2026

06/15

境界知能とメンタルヘルス

  • メンタルヘルス

西松 能子
博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て、立正大学心理学部名誉教授、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

よしこ先生のメンタルヘルス(81)

会話がギクシャクすることも……。

昨日、数年ぶりに飛び込みの患者さんを診察致しました。自院は予約制なので、飛び込みの患者さんはめったにいらっしゃらないのですが、いらした場合は、医師が緊急性を判断するためにお会いするルールになっています。その日は医者たちの3分の2は会合を控えていたので、私が緊急性を判断するためにフロアでお声を掛けると、「あ、眠れないだけなので、不眠のお薬をください」とおっしゃいます。私もその日は会合を控えていましたが、「連休前に眠れないのは困るだろうな」と思い、お会いすることにしました。診察室に入室したAさんに、「先ほどお休みになれないとおっしゃいましたが、寝付けないのですか、途中で目が覚めるのですか、朝早く目が覚めるのですか。どんな不眠でしょうか」とお尋ねすると気色ばみ、「眠れないと言ったら眠れないのですよ。どうしてそんなことを聞くんですか。講釈は聞きたくありません。とにかく眠れるようにしてください」とおっしゃいます。

その時点で、私は「ああ、今日の会合は遅刻していくんだなあ」と腹を決めました。腹は決まったものの、皆さんが想像されていらっしゃるように何を聞いても話はギクシャクとしてきます。「眠れないのは、いつからですか」とお尋ねすると、「もう何年もです」と答え、「おいくつくらいからですか」とお聞きすると「分かりません」とおっしゃいます。「このことで受診したことはありますか」とお聞きしても、「眠れないから今日来たんです」と答えます。

診察で尋ねること

患者さんの訴えのことを、「主訴」と言いますが、「眠れない」という主訴だけでは精神科の全ての病気が当てはまってしまいます。精神科では症状だけでなく、その人の病気の始まりからお聞きするのが通例で、ご家族のことや、お育ちのこともお尋ねします。大抵の患者さんは「自分は何番目の子で、お父さんは○○をし、お母さんは○○をしています」とスラスラと答えます。十代の患者さんには、生まれた時の体重や身長、保育園なのか幼稚園か、就学前健診で何か指摘されたか、学校を30日以上休んだことがあるかどうか、まで詳細にお聞きすることが通例です。すでに成人の方の場合でも、生まれてからのことを同じように詳細にお聞きすることがあります。

受診されたこの方に主訴を聞いてもらちが明かなかったので、生育史や病歴についてお尋ねしようとしました。「どちらで生まれて、どちらでお育ちですか」とお聞きすると「それと眠れないことってどういう関係があるんですか」と言います。「生まれてから今まで、眠れなかったことはありませんか」とお尋ねすると、「なかったんです」とおっしゃいます。やせ型の中背の方で、ごく今風のファッションでしたが、「いまいろいろ困ってらっしゃるんだろうなあ」と推定したのは、キチンと化粧しているのに髪が手入れされず乱れていることが少しそぐわない印象があり、今風の柄ソックスにビニールのサンダルというアンバランスな格好のためでした。生活史や家族構成を聞いても、「それと眠れないこととどういう関係があるのですか」と言い、どうやら話せないようです。即時的に望む結果が得られないと、怒り出す患者さんは飛び込みの患者さんの中には時々いらっしゃいますが、この方は怒った風でもなく、聞かれたことが本当に理解できないようで、「自分は眠れないだけだ」と繰り返し、次第に困惑していきました。

大学を出てからずっと働いているとおっしゃるのですが、何十社も職場を変わってきて、今のところは勤め始めて1カ月とのことです。この方がどうして眠れなくなったのかは、次の診察でお聴きすることとして、会社かご家庭で何かあったらしいと推定し、気持ちの落ち着く漢方薬を処方しました。連休明けに予約の時間に相当遅れてきたのですが、予約だからと受診したAさんは、「薬がよく効きました」と2カ月後(!)に予約をして帰られました。当面の不快さ、この場合は不眠ですが、それが解決されれば全て良し、のようでした。大学を卒業して以来、十数年の間に10カ所以上の転職歴があり、今の職場でも疎外されつつあること、このままでは将来も転職を繰り返すということには思い至らず、その問題を解決しないことには不眠も解決しないとはならないようです。

境界知能の方は7人に1人!?

大学全入時代の現在、大学を出ていて、語彙は豊富で表面的な理解はできるけれども、いざ何かをするとなると手が遅く、なかなか仕事を把握できず処理できない、現実検討が甘く、周囲に流されやすく、将来も同様大変そうですが、眠れるようになったご自身は安気に構えていました。

この方の病態から、精神科医は境界知能の方を想定します。日本には1,700万人程度いる(7人に1人)と考えられています。言語化が苦手で、段取りが覚えられず、金銭管理など諸般管理ができず、だまされやすく、日常生活が頓挫しやすい方々です。支援の主体は精神科医よりも教育や福祉といわれますが、いずれの領域の支援も限定的です。連携のシステム作りが急がれます。7人に1人の労働はいまの日本には重要です。その力が活きるように皆の知恵と連携が求められています。

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