命を救う方法なのだと伝えられました。いわば命を賭けた葛藤状況が3年余り続いたわけです。今、ポストパンデミックとして現れる新しい社会がごく少数のAIを創出する人々に富が集中する世界だとしたら……。私たちは未来のために安全な富の再分配に知恵を絞らないわけにはいきません。

ポストパンデミックのために知恵を絞り、ヒトがメンタル不調に陥らない新しい世界をともに作りだしていきたいものですね。

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