2026

06/05

在宅入院(Hospital at Home)という選択肢

  • 在宅医療

四街道まごころクリニック
院長
梅野 福太郎

在宅医療(14)

高齢者医療における「入院」について

日本の医療提供体制は、長らく「単発の急性疾患を病院で短期間に治療し、治癒後に退院する」というモデルを念頭としてきました。しかし、超高齢社会の進展に伴い、高齢者が肺炎、尿路感染症、あるいは骨折などで入院するケースが増加し、急性期の治療自体は成功しても、入院生活そのものがADL(日常生活動作)の著しい低下を招くケースが散見されています。

典型的な例として、「肺炎は完治したが、食事を自力で摂取できなくなった」「歩行できていた患者が寝たきりになった」という状態が挙げられます。急性期病院という特殊な環境が、高齢患者に及ぼす負の影響は無視できないものとなっています。

入院に伴うリスク:医原性サルコペニアとせん妄

高齢者の入院において、特に注意すべき点は「医原性サルコペニア」と「せん妄」です。

人間は寝たきりの状態で過ごすと、わずか7〜10日間で全筋肉量の約1割を失うというデータがあります。病院内での徹底したリスク管理や、手厚すぎる「上げ膳据え膳」の環境は、治療上やむを得ない側面もありますが、結果として急速な筋力低下を招きます。

また、病院という非日常的かつ閉鎖的な環境、身体を拘束する点滴ライン、夜間の騒音などは、高齢者に容易に「せん妄」という、ちょっとした頭の中の混乱を引き起こします。疾患の速やかな治癒を目指したはずの入院治療が、トータルで見れば全身状態の低下を招き、期待とは逆の効果をもたらしてしまう。この矛盾を解消するための新たな選択肢として注目されているのが、「Hospital at Home(HaH:在宅入院)」です。

Hospital at Home(HaH)とは何か

HaHとは、本来であれば急性期病院への入院が必要な患者に対し、自宅で病院と同等の医療(毎日の診察、看護、検査、投薬)を提供する医療モデルです。多職種連携を軸に、医師や看護師の訪問を単発の介入に留めず、継続的に提供することで入院を回避し自宅で治療するためのシステムを指します。

HaHには大きく分けて2つの型があります。

  1. 入院回避型HaH 入院が必要と判断された時点で、自宅での治療を選択する。
  2. 早期退院型HaH 病院での急性期治療後、早期に自宅へ移行して治療を継続する。

欧米諸国では既に広く導入されており、数々の研究によって、従来の入院加療と比較して「医療費が約3割削減される」「せん妄や院内感染のリスクが低下する」「患者・家族の満足度が向上する」といったエビデンスが示されています。

当院における実践事例

当院においても、HaHの概念を取り入れた急性期サポートを実践しており、以下のような成果を得ています。

事例①:肋骨骨折に伴う急性期ADL低下の防止

自転車からの転落により肋骨を骨折したケース。病院では自宅安静を指示されましたが、疼痛のため起き上がりが困難となり、訪問診療の依頼がありました。直ちに介護保険を申請し、介護ベッドの導入を支援。鎮痛薬の調整に加え、訪問看護による身体ケア、訪問リハビリによるリハビリテーションを実施しました。結果、2カ月後には骨折が治癒し、筋力を維持したまま訪問診療を卒業(終診)することができました。

事例②:繰り返す誤嚥性肺炎への対応

入院のたびに体力が低下し、寝たきりへの進行を危惧していたケース。肺炎再燃時にご家族の強い希望もあり、在宅での点滴加療(補液および抗生剤投与)を選択しました。訪問看護との密な連携により、バイタルのモニターと点滴管理を行い、また一時的に在宅酸素療法(HOT)を導入することで、入院することなく急性期を脱することが可能となりました。

事例③:心不全増悪の在宅管理

心不全の増悪に対し、通常は入院加療が望ましいが家族はせん妄出現の不安が強く、在宅酸素療法(HOT)の導入と利尿薬の調整を在宅で実施。同時に介護負担を軽減するため、デイサービスやショートステイを組み合わせることで、住み慣れた環境でのリカバリーを実現しました。

在宅入院(HaH)の展望

「病気になったら病院へ」という固定観念から脱却し、「住み慣れた家で治す」という選択肢を提示することは、今後の高齢者医療における喫緊のテーマです。ご本人が自分らしく、尊厳を保ちながら回復するための重要な選択肢になると思います。

そのためには医療技術の向上、多職種連携のさらなる情報共有の強化が必要です。また家族など介護者の負担軽減、ビジネスケアラーの視点から介護者たる家族が自分の仕事を継続できるための社会通念の変革や制度設計も必要となるでしょう。

フォントサイズ-+=