2026
08/07
学びの軸は女性と子ども ~女性と子どもの人生を支え、災害に備える~
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国際医療
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海外で活躍する医療者たち(48)
キーワードは“女性”
――池本さんは、なぜ看護師、助産師になろうと思ったのですか。
池本 私は淡路島の出身です。小さい頃は、大きな病院にかかるには、徳島や神戸、大阪まで船で行かなければなりませんでした。母が神戸の病院に入院していたときに、看護師さんのやさしさや仕事ぶりに触れ、看護師になりたいと思うようになりました。女性が自分で選択して生きていくための仕事を持ちたいという気持ちもありました。
私にとって“女性”は、重要なキーワードです。看護師として仕事をするうちに、女性の健康や助産学などを学ぶことで看護という専門職をさらに活かせるのではないか、妊娠、出産といったライフイベントだけでなく、女性の人生全体をサポートできるのではないか、と思うようになりました。看護師としての臨床の後、2005年に新潟大学医学部保健学科に編入学し、助産師と保健師の免許を取得しました。
――では、国際保健に関心を持ったきっかけは。
池本 新潟大学の国際看護の教授であり、ミャンマーやエジプトなどで活動してこられた丹野かほる先生と出会ったことでさらに関心が深まりました。JIHSを知ったのも丹野先生がきっかけです。先生との出会いがなければ、その後の人生も違うものになっていたかもしれません。
――卒業後、助産師としての臨床を経て、2015年には兵庫県立大学大学院5年一貫博士課程、災害看護グローバルリーダー養成プログラムに入学しましたね。
池本 はい。大学院で学びたいという思いはあったのですが、結婚や出産も重なって実現できていませんでした。でも2人の子どもに、夢に向かって頑張る大切さを話している自分に違和感を覚え、もう一度、大学院を目指したいと思いました。
――なぜ災害看護だったのでしょう。
池本 看護師になって最初に就職した神戸市立西医療センターでは、先輩方がよく阪神淡路大震災当時の状況や不安だった気持ちを話してくださいました。また東日本大震災のときは、被災地支援から戻った先輩看護師が惨事ストレスを感じている様子も目にしました。こういった経験から、支援の在り方、支援者のサポートなどを改善できないか、私にもできることがあるかもしれないと思ったことが、災害看護の世界に飛び込んだ理由です。
災害看護を学ぶ中でも、私の軸は女性と子どもにあります。そこで、妊婦さんの災害の備えに関する教育ツールの開発とその実践をテーマに研究しました。
――そして、2020年1月にJIHSに入職したのですね。
池本 はい。大学院在学中に、世界保健総会に出席する機会をいただきました。政策レベルでどのように意思決定されていくのかを知り、より良い看護のためには、現場でニーズを拾い上げたり、ケアを届けたりすることと、研究や分析などによって看護の現状や目指す姿を示し、声を束ねていくこととの両面が必要だと強く感じました。
日本の国際協力の中心的存在として活動しているJIHSなら、この両面に関われると考え、ここで働きたいと思いました。
2019年に募集があることを知ったときは、どうしても応募したいと思いました。当時は大学院在学中で、博士課程はデータ収集が終わったばかり、分析も論文もできていませんでした。でも、受験して落ちたなら納得できるけれど、受験しないままでは納得できないと思い、教授に頼み込みました。JIHSへの入職が決まったときは、夢を実現できる場所に来られることがとてもうれしかったです。
モンゴルの新人助産師教育を強化
――JIHSでは、どのような業務を担当してきたのですか。
池本 JICA課題別研修では「アフリカ仏語圏地域 女性と子どもの健康改善」と「UHC達成に向けた看護管理能力向上」などを担当しました。またWHOやICN(国際看護師協会)などが世界各国の看護の現状についてまとめた報告書「世界の看護2020」と「世界の看護2025」の日本語訳や、「看護と助産のグローバル戦略の方向性」のドラフト作成に向けてWHO本部へのJIHSのコメントの取りまとめなどに携わりました。
入職した2020年1月は、COVID-19の感染者が日本で発見された時期で、研修の実施も影響を受けました。例えば、JICAのアフリカ仏語圏地域女性と子どもの健康改善は、通常は来日していただいて対面で行うのですが、オンラインでの研修になりました。
――COVID-19にも対応されたことと思います。
池本 JIHSの職員は交代で対応に当たりました。私も、横浜沖に停泊していたクルーズ船に2日間派遣されましたし、病院の面会者のスクリーニングや発熱相談外来、軽症者向けの宿泊療養施設の立ち上げと医療支援も行いました。
災害時の差し迫った状況下での支援を短期間でも経験すると、精神的なケアが必要になる場合があります。そのため、活動後の職員のメンタルヘルス、惨事ストレスに関する情報共有や、今後のスムーズな活動のために、災害対応に関する物品の準備なども行いました。
――2021年11月からは3年2カ月、JICAの専門家としてモンゴルに派遣されましたね。どのような活動だったのですか。
