2026

05/07

ニパウイルス感染症 ~コウモリからの警告⁉~

  • 感染症

内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事

新微生物・感染症講座(25)

2026年は年明けからインフルエンザ、コロナに加えて麻しんの世界的な流行が報じられ1月末にはインドでニパウイルス感染症の発生が報じられました(注1)。日本ではなじみのない感染症であり、厚生労働省は2月5日に、ニパウイルスの国内伝播の可能性が低いことを公表しています(注2)。しかしながら、私たちは感染症に国境が関係ないことを新型コロナウイルスで経験しており、今回に限らず新たな感染症の発生に対して常に警戒しています。今回はニパウイルス感染症を題材として、新たな感染症はどうして生まれてくるのか考えてみましょう。

ニパウイルスとは?

1997年、日本脳炎の発生地域であるマレーシア北部で、養豚業者の間に急性脳炎が流行しました。1998年以降も同様の急性脳炎の流行が起こり、この病原体として新たに発見されたのがニパウイルスです。1998年9月~1999年3月に報告された265名の急性脳炎患者のうち、日本脳炎の罹患者が11名なのに対して、ニパウイルス感染者は155名、ニパウイルスと日本脳炎ウイルスの重複感染者は37名と報告されています。

ニパウイルスは、ヘニパウイルス属のRNAウイルスで、1994年にウマの新興感染症として発見されたヘンドラウイルスに近縁のウイルスです。ヘンドラ、ニパのいずれも、ウイルスが発見された村の名前の一部から付けられています。ニパウイルスに対するワクチンは現在までに開発されておらず、有効な予防法も確立されていません。治療は対処療法のみで、致死率は40~80%と報告によってバラつきがあります。日本の感染症法では、4類に分類しています。

ニパウイルスはどこからやってきたのか?

マレーシアでのニパウイルスの流行はブタとの接触によるものでしたが、2000年代に入ってから感染報告が続くインドやバングラデシュでは、コウモリを介した感染がほとんどです。井戸掃除などでコウモリと直接的な接触をしたケースや、コウモリに汚染された果物を食べたことで感染したケースも報告されています。ニパウイルスの自然宿主はオオコウモリ(フルーツバット)で、かまれたり引っかかれた場合だけでなく、糞尿や唾液に由来するエアロゾル(微小な液体または固体の粒子と気体の混合体)を介して感染します。コウモリから直接的に感染するだけでなく、家畜への感染を介してヒトにも感染する人獣共通の新興感染症です。

近縁のヘンドラウイルスも、おそらくコウモリが自然宿主だと考えられていますが、まだ結論は出ていません。ヘンドラウイルス感染症はオーストラリアでしか確認されておらず、感染したウマからヒトへの感染例は3例(6名)で、ヒトからヒトへの感染は確認されていません。

コウモリが運ぶ感染症

コウモリを自然宿主とする病原体といえば、新型コロナウイルスが知られたところです。SARS(重症急性呼吸器症候群)およびMERS(中東呼吸器症候群)の原因ウイルスは、キクガシラコウモリを自然宿主としていることが分かっています。この他にも、狂犬病ウイルスを代表とするリッサウイルス属、1類感染症に分類しているラッサウイルス、エボラウイルス、マールブルグウイルスなども、コウモリが自然宿主であると考えられています。

コウモリは羽を使って空を飛びますが、私たちと同じ哺乳類です。微生物のような高分子の異物に対しては、私たちと同じように免疫を働かせて抗体を作って対抗します。ところが、コウモリの免疫記憶は私たちよりも弱く、さまざまな病原体に感染しやすいだけでなく同じ病原体に何度も感染することが報告されています。また、コウモリの密集生活は流行を引き起こしやすく、冬眠によって病原体も越冬するなど、彼らの生活スタイルが病原体を保持しやすいものとなっています。

免疫記憶の弱いコウモリですが、飛行時の代謝で体温が40℃近くになるために病原体の活動が抑えられます。また、コウモリは進化の過程で炎症反応を抑える特殊な免疫系を獲得しており、発症せずに病原体を保持する(保菌者、キャリアー、レゼルボア)能力に長けています。空を飛び、冬眠もして寿命も長いコウモリは、病原体にとって都合の良い宿主といえます。

コウモリと新興感染症

前述のようにコウモリはさまざまな病原体を保持している可能性が高い動物です。しかし、私たちは日常生活の中でコウモリと触れ合うことはほとんどありません。夏に野球場などの電灯に集まる虫を捕食しに飛んでくる姿を見るくらいでしょうか。そんなコウモリの持つ病原体が、家畜や私たちを襲うようになったのには理由があります。日本は人口減少に転じていますが、世界的にはいまだに爆発的に人口増加の真っただ中です。人口が増えると、住む土地を開拓し、食料を得るために開墾します。これまで私たちが踏み込むことのなかった領域へ入ったことで、他の生物との接触も増え、結果として新たな感染症を生み出しているのです。ニパウイルスや新型コロナウイルスの出現は、人間活動に対するコウモリからの警告なのかもしれません。

日本では近年、クマ、イノシシ、シカ、サルといった野生動物の都市部への進行が問題視されていますが、直接的な被害だけでなく、感染症の危険性にも注意をしましょう。

 

(注1)厚生労働省検疫所ホームページ「インドの一部地域でニパウイルス感染症が発生しています」:https://www.forth.go.jp/news/20260130_00001.html

(注2)厚生労働省プレスリリース「ニパウイルス感染症のリスク評価等について」:https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001652057.pdf

 

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