2018

05/01

~医師不足や高齢化の波の中で試行錯誤の日々~

  • 僻地・離島医療

  • 熊本県

熊本県の南西部に位置する天草諸島。その玄関口となっているのが上天草市だ。人口約2万8000人。他の地域と同様、高齢化が進むこの地の医療を支えているのが、1964年に開設した上天草市立上天草総合病院である。全国の医療機関が抱える共通の課題として、この病院でも医師不足が表面化している。熊本市内まで車で2時間と、交通の便にやや難があるこの地域で、年々高齢化する住民たちのニーズにいかに応えていくか。同病院院長の蓮尾友伸氏に話を伺った。

ドクターズプラザ2018年5月号掲載

僻地・離島医療(11)熊本県・上天草市立上天草総合病院

「人の役に立てることが実感できる地域医療の現場」

 

深刻化する医師不足の中で、常に患者さんを最優先に考える

―上天草病院の概要について教えてください。

蓮尾 当病院は熊本市内から車で2時間ほどの、上天草市の南端にある龍ケ岳町にあります。1964年7月に、まだ天草五橋が開通すらしていない離島に、町立上天草総合病院として開設されました。以来、地域の医療、保健、福祉が連携する地域包括医療・ケア体制の中心的役割を担ってきました。2004年の町村合併を機に上天草市立上天草総合病院へと名称を変更。1996年に熊本県の災害拠点病院、さらに2015年には地域にある二つの診療所に関わるへき地医療拠点病院にも指定されています。2016年の熊本地震の際には、DMAT(災害派遣医療チーム)やJMAT(日本医師会災害医療チーム)を派遣した実績もあります。

そもそも上天草は災害に対する意識が高い地域なのです。1972年7月にこの地域を豪雨が襲い、100人を超える死者が出ました。山津波が発生して病院の1階が土砂で埋まるなど、甚大な被害を受けました。以来、毎年7月6日は災害記念日として、被害を語り継いでいるのです。

―病院の規模としては。

蓮尾 病床数は一般92床、地域包括ケア57床、療養46床で計195床。1日の延べ外来数は約500人となっています。ヘリポートも備えており、現在のドクターヘリのはしりである防災ヘリコプター「ひばり」による、県内の搬送第1号も当院から飛び立ちました。

―ヘリポートの使用頻度は。

蓮尾 年間12回程度。症例としては不整脈や心筋梗塞、大動脈解離といった循環器系の疾患が多いですね。搬送先は熊本市内にある国立熊本病院や熊本赤十字病院などです。

―病院の診療科目は。

蓮尾 ホームページ上では23科となっていますが、実際には医師不足によって診療ができない科も出てきています。現在は定員20人に対して、常勤医は12人しかおらず、熊本市内にある熊本大学医学部付属病院から派遣される非常勤医の応援で何とか賄っているのが現状です。

―多くのへき地医療施設と同様に、人材不足の問題を抱えているのですね。

蓮尾 不足しているだけでなく、医師の高齢化も進んでいます。医師年齡の中央値は56才ですので病院を利用する地域住民以上に高齢化問題が進んでいます。医師が高齢化すると、新しい医療技術や設備の導入もなかなか進みません。住民が先進医療を受けたい場合は、100㎞先の熊本市内の病院まで行かなければいけないのです。また、医療というのは、複数の科の専門医が共同で診るケースが少なくありません。例えば乳がんの治療で、乳房温存手術を行おうとすれば外科だけでなく病理医と放射線治療医が必要です。ところが当病院には外科はあっても放射線科はないので、乳房温存を希望する乳がんの患者さんは別の病院に行かなければいけません。

病気以外でも、出産を扱うのであれば、産婦人科医のほかに小児科医が必要ですし、助産師さんなどの体制も整えなければいけません。循環器科や代謝内科などは、一般の内科医でもある程度は診ることができますが、出産や新生児は専門医でなければ診られません。近年は里帰り出産が増えていて、一昨年までは当病院でも年に30件近くの出産を扱っていました。ところが小児科の先生が高齢で退職したため、ここ1年は、出産は扱っていません。妊婦さんは天草市など隣接した市の病院まで行かなければならない状態でした。

