2024

05/01

トコジラミは「昆虫」。殺虫剤が有効!?

  • 感染症

内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事

新微生物・感染症講座⑬

トコジラミとシラミ

1年程前から、日本国内におけるトコジラミ被害の拡大が報じられるようになりました。今年の3月には、首都圏を走行する電車の座席上で見つけたとの報道もありました。経済成長期の日本では一般的な害虫だったトコジラミですが、殺虫剤の普及とともに私たちの前から姿を消していました。しかし、近年になって特に先進国でのトコジラミ被害が急増し、日本では2007年以降徐々に被害報告が増加してきています。今回は、寄生虫症としてのトコジラミについて、さらにはシラミについてお話します。

トコジラミは感染症を媒介しない?

トコジラミはナンキンムシとも呼ばれ、名前に「シラミ」が付いているのでシラミの仲間のように思われますが、生物学的には、カメムシやアメンボと同じ半翅目(はんしもく)/異翅亜目(いしあもく)に分類される昆虫です。いわゆる吸血昆虫の一種で、ヒトの血を吸うトコジラミとして、温帯地域のトコジラミと熱帯地方のネッタイトコジラミの2種類が知られています。半翅目ですがトコジラミに羽は無く、扁平な楕円形(吸血後はダルマ様に膨らむ)をしており、体長は5~8 mmであるため肉眼でも容易に確認できます。孵化後数カ月で5回脱皮して成虫となり、毎日吸血して1日当たり2~5個の卵を産み、約1年の寿命の間に約200個の卵を産むため、繁殖されると駆除が厄介な外部寄生虫(体外、体表面に寄生する生物)です。ヒト以外の動物の血も吸いますが、特にウサギの血を好むともいわれています。

トコジラミは身体の露出部分を刺咬することが多く、一度の吸血で済む場合だけでなく、刺口が数カ所並ぶ場合もしばしばあります。吸血する虫は、吸血時に血が固まらないように抗凝血作用のあるタンパク質を唾液とともに宿主に注入するため、トコジラミに刺された部分は激しい掻痒感(そうようかん)と発赤、腫脹が起こります(反復して刺されると免疫が働いて感じなくなります)。蚊やマダニなどの吸血虫では、唾液腺に寄生している病原微生物によって感染症が媒介されることがありますが、これまでにトコジラミの刺咬によって感染症が伝播された事例はありません。しかし、実験的にはペスト、回帰熱(ボレリア)、カラアザール(リーシュマニア)などの媒介が可能だと報告されています。

世界中には300種以上のシラミがいる

シラミは、咀顎目(カジリムシ目)/シラミ亜目に分類される昆虫で、吸血性の外部寄生虫です。世界中には300種以上のシラミがいますが、ヒトに寄生するのはヒトジラミとケジラミのみで、ヒトジラミにはコロモジラミとアタマジラミとがいます。ヒトジラミ、ケジラミも羽は無く、ヒトジラミは扁平で体長2~4 mm、寿命は40日程度と短く、1日数回吸血して5~8個の卵を産みます。ケジラミは幅広な体表で、どうにか肉眼で確認できる体長1 mm程度です。ヒトジラミは衣服などを通して伝播しますが、ケジラミはアポクリン汗臭を好むために陰毛部への寄生が多く、性交によって伝播する性感染症でもあります。シラミに刺咬された場合の掻痒感も激しく、1週間程度続きます。シラミは、トコジラミとは違って寄生する相手(宿主)が決まっていて、他の動物に寄生するシラミがヒトに寄生することはありませんが、人獣共通感染症を媒介する場合があるので注意は必要です。

シラミはトコジラミと違い、古くから感染症の伝播が報告されています。中でもヒトジラミの媒介する発疹チフス(リケッチア)は、ナポレオンのロシア遠征や第1次世界大戦中にも多くの死者を出しています。この発疹チフスの伝播は吸血によるものではなく、ヒトジラミの中腸線上皮細胞で増殖した病原体が糞とともに大量に排出され、痒みによって体表を引っ掻くことで伝播する経皮感染です。日本でも明治から昭和初期にかけて感染報告がありますが、1955(昭和30)年以降は報告されておらず、現在ではアフリカや南アメリカなどで感染報告があるのみとなっています。発疹チフス以外にも、塹壕熱(リケッチア)や回帰熱も、同様に経皮感染することが知られています。

シラミ、トコジラミの治療と予防

シラミの予防は、清潔であることです。身体は入浴・洗髪などで、衣服は洗濯を適切に行うことが大切です。衣服や交通機関な座席などでコロモジラミが発生してしまった場合、煮沸あるいは殺虫剤で処理する必要があります。ケジラミは、性交以外でもペットからの感染が多く報告されており、筆者も中学生の時に屋外飼育のイヌとの接触で感染した経験があります。ケジラミは市販の殺虫剤含有軟膏で殺せますが、昼間は毛穴に潜んでいるので殺虫後に取り除かなければならず、産卵場所を消失させる剃毛が効果的です。

トコジラミも夜間に吸血し、昼間は寝具の縫い目や隙間、カーテンの折り目や縫い目、畳や家具の隙間、壁の隅などに潜伏しているので、発生した場合にはこれらの場所を中心に殺虫剤を残留噴霧するか、部屋を燻蒸処理します。トコジラミは熱に弱いので、スチームクリーナーで60℃、10分以上の処理も有効です。とにかく外から持ち込まないよう、特に海外のホテル宿泊時には部屋をチェックし、帰国時には荷物チェックを行いましょう。

また、トコジラミは光を嫌うので電気を付けたまま就寝したり、オゾンも嫌いなのでオゾンを利用した空気清浄機を利用したりすることも有効です。刺咬された場合には、激しい掻痒を緩和するために、抗ヒスタミン剤やステロイド剤を大量に経口投与する場合があります。トコジラミは「昆虫」なので、プロポクスル(カルバメート系)やメトキサジアゾン(オキサジアゾール系)を含む殺虫剤が有効です。気温が25℃以上になると活動が活発になるため、これから秋にかけて注意していきましょう。

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