2018

05/10

おたふく風邪(流行性耳下腺炎)

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。

ドクターズプラザ2016年9月号掲載

微生物・感染症講座(54)

秋以降も警戒が必要

はじめに

子供の頃、耳の下から顎にかけて大きく腫れ上がるような風邪をひいた記憶はないでしょうか。「流行性耳下腺炎」と呼ばれる感染症ですが、両の耳下が膨らんだ姿がまるでお多福さんの仮面のような下膨れに見えることから、一般的に「おたふく風邪」と呼んでいます。このおたふく風邪が、今年は2011年以来の流行年となっています。春から夏にかけて流行が拡大するおたふく風邪ですが、流行年では秋以降も流行が続くことがあります。警戒の意味も込めて、今回はこのおたふく風邪についてお話しましょう。

紀元前から知られていたおたふく風邪!?

おたふく風邪が記されている最も古い記録は、医学の父と称されるヒポクラテスによって紀元前5世紀に記されたものだといわれています。エーゲ海のタソス島で起きた、両耳あるいは片耳の近くが腫れる病気の流行を記したもので、耳下の腫れが痛みを伴うことや、睾丸が腫脹することが記載されています。それほど古くから人類を苦しめてきたおたふく風邪ですが、この感染症が世界中に存在することが分かったのは19世紀後半のことでした。さらに、おたふく風邪の病原体がムンプスウイルスであることが分かったのは、20世紀に入ってからのことです。今日では、ムンプスウイルスが麻疹やRSウイルスと同じパラミクソウイルス科のウイルスであることが分かっています。

ムンプスウイルスは、罹患者や保菌者が咳やくしゃみをした際に出る飛沫によって経気道感染します。3割程度は症状を現さない不顕性感染で終わりますが、発症する場合にはおよそ18日間の潜伏期を経て発熱し、片側または両側の耳下腺や顎下腺が腫脹して痛みます。ムンプスウイルスは多くの組織に親和性があるため、ウイルス血症を介して全身に広がります。特に唾液腺、精巣や卵巣などの腺組織や、内耳や髄膜などの神経組織を好んで感染することも分かっています。小児の感染が多く報告されており、四季の中では春から夏にかけて流行し、数年ごとの周期的な流行がみられます。通常は1〜2週間で回復しますが、およそ1割が無菌性髄膜炎を、1000人に1人の割合でムンプス難聴を合併することがあります。また、ムンプス脳炎によって後遺症や命の危険に曝される場合もあります。成人の感染では、男性の精巣炎が2割から3割、女性の卵巣炎が約5%程度と報告されていますが、不妊の原因となることは稀です。おたふく風邪そのものよりも、割合の高い合併症に注意が必要なのです。酉の市で熊手にも飾られ、昔は幸多く美しい女性の代表だった「お多福さん」の姿から名付けられたといわれるおたふく風邪ですが、副作用の多さからすると「お多副風邪」なのかもしれませんね。

おたふく風邪のワクチンは不必要なのか?

古くから身近に存在し、健康な保菌者の存在も知られているおたふく風邪は、マスクや手洗いで完全に防ぐことはできませんし、ムンプスウイルスに特化した治療薬もありません。しかし、おたふく風邪にはワクチンがあります。1945年にムンプスウイルスの弱毒化に成功し、1960年代後半になるとソ連やアメリカがワクチンの製造を開始しました。日本においては、1981年に日本のワクチンが任意ワクチンとして接種可能となり、やがて麻疹、風疹とともに三種混合(MMR)ワクチンが製造されるようになりました。1989年にはこのMMRワクチンも麻疹の定期接種時に選択可能となりましたが、副作用の問題が起こって1993年に使用中止となっています。前述のように、ムンプスウイルスは神経組織である髄膜への親和性が高く、弱毒化されていても髄膜炎を引き起こす率が他国のワクチンと比べて高かったのです。

MMRワクチン中止後はおたふく風邪ワクチンとして再び任意接種となっていますが、髄膜炎の発生頻度は改善されていません。そのため、「一度罹れば記憶免疫が成立するだろうから、子供のうちに罹ってくれれば良い」と考える親御さんも多く、日本は他の先進国では激減しているおたふく風邪が途上国並みに流行しているのです。しかし、自然感染して発症した場合に髄膜炎を合併する割合は極めて高く、お子さんの耳が一生涯聞こえなくなったり、最悪の場合命を落とす危険性のある感染症だということを分かった上で判断して欲しいです。また、ムンプスウイルスのワクチンは、1歳以上の未罹患者であれば接種可能なので、大人であっても感染の経験の無い方は接種を考えてみてください。何よりも、より安全で効果の高いムンプスウイルスワクチンが一日も早く開発されることを期待しましょう。

 

(参考)・国立感染症研究所ホームページ (リンク)
・野口雄史 他、「ホントに必要? おたふくかぜワクチン」、小児感染免疫、Vol. 26 (4)、509-516 (2014)
(注) 罹患者からの感染は、耳下腺の腫脹が起こる1~2日前から、腫脹後5日までと報告されています。

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