この4月からはようやく、横浜の病院を定年退職された小児科医に赴任して頂くことになりました。「これからは地域医療に貢献したい」という意欲満々の先生で、それに伴って産婦人科も再開することができました。ただ、その小児科の先生も今年65歳と高齢なので、果たしていつまでこの体制を続けられるかは分かりません。年間100件の出産を扱っても、10件しか出産がなくても、同じ受け入れ体制を維持していかなければいけないのが医療です。いったいどこまでやる必要があるのか。コスト面も含め、非常に難しい問題です。

―診療科目の減少で不便な面があるとはいえ、やはり地域住民にとっては必要不可欠な病院です。

蓮尾 地域の高齢者の中には片道2時間もかけて熊本市内の病院に通う時間もかけて熊本市内の病院に通うことができない人もいます。地域と密着しているから、医師と患者さんの距離が近いからできることもある。それが地域包括ケアということなのではないでしょうか。先進医療はできなくても、一定以上の医療レベルを維持しながら、満足して頂ける医療サービスを提供していきたいと考えています。

地域で進行する少子高齢化。今後の観光業盛り上がりに期待

―看護師の人材確保についてはいかがですか。

蓮尾 当病院は附属施設として上天草看護専門学校を運営しており、毎年40人前後の卒業生を輩出しています。その中から当病院が奨学金を貸与している生徒3〜4人と数名の社会人枠の生徒、それ以外の経験者採用も含めて、毎年6〜8人程度は新人として採用しています。とはいえ、同じくらいの数の看護師が定年退職などの理由で毎年辞めています。年度中途の退職者や出産、妊娠などによる欠員の補充には学校は無力なので苦労しています。

―労働人口の減少もまた、離島やへき地が抱える共通の問題ですね。

蓮尾 上天草市は人口約2万8000人で、他の地域と同様に住民の高齢化が進んでおり、そうした高齢者を支えるべき病院の看護師、看護助手、清掃や事務のスタッフも確保が難しくなりつつあります。病院食を担当する調理師なども、募集してもなかなか集まりません。当院の看護学校のほかに、市内には高等学校が一つありますが、その卒業生の多くは熊本市内で進学や就職をします。若者が従事できる産業が地域に少ないことが、一番大きな要因でしょう。

―現在の上天草市の基幹産業は。

蓮尾 最も盛んなのは観光業です。八代湾に浮かぶ大小さまざまな島は「天草松島」と呼ばれる絶景で、それらの島を五つの橋がつなぐ「天草五橋」と「天草パールライン」はドライブ観光スポットとしても知られています。ただ九州本土からは主に車で渡るしかなく、交通の便がいいとは言えません。上天草市と八代湾を隔てた九州本土にある八代市には、中国などからの客船が数多く就航し、外国人観光客で賑わっていますが、八代から上天草まで渡ってくる観光客はまだまだ少なく、インバウンド景気の恩恵を受けるまでには至っていません。将来的に八代市と上天草市を架橋しようという計画もあり、もし実現すればもっと観光客が増えるのでしょうけれど、実現しても10年20年先のことでその頃には人口よりもイノシシの数の方が上回っていると思います(笑)。

―観光業以外の産業としては。

蓮尾 海に隣接しているので漁業は盛んです。潮の流れが緩慢なため多くの海産物が集まり、特に車海老は日本有数の生産量を誇ります。一方、平地が少ないことから農業はあまり発展していません。デコポンをはじめとする柑橘類や根菜類は採れますが、現代の若者が夢を託せるような大規模な農業は期待できません。

地域で求められる受け皿。在宅医療にも課題は多い

―上天草市の交通機関はどの程度整備されていますか。

蓮尾 公共の交通機関は路線バスしかありませんが、そもそも本数が少ない。朝と夕方以外はほとんどありません。本数を増やせば利用者も増えるのでは? と考えましたが結局は各バス停から自宅まで歩かなくてはなりません。結局、この地域では高齢者でも車を運転することになります。85歳のおじいちゃんが車で白内障の診察にくることもありますよ(笑)。

