2022

08/03

親の介護とともに考えたい! 親が望む「人生の終わり方」とは?

  • 介護

川内 潤
NPO法人となりのかいご代表理事

隣(となり)の介護(20)

最期を選択するということ

死を迎えるのは自分自身であって、家族でも親戚でも友人でもありません。家族に看取られるだけが「人生の終わり方」の選択肢ではありません。たとえ一人であっても、本人が望んだ最期なら、「終わり良ければ全て良し」ではないでしょうか。

そうは言っても、家族として、親の最期はそばで看取りたいと思うかもしれません。しかし、「何かあったときのために」と同居でお互いがストレスを抱えるくらいなら適度な距離を保ち、良い関係を維持するほうが幸せなのではないでしょうか。

本当に“孤独死”は寂しい?

“孤独死”が寂しいものだと決めつけているのは家族や周囲の人です。「最期くらい自由でいたい」「家族の世話にはなりたくない」などの思いをもって、自ら一人でいる最期を選択する人もいるのです。

大切なのは、なぜその選択をしたかです。本人が望み、好きな形で最期を迎えたのなら、孤独死は決して不幸なことではありません。

一人気ままに……を選択した親に家族ができること

一人気ままに最期を迎えたいと願う親に家族ができることは、説得や考えを改めさせることではありません。その選択をした理由やそこに至ったプロセスなど、想いを聞くことで、お互いの生活を尊重し合うことができます。本人の意向を尊重することも家族だからこそできるサポートの1つです。

「介護が必要になったら?」「病気やケガをしたら?」と、家族が決断を迫られることもあるでしょう。事前にこと細かに決めようとすると、それが負担になってしまいます。「どんなサポートを望むのか」「どこで過ごしたいのか」といった基本的な枠組みを家族で共有できていれば、いざというときはそれに適したサポートや対応を考えることができます。

家族の延命治療を話し合う適切なタイミングとは?

一方で、親が自身の最期にしっかりとしたビジョンがあり、それを家族と共有できているケースはまだまだ少数派です。そのため介護相談では、「いざという時のために、親と延命治療について話し合いたいのですが、どんなタイミングが良いのでしょうか」「親の気持ちを考えて、延命は避けた方が良いのでしょうか」という質問をいただくことが多々あります。そこで、延命治療に関わる相談事例から“話し合う適切なタイミング”についても話しさせていただきます。

父が脳出血で救急搬送

Aさんの父は、70代半ばで仕事を退職し、趣味のゴルフや映画鑑賞など、セカンドライフを楽しんでいました。そんなある日、自宅で脳出血を起こし救急搬送されました。一命をとりとめるも、医師からは「非常に厳しい状況ですので、延命治療について、ご家族で話し合って決めてください」と言われてしまいました。

本人と家族の想いを分けて考える

親と「人生の終わり方」について話したことがないと、こういった場面で家族は非常に動揺します。なかなか答えの出せないAさんから相談を受けた私は、Aさんの感情を受け止めつつ、次のような質問をしました。

「お父さまはどんな方ですか」

「印象に残る思い出はありますか」

父ついて語るAさんは、とてもいい表情をして父との思い出などを語ってくれました。私は「そのようなお父さまだったら、どんな判断をするか、考えることが大切ですよね」と、ご家族の想いと分けて考えるように、促していきました。

その後、Aさんは母とともに、父の想いを想像しながら「家族思いの父なら私たちに負担を掛けるような、延命は望まないだろう」という決断を導き出していました。

延命治療の可否は想いを実現するツールの1つ

本人の望む延命治療を考える機会づくりとして、最近では「ACP:アドバンス・ケア・プランニング」や「人生会議」という言葉のもと、国も普及啓発活動(外部リンク)をしています。ただ、親を前にどうやって切り出したらいいのか、みなさん悩まれています。そんなときは、次のような互いの生活に対する想いを意見交換することから始めてみてはいかがでしょうか。

「自分はここから10年は〇〇を大切に生活していきたいと思っているけど、父さんはどう思っている?」

さらに話を深めていくツールの一つとして、延命治療の話題にも触れていくのです。このプロセスの途中で急展開があっても、Aさんのように父の想いを大切にした意思決定をすることもできます。大切なのは延命治療の可否でなく、親の生活に対する想いを知ることです。どうか焦らず対話を繰り返してください。

まずは、親が元気なうちに自分の将来の話とともに、親子で「人生の終わり方」について考えてみませんか。

フォントサイズ-+=