2021

09/01

注意すべき感染症は、コロナだけではない⁉

  • 特別寄稿

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内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 准教授

ドクターズプラザ2021年9月号掲載

特別寄稿(3)「2021年上半期の感染症動向から見た今後注意すべき感染症」

はじめに

新型コロナウイルスによるパンデミックが続いていますが、私たちが気を付けなければならない感染症はそれだけではありません。現在行われている、マスク、手洗い、うがい、環境消毒などは、インフルエンザをはじめとする多くの感染症の予防にもなっています。しかし私たちは、呼吸だけでなく食事をしなければ生きていけませんし、そのためにはさまざまなものに触れなければ生活ができません。水や食べ物を介した食中毒、ヒトや動物との接触でうつる性感染症や人獣共通感染症など、病原体はあの手この手で私たちを狙っているのです。また、呼吸器感染症であっても、完全に流行を防ぐことができていない場合があります。春先から報道でも大きく取り上げられている、RSウイルス感染症がその代表でしょう。新型コロナウイルスの拡大は世界的脅威ですが、その陰に隠れて私たちに忍び寄る感染症を、感染症動向調査のデータから見てみましょう。

RSウイルス感染症の流行

RSウイルスは、呼吸器(respiratorytract)感染症患者から分離されたウイルスで、感染した細胞同士がくっついて合胞体(syncytium)を形成するという特徴からその名が付けられました。RSウイルスは世界中で報告されている呼吸器感染症で、ヒトにのみ感染するウイルスです。咳やくしゃみによる飛沫感染、あるいは鼻汁や喀痰などに含まれるウイルスが手指や器物を介して感染することが分かっています。感染してから発症するまでの潜伏期間はおよそ2〜8日です。症状は、発熱や鼻水などの感冒症状が数日続き、2〜3割が肺炎へと移行します。生後2歳までにはほとんどのヒトが初期感染しますが、終生免疫は獲得できないので生涯にわたって感染を繰り返します。とはいえ、再感染時には多少の記憶免疫が働くため、成人では軽症例がほとんどです。RSウイルスは家庭内での感染事例が多い感染症として知られているので、乳幼児や高齢者への感染を起こさぬよう、家族一人一人の注意が必要です。

RSウイルスは一年を通じて感染報告される呼吸器感染症で、以前は秋から冬にかけて乳幼児での流行ピークが見られる呼吸器感染症でした。しかし、2011年は夏に感染ピークが、2017年以降は夏から初秋にかけての感染が主となっています。厚生労働省/国立感染症研究所から出される感染症発生動向調査・感染症週報を基に、2018年以降のRSウイルスの感染報告数をグラフ1に示しました。2018年と2019年では、7〜9月にかけて感染拡大していることが分かります。2020年は、緊急事態宣言や予防対策の効果によるものなのか、大きな流行は見られません。ところが、2021年は年頭から徐々に感染者が増え、春先から爆発的に増加しています。6月をピークに終息へ向かうことを祈りつつ、予防対策強化に努めましょう。この例年と異なるRSウイルスの発生動向は、世界保健機構、米国疾病予防管理センターによって、日本だけでなくアメリカ、エクアドル、アルゼンチン、パラグアイ、ボリビア、フランスなどでも観測されています。そう、世界的な緊急事態はコロナウイルスに限ったことではないのです。

出典:国立感染症研究所「感染症発生動向調査/ 感染症週報」(厚生労働省)を基に作成 ※縦軸は「感染報告者数」

コロナ対策でも防げない呼吸器感染症

インフルエンザ、マイコプラズマ、おたふく風邪やリンゴ病といった呼吸器感染症は、新型コロナウイルスの感染予防対策が功を奏してか流行が抑えられています。しかし、世界的に異例の感染拡大をしているRSウイルスだけでなく、国内では新型コロナウイルスの感染予防対策を意に介さない呼吸器感染症が発生しています。表1に、感染症週報のデータの中で気になった感染症をまとめてみました。呼吸器感染症として、結核、レジオネラ症、劇症型溶血性連鎖球菌感染症と、比較として顕著に抑えられている侵襲性肺炎球菌感染症および百日咳の報告感染者数を示しました。

結核は、結核菌が原因となる呼吸器感染症で、くしゃみや咳によって飛沫感染するだけでなく、飛沫が乾燥した後の飛沫核によって空気感染することが知られています。飛沫感染予防を主とする新型コロナウイルスの対策では防ぎきれないためなのか、多くの感染者が報告されています。戦前の日本では死因の第1位だった結核ですが、ワクチンや抗生物質といった対策を講じても撲滅されることはなく、今なお感染者の1〜2%の命を奪っています。超高齢化社会の進む日本においては今後も感染増大が懸念される警戒すべき感染症の一つです。