―気候的な特徴は。

蓮尾 九州以外の人からは温暖な気候というイメージがあるかもしれませんが、実際は冬場には雪が降ることもあります。同じ市内でも、龍ケ岳や念珠岳といった山の尾根によって気候が分断されやすく、山の向こうでは雨が降っているのにこちらは晴れているというケースも珍しくありません。

―地域特有の疾病などはありますか。

蓮尾 熊本県内は結構イノシシが出没するのですが、そのイノシシに寄生するマダニが媒介する日本紅斑熱に感染する事例が、年間20件くらいあります。実は当病院の内科医が日本紅斑熱の権威になっており、感染症ガイドラインを作成する委員にもなっているんですよ。感染すると発熱や発疹などを伴い、治療が遅れると重症化して死に至ることもあります。それ以外の疾病としては、高齢者が多いので循環器疾患、糖尿病などの生活習慣病、眼科の領域である白内障、さらには高齢者の骨折などが多いですね。当病院には整形外科医が一人いるのですが、すでに60歳を過ぎているので、夜間は呼び出さないことにしています。ですから夜間のけが人や、交通事故などで重傷の患者さんなどは、他の病院に搬送してもらうことが多いですね。その都度、救急隊員と相談しながら搬送先を決めています。

また、高齢者の骨折ではそのまま長期入院になってしまうケースが多く、病床が埋まった状態になってしまうことも少なくありません。骨折に限らず、当病院の入院患者がある程度回復したときに、次の受け皿となる後方施設が足りていないのも問題です。付近には民間の病院が全くなく、有床診療所も距離が離れており、数も限られます。

―そうなると、やはり在宅医療が中心となってくるわけですね。

蓮尾 今は頑張って、在宅復帰率が9割近くになっていますが、これもいつまで続けられるかは分かりません。市内の全世帯のうち、約2割が1人暮らし、高齢者のみの夫婦世帯も約3割に上ります。周囲に若い人がいない、高齢者しかいない自宅に帰すというのも難しい。今後、大きな課題になってくることでしょう。

がん告知をしなかった後悔。「人の役に立ちたい」と地域医療の道へ

―先生はどちらのご出身ですか。

蓮尾 熊本県ですが、上天草より北側の、福岡県境に近い荒尾市というところで育ちました。高校時代は数学や物理が好きでしたが、特に医師になりたかったわけではありませんでした。ただ、ネクタイをしめなければいけない職業には就きたくなかった。私の父が高校教師で、毎日ネクタイをしめて出勤し、夜遅くまで働いていたことも影響していたのでしょう。子供のころ近所に、メリヤスのシャツを着て、朝から車の洗車をしている近所の町医者を見かけていたので、漠然と「ああいう職業もあるのか」とは思っていました。もちろん今はそんなラフな格好をした医師は少ないでしょうが。

大学進学の際に親から「家から通える範囲の大学にしてほしい」と言われ、地元の熊本大学を受験することになり、進路面談の際に担任の先生から「熊本大学を希望するなら医学部を受験しなさい」と言われて、そのとおりに受験をしました。本当は天文学者になりたかったのですが……。

―医師として長年働いてきて、印象深いエピソードはありますか。

蓮尾 そうですね。約35年位前の研修医時代、30代女性のスキルス胃がんの患者を担当したことがありました。当時はまだ、がん告知はしないことが当たり前の時代だったので、本人には「潰瘍ですよ」と伝えていたのです。ところが日に日に体が弱っていって、本人も悟ったのでしょう。亡くなる直前に虫の息で「嘘つき」と言われました。3歳くらいのお子さんがいる女性だったので、余命わずかだと分かっていれば、最期の時間を子供や家族のために費やすこともできたはずです。その貴重な時間を私が奪ってしまったのではないかと、今でも後悔が残ります。

