2022

01/05

ヒトと感染症の未来

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 准教授
日本医療・環境オゾン学会 理事
日本機能水学会 理事

ドクターズプラザ2022年1月号掲載

微生物・感染症講座(74)

はじめに

2020年当初から続く新型コロナウイルス感染症の世界的流行(パンデミック)によって、私たちの生活は一変しました。また、将来への不安を強く感じる方々も多くいらっしゃることでしょう。「コロナの流行は収束しますか?」「いつになったら元の生活に戻れますか?」といった質問を、講義や講演会で受けることが増えました。人類と感染症とは、おそらく人類が地球上に誕生した頃からの付き合いだと考えられます。また、今後も上手く付き合っていかなければならない相手です。「微生物・感染症講座」の最終回として、現状を踏まえつつ、これからの感染症との付き合い方について考えてみましょう。

パンデミックは必ず収束する

感染症パンデミックは、必ず収束します。これについては、これまでの感染症の歴史から明言できます。ただし、収束しても病原体が消滅するわけではありません。現時点で人類が撲滅したと考えられている感染症はただ一つ、天然痘だけです。今からおよそ100年前、スペイン風邪としてその名を残す新型インフルエンザが世界中を恐怖に陥れました。スペイン風邪は、日本でも冬を中心に数年続きました。当時の日本は大正時代で、世界的にもワクチンや治療薬は開発されておらず、また情報伝達も今ほど早く膨大なものではありませんでした。それでもこのパンデミックは収束しています。

COVID- 19が発生する約20年前に発生したSARSは、1年足らずで収束しました。病原体によって収束までの時間は異なりますが、必ず収束します。しかし、地球上から原因となる病原体が消滅することはありません。感染症の原因である微生物は、感染先のわれわれが全滅してしまっては自身も生き残れなくなってしまうので、時間をかけてバランスを取っているかのように思えます。いずれにしても、パンデミックは遅かれ早かれ収束します。

感染症とのイタチごっこ

現代の世界的な感染症状況は、「新興・再興感染症」「国境なき感染症(輸入感染症)」「人獣共通感染症」などがキーワードとして挙げられます。特に注目すべきは、新型コロナにも当てはまる、新興感染症でしょう。新興感染症は、1970年以降に認識された感染症で、局地的あるいは国際的に公衆衛生上問題となる感染症と、世界保健機構(WHO)が定義しています。1995年からアメリカ疾病予防管理センター(CDC)が発行しているEmerging infectious diseases 誌の第1巻冒頭で、1994年までに明らかとなったエボラ出血熱やエイズなど22の感染症が示されました。その後も高病原性トリインフルエンザ、SARS、MERS、COVID-19などの新たな感染症が続々と出現しています。

1970年以降に明らかとなった主な感染症を、表1にまとめました。新興感染症が増え続ける要因として、これまで原因不明であった疾患の病原体が明らかとなったことよりも、科学技術の発達および人口増加による環境破壊や開拓の激化が主だと考えられます。農業革命や産業革命によって、私たちの生活は劇的に便利になりましたが、一方で感染症のリスクも増えたのです。例えば、収穫した穀物を備蓄することでネズミがこれらを狙って人間の近くに現れ、ネズミに寄生していたノミによって媒介されたのがペストです。また、科学技術の進歩によって開発されたコンタクトレンズですが、付けっぱなしにしたり洗わなかったりと正しい使用法を守らないことで、環境中から微生物が入り込んで角膜を傷つける、アカントアメーバ角膜炎などもあります。未開の地の開拓を進め、これまで知らなかった生物や微生物と接触することで認識された感染症としては、エボラ出血熱などがあります。SARSやMERSの起源はコウモリであることから、COVID-19も開拓や環境破壊により接触の少なかった動物との接触が増えたことで発生した可能性が考えられます。

日本は少子高齢化が進み、2008年をピークに人口は減少に転じました。しかし、1950年に25億人であった世界人口は、50年後の2000年には倍以上の60億人を超え、2050年には90億人を超えると予想されています。人口が増えれば、住む場所だけでなく食料生産に必要な土地も開拓されることとなり、これによって新たな感染症を経験するリスクが高まることを、私たちは受け止めておかなければなりません。また、COVID-19パンデミックによって世界的に変化した生活様式によっても、新興感染症あるいは再興感染症が引き起こされる可能性があることを頭の片隅に留め置き、これからも予防に努めましょう。