土壌や河川などの環境中に生息するレジオネラ菌を、ミスト(霧)や土粉として吸い込むことで感染する場合があり、免疫が低下している時に感染すると肺炎を起こすことが知られています。レジオネラ菌は、塩素消毒によって抵抗性を獲得することがあり、循環式浴槽、ビルの冷却塔、景観水、加湿器などの人工的な水循環施設を原因とした感染が報告されることがあります。主な感染経路はミストによる飛沫感染なので、新型コロナウイルスの感染予防対策で防げそうではありますが、ヒトからヒトへと飛沫によって直接感染することはなく、マスクを外す機会のある生活環境からの感染に注意が必要です。

一般に溶連菌と呼ばれる溶血性連鎖球菌症は、咽頭炎、扁桃炎、猩紅熱などを引き起こす感染症です。溶血因子によって群別されていますが、日本では9割以上の感染例でA群ベータ溶血性連鎖球菌を原因としています。溶連菌感染は主に飛沫感染であるため、新型コロナウイルスの感染予防対策によって感染者数は抑えられていますが、表に示した劇症型溶血性連鎖球菌症の報告数に大きな変動はありません。通常、溶連菌は感染後に咽頭や皮膚表面で増殖しますが、まれに筋肉、血液、肺などに侵入することで急激に症状が進行する重篤疾患となることがあり、これを劇症型と呼んでいます。溶連菌の感染経路は呼吸器だけでなく、皮膚表面の傷から創傷感染することが知られており、溶連菌感染者が減少しているにもかかわらず劇症型が減っていない理由の一つと考えられます。傷口を清潔に保ち、腫脹や痛みなど少しでも違和感のある場合は、医療機関を受診しましょう。

食中毒対策の基本は「付けない」「増やさない」「除く」

食中毒には自然毒や化学物質を原因とする場合もありますが、事件の9割以上は微生物を原因としています。表1の食中毒の欄には、腸管出血性大腸菌、E型肝炎、A型肝炎、アメーバ赤痢を挙げましたが、カンピロバクター、ウエルシュ菌、アニサキスなどの食中毒も数多く報告されています。また、畜肉の生食に起因するリステリア菌の食中毒事例も、年々増加しています。食中毒予防の三原則は、病原体を「付けない」「増やさない」「除く」ですが、病原体によっては低温でも増殖したり、加熱調理では死滅させることができない場合があり、食材や料理ごとに適切な対策を講じる必要があります。

O157に代表される腸管出血性大腸菌は、ベロ毒素産生細菌です。ベロ毒素は、アフリカミドリザル由来の培養細胞(ベロ細胞)に対して致死的に作用する毒素です。腸管出血性大腸菌は酸に対して強い抵抗性を持っており、胃酸の中でも生残して腸管に感染します。少ない菌量でも感染するため、食品に付着しているだけで感染が成立し、無症状から著しい血便まで症状は感染者によってさまざまです。毎年4千人弱の感染者が報告されており、2020年も3千人以上の感染者が報告されています。2021年の上半期は千人弱の報告数ですが、腸管出血性大腸菌による食中毒は例年夏から秋にかけて増加するので、今後の動向が気になります。

E型肝炎はへぺウイルス科、A型肝炎はピコルナウイルス科に属す、それぞれ異なるウイルスを原因とした感染症ですが、いずれも食品や飲み水を介して肝細胞をターゲットとして肝炎を起こすウイルスです。いずれも肝がんとの関連は無いものの、劇症化する場合があります。E型肝炎の原因食の多くはシカやイノシシなどのジビエ肉や豚レバーの生食です。A型肝炎は水を介した感染が大半を占め、直接の飲用だけでなく、洗浄や調理時に利用する水によっても感染を広げます。上下水道の整備がなされていない国では現在も蔓延していますが、日本では下水普及率が8割近くに達しており、衛生向上によって激減し、海外への渡航が制限されている現在は輸入感染数も減少していますが、渡航再開後や輸入食材を介した感染に注意する必要があります。

アメーバ赤痢は、単細胞の寄生虫(原虫)である赤痢アメーバを原因とした感染症です。衛生状況の改善途中にある国々において、食品や水を介した感染が報告されています。渡航制限がなされている現在の日本では、本来であればA型肝炎ウイルスと同様に感染者が激減すべきですが、表1に示したようにさほど減少していません。実は、2000年代に入ってから先進国におけるアメーバ赤痢は、食中毒よりも性感染症としての報告が多くなっています。アメーバ赤痢感染者の多くが、梅毒、後天性免疫不全症候群(HIV)などの性感染症を合併している事例が多いことから、食中毒対策だけでなく性感染症対策の一環としても、アメーバ赤痢対策は重要です。

