2023

04/05

~国際協力はクリエイティブな仕事~ 見える化、計画、実行。ザンビアのUHC強化プロジェクト

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国立研究開発法人国立国際医療研究センター(以下、NCGM)、国際医療協力局・連携協力部・展開支援課の横堀雄太先生は、もともと宇宙飛行士になりたかったという。「つながり」というキーワードで広がった興味は、海外の異文化に触れる面白さ、そこに介入して手助けをする意義を知ったことで、医師、国際協力の道につながった。そんな横堀先生に、ザンビアのUHCプロジェクトでの経験や、厚生労働省でのパンデミック対応などについて伺った。

海外で活躍する医療者たち(38)

宇宙飛行士になりたかった青年が医師になった理由

――横堀先生は、高校生の頃は宇宙飛行士になりたかったとお聞きしています。

横堀 はい。宇宙飛行士になりたい、宇宙物理を勉強したいと思っていました。大学は理学部に入りましたが、他の科目も勉強するうちに、文化人類学や哲学にも興味を持つようになりました。

全く違う分野のように感じるかもしれませんが、物理学には「ひも理論」など「つながり」に関する理論があり、現実社会でも人と人、文化、歴史などの「つながり」がある。私にとっては、それほど違うものではありませんでした。

先輩の中には理学部から医学部に転部した方もいらして、いろいろな話を聞く機会がありました。人と人のつながりをオブザーブするのもいいけれど、そこに介入して何か手助けする技術も重要であるという話を度々聞いているうちに、医学への興味が沸いて医学部に転部しました。

医学もやはり、人と人のつながりに関わり、守ることであり、背景にはそれぞれの生活や文化、宗教、価値観などもある。そういうものを通じて、人の生き様を見ることでもある。とてもやりがいがありますし、医師になって良かったと思っています。

――国際協力に携わるようになった経緯は。

横堀 大学1年生の時に中国に行ったのがきっかけで、異国の文化に触れる面白さを知り、医学部に移って以降、バックパッカーで度々海外に行きました。

3年生の時、人道支援活動を行っているNGO、AMDAの代表者の方の講義を聴きました。知らなかった世界を知ったことがきっかけとなり、大学の自由勉強期間を利用してカンボジアで3カ月間、ボランティア活動に参加しました。これが最初の国際協力です。

バックパッカー時代

カンボジアのボランティアではモバイルクリニックを手伝いました。首都のプノンペンにあるクリニックから、週1回、周辺の農村部に出かけていくのです。当時、独立したばかりだったカンボジアでは栄養失調の子どもが多く、先週会った子が、今週は亡くなっていることもある。あまり助けられないという現実を体験し、医学に対する学術的な興味から、人道的に何かしたいという気持ちに変化していきました。

――では、小児科を選んだ理由は何ですか。

横堀 その頃の国際協力では母子保健が注目されていたので、小児科を選びました。時代とともに注目分野は変化し、国際会議でも糖尿病、高血圧といった非感染性疾患、高齢化、また医療保険やガバナンスなどが多く取り上げられるようになりました。現在、小児科の専門性そのものを国際協力に生かす場面は少なくなりましたが、私は小児科が好きですし、やりがいもあり、満足しています。

――NCGMに入職したのは2013年ですね。

横堀 はい。大学を卒業し、研修、小児科の臨床などの後、2012年からアメリカのジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生学大学院に留学して公衆衛生学修士を取得し、帰国後に入職しました。多くの国際保健プロジェクトに参加しているNCGMで仕事をしたいと思ったからです。入職後は、短期専門家としてボリビア、カンボジア、ラオス、ベトナムなどで活動しました。

文化、ペースの違うザンビアでのプロジェクト

――2015年から長期専門家として派遣されたザンビアのプロジェクトについて教えてください。これはどのようなプロジェクトだったのでしょうか

横堀 JICAの「ザンビア共和国UHC達成のための基礎的保健サービスマネジメント強化プロジェクト」です。短期派遣のボリビアやカンボジアには小児科の専門家として行きましたが、ザンビアのプロジェクトは行政側を支援するもので、私はチーフアドバイザーとして派遣されました。

UHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)とは、全ての人がきちんと生活が成り立つ範囲の費用で、必要な時に必要な基礎的保健サービスを受けられるようにすることです。アフリカではこれが不十分な国も多いので、ザンビアでの達成を手助けするというプロジェクトでした。

ザンビアの基礎的保健サービスは、母子保健、生活習慣病、がんなど、23種類ほどあります。全ての人に提供できていないものもたくさんあるため、一度に全部を強化するのは不可能です。そこで、優先度の高いものに対して集中的に取り組むことを考え、計画の立て方と予算の確保の仕方をアドバイスしました。限られた予算の範囲内でできることを想定し、計画的に投入していくことで改善を目指しました。

長期専門家として派遣されたザンビア

――計画を立てるのも、予算を把握して計画的に使うのも、なかなか難しいと思います。

横堀 そうですよね。達成できない原因の1つは、何ができていないのか具体的に分からないことだったので、まずできていること、いないことを見える化することから始めました。そのために大事にしたのが、しっかりデータを取ることです。集めたデータを1つの表にして、一目で分かるようなツールを作りました。

取り組む優先順位を決めるには合意が必要ですから、それぞれの要素の状態に応じて点数を付け、優先度の高さが数字で見えるようにしました。最初の2年間でこういったツールを作り、サポートしながら数サイクル実践し、最終的にはガイドラインを作成しました。

