2021

04/30

病院建築 家族とのスペース

  • 病院建築

  • null

服部 敬人
株式会社伊藤喜三郎建築研究所
設計本部 プリンシパルアーキテクト
一級建築士 認定登録医業経営コンサルタント

ドクターズプラザ2021年5月号掲載

病院建築(10)

変わりつつある院内の風景

病院の待合室で通院友達のお年寄りが話をしています。「○○さんは、今日は姿が見えないね」「先週は元気だったのに体の具合でも悪いのかね」。本来、病院は具合が悪くて診てもらうところですが、お年寄りにとっては語らいの場、交流の場でもあるのでしょう。笑い話のような、本当の話として、聞いたこともあるのではないでしょうか。近年は、通所介護系のサービスが充実してきたこともあり、このような光景は少なくなってきました。加えてコロナ禍です。誰もが病院に足を運ぶことに抵抗感を持ち、かつて、にぎわっていた病院待合室も、人はできるだけ接触、会話を避けるように行動しています。このままですと、病院から笑顔の語らいが姿を消してしまうのではないかと心配です。

人が集まるからこその建築?

病院の役割は、診断、治療、予防です。大学病院あるいは基幹病院では、これに研究機能が加わります。それでは、「交流」や「情報交換」の機能は、どうでしょうか。病院に限らず、建物の設計では、必ずと言ってよいほど、人が交わる接点、つまり交流をどのように考えるかが問われます。施設の持つ機能とは別に、語らいや触れあいは、人が集まる建物であれば、必然であり、外すことのできない機能になります。設計の十分条件ではなく、必要条件として、「交流」という言葉を使うことが、恥ずかしいくらいに当たり前のテーマなのです。これが、コロナ禍で揺らいでいます。もう一度、医療や福祉、そして建築設計の原点に立ち戻り、検証してみなさいと問われているのです。

注目すべきは、家族の空間

今後しばらく、待合室やデイルームでの語らいのある風景は見られなくなるのでしょうか。ただでさえ、AIやIoT、ロボット活用の分野では、人の手を煩わすことのない医療が増えています。あまりにも当たり前の能書きをお許しいただくのであれば、「人体を診る医療と同時に、人間を診る医療ではコミュニケーションは不可欠」であります。しかしながら、コロナ禍の今、社会集団を通じての職場や学校、サークルでの活動には抑制がかかっています。さりとて、全てが個人活動に帰結するようでは、あまりにも寂しい社会になってしまいます。そこで注目すべきは、組織の最小単位であり、最も結び付きの強い存在としての、「家族」の行動であり、「家族」の多様化ではないかと思い描いております。それでは、病院には家族のスペースはあるのでしょうか。

家族の付き添いは心強い

外来受診時には高齢者ではなくとも家族の付き添いは心強いものです。送迎、介助、病状説明、付き添いもさまざまです。付き添いが二人の場合もあるでしょう。外来諸室では、一回り大きなスペースを提案することです。例えば、診察室の間取りは二人の付添者と車椅子の患者を想定して、最低でも3mの間口、できればそれ以上のスペースが理想になるでしょう。小部屋でよいとされた地域連携の相談室は、感染防止の観点からも診察室程度のスペースが理想です。待合室の椅子も連続して設けず、車椅子のスペースで分割できるようにしたいものです。

病棟に目を向けると、小児科や産婦人科では、「ファミリールーム」を設ける例が見られます。高齢者や障害者の福祉施設でも同様で、雰囲気を変えた特別な部屋、あるいは看取り時に家族と過ごしていただく部屋として、実際に設計する機会が増えています。感染管理やセキュリティーを十分検討して、他の病棟や多くの施設でも「ファミリールーム」を設けることはできないものかと感じています。

家族の多様化に向けて

介護現場でも、行政主導ではありますが、新しい動きがあります。2018年、地域包括ケアシステムの強化のため新たな介護保険施設「介護医療院」が創設されました。2023年度をもって廃止予定の介護療養病床の受け皿として、「日常的な医学管理」や「看取り・ターミナル」などの機能と、「生活施設」としての機能とを兼ね備えた施設であり、家族の多様化に対応したワンストップの施設が狙いです。また、高齢者と障害児者が同一事業所でサービスを受けやすくするために「共用型サービス」が可能になりました。こちらも、家族の多様化が進行するなか、誰もが安心して住み慣れた地域で生活していける地域社会づくりの方策です。

昨年来、在宅という言葉をよく耳にします。在宅医療、在宅勤務、欧米では在宅教育も珍しくありません。病院、会社、学校と既成概念の上に成り立つ建築のプロトタイプが、今、少しずつ形を変えつつあります。集団、みんなで頑張ろうとした昭和、個人が集まることで楽しもうとした平成、そして家族の可能性を見いだそうという令和、こんな抽象的な言葉で締めくくってもよいものかと思いつつ、医療福祉の現場にあっては、家族の行動を支援するスペースが一つのキーワードになるような予感を持っております。引き続き、コロナ禍です。皆さん、家族で過ごす時間は増えましたか?

フォントサイズ-+=