2022

10/13

アフターコロナの時代に

  • メンタルヘルス

西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本外来臨床精神医学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

よしこ先生のメンタルヘルス(62)

コロナ禍が私たちの心にもたらしたもの

日本もいよいよビザなし入国となりそうですね。コロナ禍はもう終わったと感じている人もいるかもしれません。コロナの全数把握は、公式に9月26日から中止となりました。ウィズコロナから、アフターコロナの時代へ移行しつつあると実感した方も多いのではないでしょうか。

コロナ禍は、どんな影響をわれわれの心にもたらしたのでしょうか。さまざまな知見がコロナ禍によるメンタルヘルスの悪化や自殺者の増加を示しています。2020年2月に日本でコロナ感染が認められてから、すでに2年を超えて続き、収まったかなと思うと新手のコロナウイルスが出現し、コロナのいる生活に否が応でも適応せざるを得なくなってしまいました。新型コロナウイルスは、生命を脅かす存在として認識され、誰もが不安を持続的に感じてきました。不安というものは、慣れが生ずるものですが、不安への持続的な曝露は慢性的な疲労感をもたらし、疲労が蓄積されていきます。不安で眠れなくなるのは当たり前です。元々不安とは、ご存知のように自分を守る道具です。虎が襲ってくる、熊が来るとなった時にぐっすり寝ていたら、殺されてしまいます。寝ない方が身を守れます。虎や熊は過ぎていきますが、自分が作り出す不安は消え去ることはなく、次々と頭の中に不安が沸き上がります。コロナが行きすぎた後も漠然とした不安が心から去りません。また罹るのではないか、新しいコロナが来るのではないかと心配している人は今もいるでしょう。

その上、ウクライナでは戦争が起こり、天候は不順で気候は乱高下を繰り返しています。世界中に不穏な気配が立ち込めています。テレビや新聞では、ありとあらゆる災厄が次々と報道されています。そういえばこの度の台風では、静岡にお住まいの方から「こんな天気ですから」と電話診察による処方を依頼されました。「いかがですか」と申し上げると、ケラケラと笑って「新幹線は止まっていますが、うちの辺りは大したことないです。テレビではここは大荒れみたいですけどね。娘も避難命令が出た地域に住んでいますが、いつもより少し強い雨くらいで大丈夫ですと昨日言っていました」とおっしゃいます。テレビでは一番悲惨な戦争の様子、拷問やレイプ、パキスタンの大洪水、難破した船や山崩れが報道されます。報道は一番荒れた海や山崩れを繰り返し放送します。それを見ると、人々はわが事のように胸が締めつけられ、否が応でも不安が高まります。コロナの感染不安に加え、テレビの中の出来事が悲しみをもたらし、わが身に起こったかのように感じてしまいます。その上、身の回りでは原油が上がり、円安が進み、物価高が襲ってきました。スーパーに行っても、ハムもマヨネーズも野菜も何かも価格が上がっているのを見ると、何だか一気にどうなるのかと不安が増してしまいます。

心の健康は遠目が大事

9月に入り、多くの会社は出社モードです。コロナがまったく去ったかのように、社員は全員出社という会社も増えてきました。長引くコロナ禍、テレビや新聞の悲惨な報道で、精神的な疲労がたまっている中で、いざ職場復帰です。久々の満員電車もひどく負担に感じますし、職場の人目も気になり、なかなか仕事に集中するどころではありません。2年あまりのうちに配置転換もあり、リアルな人間関係ができていない職場に復帰して、気軽に不安や弱音を打ち明ける人も見当たりません。不安や警戒心が高まり、精神的疲労もたまり、なかなか仕事に集中できません。上司のちょっとした叱責がきっかけになり、あっという間にうつ状態に陥った方が受診されます。上司から「やる気があるのか!」と言われ、どっと疲労が押し寄せ、「出勤しようとすると下痢になってしまって……」と受診しました。「眠れていますか」と尋ねると、「寝てはいるんですが、途中で起きてしまい、寝た気がしません」と言います。「食べられていますか」と聞くと、「リモートワークの時に太ってしまったので、少し食べられないくらいがちょうどいいんです」と訴えます。

長引く負荷状況の後では、些細なきっかけで抑うつ不安状態に陥りがちです。心の健康は遠目が大事です。状況を遠くから見て、本当かなと自分に訊いてみてください。長く負荷が続けば、疲れるのは当たり前。ゆっくり休む工夫をしましょう。

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