――文化や感覚の違いにご苦労されたこともあったのではないでしょうか。

横堀 ザンビアの人たちは人当たりがよく、明るくて、コミュニケーションはしやすかったですね。ただ仕事という面では日本とは異なり、ザンビアの時間のペースはとてもゆっくりしており、感覚の違いに戸惑いました。

最初の頃はわれわれのペースで進めようとしていたので、なかなかうまく進みませんでした。前日にリマインドしたときには「行く」と言っていたのに、会議当日は誰も来なかったこともありました。「会議に出たくない」など、相手と衝突しそうなことは言わない文化のようです。そもそも計画を立てて実行することは難しい上に、彼らにとっては得意ではないことなので、何がキモなのかを説明し、彼らのペースを理解しつつ計画に沿って進めるのは難しかったですね。今回は3年のプロジェクトでしたが、もう少し一緒に活動したかったと思います。

――ザンビアでは、医療へのアクセスはどのような状況なのでしょう。

横堀 病院はありますが、数が少なくアクセスは大きな課題です。農村部では長野県ぐらいの広さの郡(日本でいう県の相当する地域)にヘルスセンターが30カ所ぐらい、1郡に医師が2人という感じで、日本とは異なり人々が利用できる医療サービスは圧倒的に不足しています。田舎では徒歩でヘルスセンターに行く人がほとんどで、たまにバイクを使う人もいますが、遠い場所では最寄りのヘルスセンターまで20km以上あるという状況です。一方で、首都のルサカでは、公共交通機関もあるので、アクセスは悪くはないですが、やはり病院の数が少ないので人でごったがえしています。農村部の病院へのアクセス、都市部では、待ち時間の長さは大きな課題です。

――ザンビアでの生活はいかがでしたか。

横堀 私は家族と一緒に行きました。住まいは居住区の中の一軒家で、学校も近くにありましたし、生活で困ることはありませんでした。食材も手に入るので、日本食も食べていました。現地の主食は、メイズというトウモロコシの粉を練って作る「シマ」で、私は好きでよく食べました。

休みの日にはキャンプにも出かけました。キャンプをしているとゾウやカバに出会うこともあって、素晴らしい経験でした。

家族で行ったキャンプ

コロナ禍では厚労省で奮闘

――ザンビアから帰国後、2019年から1年間は厚生労働省大臣官房国際課課長補佐として厚労省に出向されましたね。どのような活動をしていたのでしょうか。

横堀 厚労省では、対処方針を作ったり、WHOの意思決定機関の会議で日本代表として発言したりしていました。現場を経験してきたことを生かして、運用をイメージした情報提供ができたことは良かったと思います。例えば、末端の医療現場に医療機器を届けるための戦略を考える上では、その国のメンテナンスシステムや保健システム全体を見る必要があります。機器を使っていくには、試薬も必要ですし、メンテナンスもしなければならない。現場としては、運用が始まってからが勝負なのです。

――厚労省に出向していた時期は、ちょうどコロナ禍の初期でしたね。大変だったのでは。

横堀 相当大変でした。私はWHOの考えを厚労省に伝えたり、一般の方々に流したり、また日本の対策をWHOに報告したりしました。皆さんも不安だったと思いますが、答えを求められているわれわれも分からないことが多くて、かなり苦労しました。でも、なかなかできない経験をしたと思います。

――現在はどのような仕事をしているのですか。

横堀 NCGMの活動には、ザンビアへの派遣のような技術協力のほかに、研究、研修、政策提言があります。

まず研究では、死因を導き出してくれるAIシステムと、実際の解剖結果を比べる研究を行っています。今は、これまでに集めた約500例を分析しているところです。ザンビアなどでは亡くなっても原因が分からないことが多いのですが、ご家族も知りたいでしょうし、どの死因が多いかということは政策にも影響します。また継続的に死因データを取ることで、健康危機を監視することもできます。

海外からの研修のコーディネートもしています。1月にはザンビアの方々が日本の病院のマネジメントを学びに来られましたし、3月にはスリランカの方々が高齢化に関する研修で来日される予定です。

政策提言では、厚労省でのパンデミック対応の経験を活かして、今、WHOが取り組んでいる「健康危機に関する法的枠組み(所謂パンデミック条約の策定や国際保健規則の改定)」の議論に関わっています。コロナ禍の経験や教訓を仕組みや取り決めの形にして、パンデミックの際に世界が協力して対応できるようにするためのものです。そのほかG7で行う政策提言についても、現場や厚労省での経験を踏まえて情報をインプットしています。展開支援課としては、海外に医療機器を展開する企業の支援も行っています。

――とても幅広いですね。では、これからどんなことをしたいですか。

横堀 2018年に帰国して以降は国内で活動してきましたから、また海外にも行きたいですね。海外に住んで、そこの文化を知ることは私のモチベーションでもありますから、海外での医療活動、特にUHCに関わる活動をしたいと思っています。

――最後に、国際協力に興味のある人たちにメッセージをお願いします。

横堀 私は、この業界はとてもクリエイティブだと思っています。新しいシステムを作って導入したり、展開したりして、自分のアイデアを生かして何かを実現するのです。とても面白い分野なので、ぜひいろいろな方に入ってきていただきたいと思います。

ザンビア

●面積:752,600㎢(日本の約2倍)
●人口:1,892万人(2021年:世銀)
●首都:ルサカ 海抜1,272メートル
●民族:73部族(トンガ系、ニャンジァ系、ベンバ系、ルンダ系)
●言語:英語(公用語)、ベンバ語、ニャンジァ語、トンガ語
●宗教:8割近くはキリスト教、その他 イスラム教、ヒンドゥー教、伝統宗教
(令和5年3月1日時点、外務省ウェブサイトより)

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