表1:注意すべき感染症の感染報告数の推移

出典:国立感染症研究所「感染症発生動向調査/ 感染症週報」(厚生労働省)を基に作成

今後重要となる性感染症対策

現代は性の多様性だけでなく、性行為も趣味趣向が幅広く、感染症リスクも高くなっています。前項のアメーバ赤痢が、食中毒と性感染症のどちらにも含まれることからもご理解いただけることと思います。日本で報告例の多い性感染症として、クラミジアや淋病があります。フィジカル・ディスタンスが叫ばれ続けているこの1年半ですが、性感染症のほとんどは新型コロナウイルス出現後に顕著な減少が見られず、むしろクラミジアと淋病の感染者数は例年よりも高値を推移しています。

日本人における後天性免疫不全症候群(HIV)感染者は、男性同性愛者が最も多いことで知られていますが、異性間でも感染します。日本では新型コロナウイルス出現前からHIV感染者数は高止まりしていましたが、出現後も顕著な減少は見られていません。HIV同様、梅毒においても感染者数の減少は見られません。梅毒は細菌である梅毒スピロヘータを原因菌とし、感染後1週間から3カ月程度の潜伏期間を経て発症する性感染症です。2013年頃から急増し2018年をピークに減少に転じているように思えますが、今後も警戒が必要な感染症の一つです。性感染症の予防は、コンドームなどを用いることが基本ですが、性教育や道徳教育を強化することも大切です。アフターコロナで海外からも人が流入してくる中での経済状況や治安を考えると、性教育の充実を早急に進める必要があると感じています。

農作業や散歩の際にはマダニ対策を

蚊やダニなどが媒介する感染症、動物との接触で感染する感染症として、デング熱、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)、ツツガ虫病、日本紅斑熱、ライム病、エキノコックス症を挙げました。デング熱は蚊が媒介する感染症で、海外で感染して持ち帰る輸入感染症が主であるため、渡航が制限されて激減しつつあるものの、ゼロにはなっていません。世界的に広がる可能性がある感染症については、輸入感染症や検疫報告についても注視する必要があります。SFTS、ツツガ虫病、日本紅斑熱、ライム病は、いずれもマダニの仲間が媒介する感染症です。マダニ類は春先から秋口にかけて活発に活動するため、この時期に吸血されることが多くなります。そのため、ダニが媒介する感染症は、上半期よりも下半期に多くなります。

表1に示したダニ媒介性疾患は、新型コロナウイルス出現前よりも2020年の方が報告数は多く、2021年上半期ではさらに増加しているため、最も注意を要する感染症と考えられます。コロナ禍で家庭菜園を始めたり、山菜採りをするなど、農作業や野山に出掛ける際には、露出の少ない服装を心掛け、帰宅後は速やかにシャワーや入浴をしてください。エキノコックス症は、キタキツネなどの野生動物が保有する寄生虫です。このところ野生動物が都市部に出没する事例が増えており、こうした際に感染するものと考えられます。エキノコックス症の感染事例の多くは北海道ですが、首都圏への持ち帰り事例も報告されており、2021年上半期は報告数も増えていることから注視すべきかと思います。

災害大国・日本で生きる心構え

表1のその他の項目に、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)感染症、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)、破傷風を加えました。VREは、病院内感染で知られる薬剤耐性菌です。医療機関では新型コロナウイルスの出現前から厳しい感染症対策が施行されていますが、それでも薬剤耐性菌の感染事例が増加しており、今後も注意が必要です。CJDは、異常プリオンを原因とした感染症です。感染から発症までに8〜10年以上の長時間を要す遅発性感染症の一つです。新たな感染症の出現には左右されない感染症です。

破傷風は、嫌気性の破傷風菌を原因とする感染症です。土壌環境中に生息する破傷風菌が傷口から侵入
し、傷口が塞がって嫌気状態となることで増殖します。農作業、建築さらには被災時の瓦礫処理などの際には前述した溶連菌とともに、十分に気を付ける必要があります。破傷風にはワクチンがありますが、終生免疫は獲得できず10年程度で低下しますので、必要に応じて接種しましょう。また、日本は地域に限らず地震や水害の多い国であり、被災時の罹患を防ぐためにも、任意で破傷風ワクチン接種を検討されてはと思います。

おわりに

今回ご紹介したのはあくまでも一例であって、咽頭結膜熱(プール熱)や感染性胃腸炎など、まだまだ注意が必要な感染症はたくさんあります。このところコロナウイルスばかりが話題とされていますが、私たちはこれまでもこれからも、多くの感染症とともに未来を築いていかなければならないことを、いま一度感じてもらえたら有難いです。

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