―上天草総合病院に来たきっかけは。

蓮尾 そもそも20年前に副院長として上天草病院に赴任し、5年間勤務しました。その後諸般の事情で別の病院に異動したのですが、地域の住民からの要請も伝え聞き「人の役に立てていることが実感できるのは、こういった地域医療の現場だな」と考え、今から6年前に戻ってきました。

患者との1対1の関係が地域医療の良さ。

―地域医療の現場で働いて、どんなときにやりがいを感じますか。

蓮尾 都市部の大きい病院の患者さんは「○○病院で手術を受けた」となるのに対し、地方の小さな病院では「○○先生の手術を受けた」という感じになります。医師と患者さんが1対1の関係になるわけです。都市部の大病院は、良くも悪くも“流れ作業”的な一面があります。だから医師と患者さんが、街中でばったり会っても、挨拶することはあまりないでしょう。でも地方の病院
では、お互いに顔が分かっているから挨拶も交わすし、立ち話だってすることもあります。もちろん、そうした関係を快く思うかどうかは個人差があるでしょうが、私はそこに大きなやりがいを感じています。

―そうした地域医療の魅力を広めれば、医師不足も解消されるのではないですか。

蓮尾 確かにそうですね。ただ、都市部の病院の方が、いろいろな情報や最先端技術が集まりやすいのも事実です。しかもそうした技術は日進月歩で進化しています。30〜40代の働き盛りの医師は、学習意欲も旺盛ですから、そうした環境の方がやりがいを感じるのかもしれません。年を取ってからではできないことを、若いうちにやっておきたいという気持ちはとてもよく分かります。そうやって若い頃に都市部の大病院でさまざまな経験を積んだ医師が、50〜60代になって「地方に貢献したい」と考えて、地域医療に従事するようになる。実際、最近当病院に来た医師も、53歳、57歳、65歳と皆さん50歳を超えています。もちろん、赴任理由は個人個人で異なるでしょうが、医療界の中にそうした大きな流れがあるのではないかと私は考えています。

―新任医師の方々はご家族と一緒に?

蓮尾 いえ、皆さん単身赴任です。生活するための環境が整っていないことも、若い人が来ない要因かもしれませんね。病院の周りにはスーパーも飲食店もない。釣りが好きな人なら自給自足できるかもしれませんが(笑)。実際、病院に勤務している医師や看護師、スタッフのうち、病院の至近に住んでいる人は360人中40%ほどしかいません。市内でも北側の栄えた地域から通勤している人もいます。その地域であれば、スーパーや飲食店、さらには温泉などもありますから、生活には困りません。将来的には、そこに医師や看護師が暮らせる居住施設ができれば、若い人材も多く集まるかもしれませんね。

―今後の方針としては。

蓮尾 在宅医療を推進する国の方針に従い、当病院でも訪問診療や訪問リハビリなどに力を入れていければと考えています。そこでポイントとなるのが、時間とコストです。例えば1日に2人しか診ることができないようでは、システムとしては効率が悪い。インターネットなどを活用した外部の診療所や他職種と連携したシステムを、現在考案中です。訪問診療やリハビリの場合、行うのは昼間の時間にある程度限定されるので、うまくシステムを確立できれば、看護師などの人材も集まってくるかもしれないと期待をかけています。

外観(写真提供;上天草市立上天草総合病院)

 

●名   称/上天草市立上天草総合病院
●所 在 地/〒866-0202 熊本県上天草市龍ケ岳町高戸1419-19
●施   設/地上6階建て
●延床面積/11,805㎡
●診療科目/内科、精神科、代謝内科、呼吸器内科、消化器内科、循環器内科、アレルギー科、小児科、外科、整形外科、泌尿器科、肛門外科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科、放射線科、麻酔科、歯科、歯科口腔外科、消化器外科、皮膚科、神経内科
●病 床 数/195床(一般92床、地域包括ケア57床、療養46床)
●開設年月日/1964年7月
●職 員 数/360人

 

フォントサイズ-+=