池本 JICAの「医師及び看護師の卒後研修強化プロジェクト」で、助産師の卒後継続教育の制度構築や体制強化に取り組みました。まず、調査や会議を重ねてモンゴルの助産師のコンピテンシーを作りました。それに基づき、新人助産師を育成するためのモデル研修プログラムを開発し、モデルサイトで実施しました。また、専門研修や指導者養成の研修も開発し、導入しました。

新人助産師の研修プログラムを開発するための会議の様子(モンゴル)
――現在は、モンゴルの新人助産師育成はどのような状況ですか。
池本 プロジェクトで開発した研修は国の承認を受け、国が実施するものと位置付けられています。現在も定期的にモンゴルを訪れていますが、取り組みは継続されており、当初モデルとなった病院以外にも広がっているようです。
以前のモンゴルでは、新人助産師の教育はそれぞれのベテラン助産師に任されている状態で、学びの内容にばらつきがありました。新人助産師の研修プログラムによって、何を学ぶべきかが明確になり、スキルが身に付いていることも分かるという報告をいただいています。さらにわれわれの予想を超え、新人助産師たちが専門職としての自信を持てるようになってきていると聞いています。

新人助産師を教育するための臨床指導者を養成する研修の集合写真(モンゴル)
家族と話し合っておくことも備え
――2024年に帰国してからは、どのような業務に携わっていますか。
池本 モンゴルの助産師に関する関係者とは共同研究を継続しており、他の局員が行っているラオスの研究も含めた「アジア西太平洋地域の低中所得国における看護師および助産師の実践能力評価」の主任研究者を務めています。医療技術等国際展開推進事業では、「カンボジアにおける新生児集中治療人材育成事業」の案件責任者もさせていただいています。
JICAの課題別研修にも携わっています。例えば、COVID-19のさなかにはオンラインになってしまった「アフリカ仏語圏地域 女性と子どもの健康改善」は、2025年度も担当しました。行政官の方が来日され、講義の受講や見学、話し合い、帰国後の行動計画の立案などを行いました。また疾病対策チームや、併設する国立国際医療センターの災害対策委員会のメンバーも務めています。
――災害対策委員会とはどのような活動なのですか。
池本 国立国際医療センター(NCGM)は、有事の際には地域の医療救護活動の中心的な役割を担うため、災害時における対応や、平時からの備えを進めています。有事の際のNCGMの対応として協力局の局員の役割を明確にしたり、訓練や勉強会を行ったりします。
――日本助産学会の災害対策委員会の委員でもあるのですよね。
池本 助産師が備えるための減災ドリルという教育ツールも作成しています。助産師自身が備える、助産師の所属する職場で備える、妊婦さんが備えられるように指導する、という3本柱で内容を充実させ、今は第3版にアップデートしているところです。大学院での研究で、妊婦さんの災害の備えとは何かを深く考えた経験も活かしながら取り組んでいます。
――妊婦さんの災害の備えとは。
池本 備えというと、水や食料など物質的なものを考えがちですが、私は災害時の行動について家族と相談しておくことも備えだと思っています。例えば、豪雨になることが分かっていて自宅が危険なエリアにあるなら、早めに安全な親戚の家やホテルに泊まる。大きな地震で被災したなら、妊婦さんだけでも安全に暮らせる場所に行く。こういうことを家族で話し合っておくことが大切です。家族を残して自分だけ安全な場所に行くことが後ろめたくて、躊躇してしまう方も多いのですが、事前に話し合っておけば、実際に行動するときにも心が軽くなりますし、何より赤ちゃんと自分を守ることにつながります。何事もなかったなら、ラッキーと思っていただきたいです。
――今後はどのようなことをしていきたいですか。
池本 私は看護師、助産師、人が好きで、現場や実践を大切にしているので、今後も途上国での事業に関わりたいという気持ちもあります。同時に、これまでの経験や知識を活かして、人材育成や研究にも関わっていきたいと思っています。
――最後に、国際保健に興味を持っている読者にメッセージをお願いします。
池本 私は、これまでいろいろな病院で勤務したり、大学院にも行ったりしているので、「家族との生活と、どう折り合いをつけているのか」とよく聞かれます。後悔したくないから飛び込んじゃうような生き方をしてきましたが、キャリアは人生の一部ですから、ライフイベントや家族の事情も考えて、臨機応変にその時できることにチャレンジすると良いのではないかと思います。全ての経験がどこかでつながって、積み重なって、今があるのだと思います。
始めたいと思ったその時が最良のタイミングです。一歩を踏み出すのに遅過ぎることはありません。違うと思ったら軌道修正もできますので、国際協力に携わってみたいと思うなら、まず飛び込んでみてください。また、国際協力は、その人となり、人格や価値観が表れるものだと感じています。自分が不幸と感じていると良い支援はできませんから、自分のことも大切にしながら、誠実に向き合っていくことが大切だと思います。
*プロフィール写真で着用している服は、モンゴルの伝統衣装デールに、日本の着物の帯を取り入れており、日本とモンゴルの伝統文化が共演しています。モンゴルの助産師たちと自分のようで、とても大切にしています。ピンク色のバッジは、モンゴルの助産師のコンピテンシーを示しています。