日本の感染症対策

病原体は私たちにとっての危険因子(ハザード)であり、どれだけ予防に努めても感染リスクをゼロにすることはできません。しかし、感染症は、「病原体」、「感染経路」、「宿主の感受性」の3つの感染要因が揃ってはじめて引き起こされるので、いずれの1つでも対策を講じれば、感染リスクは低減し、感染や重症化の予防につながります。

3つの感染要因のうち、国や地方自治体で最も対策がなされているのは、病原体への対策です。世界的な感染が懸念されると、島国である日本では外国からの流入を防ぐかのような「水際作戦」という言葉を耳にします。あたかもパンデミック時の対策かのような報道が散見されますが、病原体と宿主の関係には症状が現れない不顕性感染や潜伏期間があるため、パンデミック時に人による病原体の持ち込みを完全に遮断することは不可能であり、そもそも水際作戦は平時から行われています。日本における「水際作戦」は、国内に存在しない感染症病原体の国内侵入や、植物、土壌、動物や食品を介した病原体侵入が容易に起こらないよう定められた検疫法であり、これを遵守するために空港や海港には検疫所が設置されています。

国内で感染症が発生した場合の対策として、日本では感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)が制定されています。感染症法では、患者の早期発見と治療、流行抑制を目的として、感染症を1から5類、新型インフルエンザ、指定感染症、新感染症に分類し、医師の保健所への届け出義務と、類型ごとに入院・治療の対応を定めています(表2・20頁)。

日本人は法律を「守る」という意識が強いですが、本来法律は状況に合わせて「変える」べきであり、次々と襲い来る感染症への対応ではより迅速な変更が求められるため、適宜変更可能な類型分類となっています。COVID-19は指定感染症となって2年になり、発生から1年10カ月で日本の感染者割合は人口の約1.45%、ワクチン接種率も7割近く、感染者数に占める死亡者数の割合は2021年8月末の1.1%から11月初めには1.06%と減少傾向を示しており、今後ワクチンの追加接種や治療薬の承認が進むことで、現在2類相当となっている指定感染症の対応からの変更がなされることと思います。しかし、この法律を活かせるかどうかは、報告を受けた保健所(都道府県)と国・市町村との連携が鍵であり、これまでのCOVID-19対策や国に対する都道府県の対応を見ていると、一抹の不安がよぎります。

私たちが行うべき感染症対策

感染症パンデミックは、COVID -19で終わるわけではありません。私たちはこれからも未知の感染症と闘っていかなければならないのです。今回のCOVID-19パンデミックでは、「感染経路」対策としてマスク、手洗いやうがいなどが励行され、集団で行うことで予防できる感染症が分かりました。マスクや手洗いは、経気道感染あるいは一部の接触感染を予防できますが、経口感染する食中毒、蚊やダニが媒介する経皮感染、性感染症などの予防対策としては不十分であることも、この1年半の感染報告数から明らかとなっています。

今後はマスク、手洗い、うがいでは予防不十分な感染症の対策も意識していく必要があり、病原体ごとの対策効果検証や適した予防法の指導や制度化について、私たちは国や地方自治体に強く要望していくべきでしょう。また、私たち自身は免疫という感染防御機構(システム)を持っていて、免疫が正しく働くことで病原体への感受性を下げています。免疫はシステムなので、機械やコンピューターと同様に、日頃からの適切な運用管理によって円滑に維持されます。免疫を維持するには、食事、睡眠、排泄の量やリズムを整え、適度な運動を心掛けることです。何か特定の食品や飲料を摂取したからといって、急に免疫が強く働くことは決してありません。こうした食品は、日頃から継続して摂取することで免疫を整える手助けはしてくれます。何よりも、日頃から自身の生活リズムを意識して整えておくことが大切なのです。

ただし、今回のようなパンデミックや感染症流行地への渡航などで、ある種の病原体に対してどうしても早急に強い免疫が必要な場合には、ワクチン接種が極めて有効な手段となります。COVID-19に続く新たな感染症がいつ起こるかは予想できませんが、必ず起こります。その時に慌てないよう、日頃から心身ともに健康であるよう心掛けましょう。

おわりに

今回で微生物・感染症講座は最終回となります。74回、10年以上の長期にわたって執筆させていただけたことに深く感謝致します。感染症の発生予測はほぼ不可能に近く、流行があってからの記事が多い中、デング熱の国内感染を予測できたことは、執筆者・教育研究者として、大きな自信となりました。人類と感染症との闘いは今後も続くので、これからも勉強し続けます。またどこかでお目にかかれる日を夢見て、終わりの言葉と致します。ありがとうございました。

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