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「人の生きがいを守れる医師」になるために

八塩 知樹 さん

IFMSA

国際医療福祉大学医学部医学科3年生

医療系学生インタビュー(38)

気持ちに寄り添う医師との出会い

――医師を目指そうと思ったきっかけは何ですか?

八塩 漠然と医学部を目指してはいましたが、決定的だったのは高校生の時の経験です。ずっとサッカーをやっていたのですが、高3の時に部活中に骨折してしまい、最後の大会に出られないと言われてしまったんです。その大会で終わりにしようと思っていたので、出られないとなるとモヤモヤするじゃないですか。その時出会った原田先生という先生が、野球部出身で、気持ちを分かってくれたんです。いろいろな所に頭を下げて手術の日程を調整してくださって、大会に出ることができたんです。こんな医者になりたいと思いました。合宿に行くためのリハビリなども考えてくださって、本当に感謝しています。

――国際医療福祉大学の医学部はまだできたばかりですね。学校の特徴を教えてください。

八塩 まずカリキュラムが違います。1、2年生の間に、基礎医学と臨床を英語で一通り学びます。そして3年次には、日本語で復習するので、純粋に考えて通常の倍のペースですね。その分、現場で学べるよう、病院実習が2年あります。ちょっと大変ですが、学んだことが臨床の中で出てきて「その病気知ってる!」みたいになると楽しいので、モチベーションは保てているかなと思います。解剖だけは遅くて、普通は2年の頭にやりますが、自分たちは臨床医学を学んだ後なんです。ご献体の身体の状態を見ながら、臨床で学んだ内容を実感していく感じです。

――IFMSAにはどういう経緯で入ったのですか?

八塩 寮の先輩の紹介です。AVP(Africa Village Project)という部門が面白くて、ハマりましたね。1年間AVPの副代表を務め、12月には東京で「アフリカを通して医療を知ろう、日本を知ろう」というイベントを開きました。参加者は北海道から沖縄まで、さらにアフリカの方も来てくれたんです。AVPの他にも、アフリカ関連の団体にいくつか参加しています。ザンビアブリッジプロジェクトという活動では、ザンビアのマケニ村という村に診療所を作ろうという趣旨で、実際に物を売ったり、募金してもらったりしています。実際に村にも行かせてもらいました。
ザンビアの辺地医療を支援する会(ORMZ)という団体では、辺地医療の支援に同行させていただきました。ザンビアの中でも山奥にはドクターがいないので、月に1回地元の人たちが回っていくんですよ。巡回診療っていうんですけど、それをやっている団体です。

迷ったら「YES」で豊かな交流を

――将来はどのような専門に進みたいと考えていますか?

八塩 将来像は、原田先生のように人の生きがいを守れる医者です。自分にとって大切なものを守ってくれたのが嬉しくて、それはお医者さんだからこそできる仕事なのかなと思います。それを達成したいというのは、何科でも同じかなという気持ちがあります。ただ、アフリカの現状を見て、先進国も発展途上国もどちらもやってこそ医者なのかなとも感じました。発展途上国の支援などにもつながる科だといいなと思います。自分が面白いと思うもの、なりたいものに近いものなど、いろいろ考えながら専門を決めたいです。

――これから医療の道に進みたいという人に向けてメッセージをお願いします。

八塩 自分は親も医者じゃなければ周りに医者もいなくて、何も分からなかったのですが、とりあえず「迷ったら行く」「迷ったら参加する」という姿勢だといいんじゃないかなと思います。医療系って結構いろんな活動をしている人が多いんです。自分も、いろいろなボランティア団体に入ったり、迷ったら「YES」と答えるようにしているんですけど、それが経験につながっているのかなと思います。こんな田舎にいても、いろいろな人と会えたので、良かったなと。

――他大学の学生と交流するメリットはどんなことだと思いますか?

八塩 外を見ると自分を知れるということがあると思います。自分たちだけでずっといたら、自分がどういう人なのか分からなくなってしまうんじゃないかな。「もっとこうした方がいい」とか逆に「ここは強みだから頑張ろう」とかいうのが見えてきます。うちの大学は、外との交流を持っている人が多いかもしれません。先生も生徒も、やる気があってそのエネルギーをどこかに使いたい人たちが来ているので、自分はすごく居心地がいいです。これからの時代はAIなども入ってきて、知識よりもコミュニケーションの力や経験値が大事になるのかなと思ったりもするので、外との交流を持つのは良いと思います。

ドクターズプラザ2020年5月号掲載

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