2015

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顧みられない熱帯病

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師

ドクターズプラザ2015年11月号掲載

微生物・感染症講座(49)

イベルメクチン発見の功績

はじめに

今年のノーベル生理学賞は、微生物が作る高機能性化合物を多数発見して医薬品の開発につなげられた、北里大学名誉教授の大村智先生らが受賞されました。特に、放線菌の一種が作るエバーメクチンを改良して効果を高めたイベルメクチンは、中南米やアフリカなどの熱帯地方で風土病とされているオンコセルカ症(河川盲目症)やリンパ系フィラリア(象皮病)の特効薬として、多くのヒトや家畜の命を救ってきました。これらは日本では聞きなれない寄生虫症ですが、国際化の進む現代にあっては、日本人であっても決して他人事ではありません。この機会に、熱帯病であるオンコセルカ症について学んでおきましょう。

先進国での感染例が少なく、世界的に関心の薄い熱帯病

昨夏、日本はデング熱の話題に振り回され、本誌でも注意啓発(vol.122)から振り返りまで(vol.126)取り上げてきました。また、狂犬病に対する注意喚起、南米から輸入されたと考えられるシャーガス病など(vol.115)、日本では馴染みの無い感染症のお話も取り上げてきました。これらは、主に熱帯地域を中心に蔓延している感染症で、「熱帯病」と呼ばれます。熱帯病は、ただでさえ発生しないと意識の向かない感染症の中でも先進国での症例が少ないため、さらに関心の薄い感染症と言えます。世界的に関心度が高く、2002年に世界基金が設立され感染対策や治療などの対策が講じられてきた三大感染症(エイズ、マラリア、結核)に対して、熱帯病は「顧みられない熱帯病」(NTDs:Neglected Tropical Diseases)と呼ばれてきました。しかし、熱帯地域においては貧困層を中心に多数の患者を出しており、年間でおよそ10億人の感染者と50万人の死亡者がいると推察されています。熱帯病の対策については、2008年の洞爺湖サミットで提唱されましたが、早急な対策が期待されたものの一部を除いて進展はみられず、対策の持続性を含めて課題が山積みの状況にあります。オンコセルカ症やリンパ系フィラリア症もこの熱帯病の一つです。熱帯病の原因となる微生物は様々ですが、オンコセルカ症の原因微生物は回旋糸状虫、リンパ系フィラリア症の原因はバンクロフト糸状虫やマレー糸状虫などで、いずれも線虫類(蠕虫・寄生虫)です。

微生物を以て微生物を制する!?

オンコセルカ症の症状は主にミクロフィラリアが体内で死ぬ時に表れ、皮膚では痒みや発疹、眼では炎症により視力低下、さらには失明に至る場合があります。開発途上国では今でも失明の主原因としてオンコセルカ症があり、世界中では年間に約1800万人が罹患し、そのうち約27万人が失明、約50万人が視覚障害を起こすと統計上はみられています。オンコセルカ症はブユ(黒バエ)のメスが、水辺で繁殖活動をする際に媒介します。ブユは、オンコセルカ症感染者を刺すことで、ミクロフィラリアと呼ばれる前期幼虫に感染します。前期幼虫はブユの体内で幼虫となり、このブユに刺されると幼虫が皮膚から侵入します。侵入した幼虫は瘤を作り、1年〜1年半で成虫となります。メスの成虫は、十数年に渡ってこの瘤の中で生存し、オスを待って生殖します。産卵によって1日に1000匹以上のミクロフィラリアが体内に放出されることとなり、皮膚や眼の組織に移行して症状を表します。通常はこのように感染者の体内で生殖することで発症するため、感染地域を一度訪問した程度での発症は希ですが、感染地域の河川などの水辺に長時間滞在せず、ブユに刺されないことが一番の予防です。また、現在では流行地域で労働しなければならないなど、感染の可能性が高い場合には、イベルメクチンを年2回投与することで発症予防が可能となりました。

イベルメクチンは、冒頭に紹介した大村先生らが静岡県伊東市川奈の土壌から単離した放線菌(Nematospiroidesdubius)の産生するエバーメクチンと呼ばれる化合物から作られた抗生物質です。研究の結果、寄生虫症の中でも線虫のミクロフィラリアの除虫に効果的なことが分かりました(注)。微生物の産生物を使って微生物を退治する抗生物質は、我々にとって恐怖でしかなかった多くの感染症に立ち向かう勇気を与えてくれました。また、イベルメクチンはオンコセルカ症やリンパ系フィラリア症だけに効果的なわけではなく、日本でもかつて流行した腸管糞線虫症や、ヒゼンダニが引き起こす疥癬の治療薬として保険適用がなされています。また、犬のフィラリア症の予防薬としても汎用されており、愛犬家にとってはノーベル賞を身近なところで感じられたことでしょう。
(注)イベルメクチンは、無脊椎動物の神経細胞に存在するGlu作動性Cl-chに特異的に結合することで、細胞内への塩素イオン流入を促し、神経細胞の過分極を引き起こすことで寄生虫が麻痺して死滅します。線虫のミクロフィラリアには有効ですが、成虫には効果が無いため、長期間の発症予防投与による治療が行われています。

 

 

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