2024

08/07

孤立と孤独がもたらしたもの~コロナ禍5年の間に~

  • メンタルヘルス

西松 能子
博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本外来臨床精神医学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

よしこ先生のメンタルヘルス(68)

21世紀は戦争の時代?

戦争を撲滅し、乗り越えたといわれた20世紀に対し、21世紀は戦争の時代と後世いわれるかもしれません。障害調整生存年(Disability-adjusted Life Year;DALY)によると、20世紀に16位だった戦争による健康な生活の欠損は、21世紀(2020年)に入ると8位になりました。うつ病は1990年の時点では、21世紀の健康を損なう主なる疾患にあると予想されていました。実際、2020年には虚血性心疾患、うつ病、交通事故の順でした。しかし、2021年になるとすっかり様変わりしました。第1位は新型コロナウィルス、第2位は虚血性心疾患、第3位は新生児障害でした。2020年に始まった感染症との戦いの結果が2021年に現れたのです。

感染症との戦いが残した後遺症

感染症との戦いは、どうやら免疫学者たちの主張が優勢になったようです。感染当初から、感染症の専門家は感染封じ込めを強く訴える一方、免疫学を専門とする医学者は、集団免疫の早期獲得を推奨していました。コロナ感染開始から5年余を経過して、どうやらわれわれは集団免疫を獲得した様子です。現在、コロナによる致命率はインフルエンザと有意差がないと報道されています。しかし、コロナ感染封じ込めによる対人接触禁止、孤立と孤独は心に思わぬ後遺症を残したように感じるのは私だけでしょうか?

私共の外来では、昨年末頃から、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状を訴えて受診する人が明らかに増えてきました。軌を一にするようにこの6月、保険点数の改定において、心的外傷の心理支援(公認心理士による支援)に保険点数が加算されることになりました。この「心的外傷による心理支援加算」は必ずしも従来のトラウマに該当する心的外傷を認めない場合においても、悪夢や侵入症状など心的外傷後ストレス障害の臨床症状がある場合は心理支援加算を認めることになりました。この立場は患者さんたちの臨床感覚に沿ったものかもしれません。患者さんは今までもよく「上司ががんと机をたたいて恐ろしい顔をして怒鳴ってきたことがトラウマになって……」「学校でいじめられて、それがトラウマになって……」と訴え、「その場面を繰り返し夢に見て、仕事場に近づこうとすると、動悸がして息苦しくなって、結局職場に行けないのです」「学校に行く路線の電車には乗れなくなって、迂回して行っています」などと訴えます。これらの出来事は、テロ被害でもない、犯罪被害に遭ったわけでもない、地震や大火事に遭遇したわけでもありません。今回、臨床症状はPTSDそのものである人々への心理支援が「心的外傷による心理支援加算」として認められたのです。

コロナ後、外来に座っていると、そういう方が増えていらっしゃるように感じます。実際に、外来における頻度は約3倍になっています。もともとトラウマの結果PTSD症状を呈している方は0.7%、トラウマは認めないがPTSD症状の方が3%でした。4月以降、新たにお見えになる方の10.8%がPTSD症状を主訴に受診されていました。

孤独は生命の危機

マサチューセッツ工科大学の研究に面白い実験があります。被検者を窓のない部屋で10時間隔離した後に、MRIの中で人が一緒にいる写真を見せると黒質の活動性が亢進し、さらに10時間断食をして、再びMRI装置に入り今度は食べ物の写真を見せられると、黒質の活動が前の実験のように亢進したのです。つまり、人はどうやら「空腹」にも「仲間からの遮断」にも同じような反応をしたようです。すなわち、生命の危機だと感じているようです。確かに、空腹すなわち飢餓は生命の危機を招くことは間違いがないでしょう。しかし、孤独を私たちがそんなに恐れる必要はあるのでしょうか? 現在では、孤立していても食料を探すのにインターネットにアクセスすれは事足ります。しかし、つい100年前まで仲間がいなければ、村八分では生き延びることは難しかったでしょう。人類の歴史のほぼ全ての時間、孤立と孤独では生き延びるのが難しかったのです。この5年近く隔離の期間を過ぎて、人々は容易にPTSD症状を呈するようになったのでしょうか?

この5年余りの孤立と孤独の期間が新たな紐帯を結べますように。

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