2015

01/17

餅とカビ

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。

ドクターズプラザ2015年1月号掲載

微生物・感染症講座(44)

先人に学ぶ微生物との付き合い方

はじめに

日本の正月食といえば、御節料理とお雑煮ですね。歳神様(穀物神)を迎え、神聖な“火”の使用をできるだけ控える風習から、食品を干したり味付けを濃くして日持ちさせたのが御節料理の始まりと言われています。一方のお雑煮といえば、一部の地域を除いてお餅が主役でしょう。お餅はお雑煮だけでなく、前述の歳神様への供物として“鏡餅”にも使われます。私の生まれた家では正月飾りを作っており、年末になると父に連れられて鏡餅を供えに町内を回っていました。その時の記憶は微かなものですが、鏡開きが近づくとカビの生えた餅をどうしたものかとの話を毎年耳にしていました。最近では鏡餅を模ったプラスチック容器を飾ることが多くなっていますが、お餅にカビが生えやすいのは昔も今も変わりません。今回は、お餅に生えるカビ(真菌)と日本人との関係を題材にお話しましょう。

餅は保存食!?

最近では、脱酸素剤、真空パックなど保存技術の進歩によって、個包装の切り餅が保存食としても重宝していますね。しかし、そもそもお米や穀物を原料として作るお餅は、食パンと同様にそのままではカビが生えやすく長期保存には向きません。地域によっては、冬のあいだに搗いた餅を凍らせて「氷餅」を作り、田植えの時期にも儀礼的に餅を食べることがあります。また、甲信越地方では、冬場に水へ浸けた餅を軒下に吊るして凍らしたまま乾燥(フリーズドライ)させる「凍り餅」が有名です。いずれにしても、凍らせたり乾燥させたりすることで、長期保存を可能にしています。屋外がそれほど寒くならない地域では、今でこそ冷蔵庫や冷凍庫があって低温保存が可能となりましたが、それまでは水瓶や樽に餅を漬けて保温する“水餅”が主流でした。

カビは人間と同じ真核細胞から成る真菌なので、発育には水、栄養素と酸素が必要です。水餅は、餅を水に漬けることで柔らかいまま保存でき、酸素を遮断することでカビの発生予防もしています。この方法は心太(ところてん)の保存にも使われる方法で、水を一度煮立てて冷まし、水中の酸素を減らした水を使います。地域によっては、水表面で酸素が混ざらぬよう落し蓋をしたり、食塩や焼酎を入れるところもあるそうで、微生物の存在がわかる前から、先人達が観察と工夫で上手に食品を保存してきたことに感服します。

カビの生えた餅は食べられるのか?

水餅は保存食といえども、焼けばカビの香りがした覚えのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。どんなに予防をしても高温多湿の日本では、完全にカビを抑えることは難しいです。そもそも、お餅の四割程度は水分であり、残りは微生物の栄養にもなるデンプンです。冷蔵庫や冷凍庫にそのまま入れておくと、水分が蒸発してパッサパサになりますよね。搗いた後で取り粉(米粉)をまぶすことで、デンプンに水をたっぷり含ませた状態で表面を乾燥させるため、餅同士が触れている部分や皿などの容器に触れている部分で結露してしまい、カビが生え易い環境を作ってしまうのです。お餅に生えるカビは数十種類あり、小麦から作られるパンに生えるカビとよく似ており、その中には極めて弱いながらもカビ毒を作る種類もいます。

また、カビの一つ一つは目に見えない微生物ですから、通常目に見えている部分以上にも広がっているので、変色した部分を取り除いても、餅はカビ臭いです。カビそのものは加熱調理することで燃えてしまいますが、カビ毒は熱に強く、焼いても揚げても料理レベルの加熱では壊すことができません。これまでカビの生えたお餅を食べて中毒を起こした例はありませんが、カビ毒の多くは慢性毒性なので、長期間食べ続けることで影響が出ないとは言い切れません。それでも“もったいない”の精神から、多少のカビであれば餅から除いて食べることが一九七〇年代までは当たり前でした。今日では、食品衛生法で「消費期限」が設けられており(注)、市販の生餅はカビが生える前に食べ切るようルール化されているので安心ですが、先人が培ってきた“もったいない”の精神は受け継いでいきたいものですね。

 

(注)消費期限は、製造後五日以内に品質が劣化する食品を対象として、未開封で表示の保存方法で保存した場合に安全に食べられる期限に安全係数(多くは0・7)を掛けて設定されています。冷蔵や常温で長期保存が可能な食品に対しては、おいしく食べられる期間として賞味期限が定められています。

参考:浜田信夫、「人類とカビの歴史」、朝日新聞出版(2013)

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