2025
01/06
口腔ケアと肺炎
-
感染症
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事
新微生物・感染症講座 17
災害対策に感染症対策も含めて考える
昨年(2024年)は、年頭から能登半島地震に見舞われ、その後も各地で大規模な水害が起こり、能登では震災半年後に豪雨被害があるなど、改めて自然災害の恐ろしさを痛感する一年でした。日本は水の豊かな国で各地に温泉もありますが、裏を返すと地震だけでなく河川の氾濫や火山活動などにより、誰もが自然災害の被災者になってしまう可能性のある国です。災害時にはケガにも注意が必要ですが、ケガを起因とする感染症や免疫低下による感染症、あるいは避難所での集団生活での感染拡大など、感染症対策も災害対策に含めて考える必要があります。今回は、災害時はもちろんのこと、日常でも重要である口腔ケアについて、感染症予防の視点から考えてみましょう。
口腔内には微生物が多い?
私たちの身体では、口から入った食物が消化管を通って消化吸収され、排泄物を肛門から出すようになっており、単純に考えると口から肛門までが1本の管のような構造をとっています。私たちの消化管には、大腸菌や乳酸菌に代表されるさまざまな微生物が共生してくれていて、私たちの消化を助けてくれたり、私たちが作ることのできないビタミンなどを作ってくれていたりします。口腔内では、唾液中のアミラーゼによってお米などのデンプンを消化していますが、消化管と同じように常在菌が存在し、その数も口腔内と消化管ではほぼ変わらないと報告されています。大腸には腸の内容物1 g当たり10の11乗個の微生物が存在していますが、口腔内細菌でよく知られている虫歯菌(Streptococcus mutansやS. sobrinus)が歯の表面で作る歯垢(プラーク)にも1 g当たり10の11乗個が、唾液1 mL中には10の8乗個の微生物が存在しています。10の5乗個程度の微生物がいるとされる鼻水と比べて、唾液には1000倍、歯垢には100万倍の微生物が存在している計算になることからも、口腔内の微生物はかなり多いことが分かります。口腔内の微生物は、外界から病原体の侵入、定着を防いでくれる働きもしてもいますが、増えすぎると歯垢やバイオフィルムといった強固な塊を作って、虫歯や口臭の原因になるなど口腔内衛生の悪化を招きます。日常生活でも歯磨きやうがいを習慣づけて行うことが大切です。
食物や微生物が誤って呼吸器に……。
人間以外の動物は鼻でしか呼吸できませんが、人間は口でも呼吸ができます。動物の鼻腔と口腔とは顎の骨(歯槽骨)によって隔てられていますが、人間は咽頭という管腔でつながっているため、口でも呼吸することが可能なのです。しかし、常在する微生物の数は、呼吸器である鼻腔と消化器である口腔とでは、前述のように大きな違いがあります。口腔内の微生物は、食物や水分と共に飲み込まれることで食道を通って胃袋に入ります。胃袋では塩酸を主成分とする胃酸やタンパク質を分解する消化酵素(ペプシン)が働いていますし、消化管にも多くの常在微生物が共生してくれているので、唾液や飲食物と共に口腔に常在する微生物を飲み込んだとしても、通常は病気になりません。しかし、消化器ではなく気管や肺などの呼吸器に間違って入ってしまうと、肺炎を起こすリスクが高まります。いわゆる誤嚥性肺炎です。
肺炎とは、病原体が肺に感染して炎症を起こす疾患で、原因となる病原微生物によって細菌性肺炎(肺炎球菌、インフルエンザ菌など)、ウイルス性肺炎(インフルエンザ、COVID-19、麻しんなど)、非定型肺炎(マイコプラズマ、クラミジアなど)に分類されます。呼吸器感染症が重症化することで起こる肺炎ですが、食物や微生物を誤って呼吸器に送り込んでしまうことでも起こることがあり、誤嚥性肺炎と呼んでいます。私たちは気管支の先端にある肺胞で酸素と二酸化炭素をガス交換することで呼吸をしていますが、肺炎とはこの肺胞や周辺組織に炎症が起こった状態であるため、ガス交換に不具合が生じ、息苦しさや呼吸困難などの症状が現れるのです。
肺炎は日本人の死因順位5位。誤嚥性肺炎は6位。
厚生労働省から発表される人口動態統計(2023年)によると、肺炎は日本人の死因順位の5位に、誤嚥性肺炎は6位となっています。肺炎や誤嚥性肺炎により亡くなる方の多くは高齢者であり、免疫低下の伴う呼吸器感染症だけでなく、嚥下力や嚥下反射の低下によって引き起こされる誤嚥性肺炎にも注意が必要なのです。
米山らは、全国11カ所の特別養護老人ホーム入所者を対象として、本人または介助者による通常の口腔ケア群と、通常の口腔ケアに加えて歯科医師や歯科衛生士による定期的な口腔ケアを行う群とで2年間の比較調査を行い、発熱発症者数、肺炎発症者数、肺炎による死亡者数のいずれも専門的な口腔ケアを加えた群では通常の口腔ケア群と比べて半減したことを広告しています(参考文献1)。感染は、微生物の種類ごとの病原性(質)だけでなく数も重要な要因となります。口腔衛生が悪化して口腔内微生物が増えた状態では、唾液や飲食物を誤飲することで肺炎を起こしやすくなるのです。
口腔ケアは口腔内の病原菌を減らすだけでなく、口腔への刺激により嚥下機能が回復し、その結果として食事の摂取がスムーズになって栄養状態の改善や免疫維持に働くと考えられています。誤嚥性肺炎は高齢者に限ったことではないので、私たちも日々のケアに加えて、定期的な歯科検診を心掛けたいものです。
参考文献1
米山武義、鴨田博司、口腔ケアと誤嚥性肺炎予防、老年歯学 第16巻 1 号(2001)