2022

12/05

心の色メガネを外してみませんか

  • メンタルヘルス

西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本外来臨床精神医学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

よしこ先生のメンタルヘルス(63)

ニュースを捉える2つの脳の機能

前回のコラムでは「心の健康は遠目が大事」と申し上げました。出来事や状況を遠くから見て、「本当かな」と自分に聞いてみるという提案をしました。テレビやSNSは劇的が大好きです。いつでも一番悲惨な戦争の様子、拷問やレイプなど恐ろしい被害、パキスタンの大洪水、船の難破などが報道され、次々と私たちの脳に「悪いこと」「劇的なこと」だけ伝えられます。もとよりヒトは、生態系の頂点に立っていたワニやライオンなどの生き物から逃げるために、私たち人間には生来恐ろしい面や悪い面だけ大きく見るメガネが備わっています。よく早く逃げのびるために、物事の悪い面にとらわれる名人です。

いま、世界は戦争や気候変動による災害など、人類の命を脅かす事柄に満ち溢れています。ニュースはテレビにしろSNSにしろ、99%悪いこと、恐ろしいことを伝え続けています。例えば、このコラムを書いている今日のある新聞の一面は「ソマリア飢餓 年末には30万人超え」で、社会面は「日本人傭兵 ウクライナで死亡」です。それらのニュースを捉える私たちの脳は、実は2つの機能を持っています。報道されているようなとてつもない恐ろしい出来事が、明日我が身に起こるに違いないと過剰に心配する機能です。いま一つは、どんな悪い報道があったとしても、自分だけは安全で今ここでの日常は変わらないと見流す力です。目の前で見ている、起きていること以外、あるいは目の前で起きていることでさえ、どのように受け取るかは、それぞれ一人一人の脳の特性(認知)が大きく影響します。

Aさんは、ウクライナ戦争の次は日本で戦争が起きるに違いないとおびえて受診されました。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と中国(中華人民共和国)は攻撃してくるに違いないと、コロナ以降始まった会社の在宅ワーク制度を利用して、東京から数十キロの古都に住居を移しましたが、それでも東京の流れ弾が落ちてくるかもしれないという不安が取れません。すっかり眠れなくなり、食欲もなくなったとげっそりした表情で受診しました。一方、Bさんは「あれは別の世界の話だよ」と全く変わりなく飲みに行ったりして、妻や子供からあなたの考えはおかしいと責められ、「どっちがおかしいのか教えてほしい」と受診されました。Bさんは、「目の前に起きていないのに、心配する方がおかしいと思うんですけど」とけげんな表情で、責められてうんざりした風情です。すでに述べたように、両方とも私たちヒトに備わった能力ですが、私たちの生活の質や活動(ADL)をよりよく維持できるように使いこなすことがいま求められているのではないでしょうか。

どう把握するかは、その人の見方に依存している

実は出来事をどう考え把握するかは、その人がどのように世界を見ているのかという考え(スキーマ)に依存していると精神医学(心理学)的には考えられています。例えば、「薬を服用するように」と医師から指示された時に、その人が自分は弱い人間だというスキーマを持っていたとしましょう。「薬に頼らないといけないなんて、自分は情けない人間だ」と考えてしまうでしょう。当然、気分も落ちこんでしまいます。つらい、悲しい、薬を見るたびに嫌な気持ちになります。身体的には、元々寝られなかったわけですから、さらに眠れなくなります。そして、情けない自分でいたくないという考えから、薬を飲みにくくなり(拒薬)、さらに状況は悪くなるという悪循環に陥ります。

精神医学の1つの治療法に、認知行動療法という技法があります。それは認知に焦点を当て、行動(結果)を変容させていく技法です。いわば、私たち一人一人の色メガネを外し、少し遠目に見てみましょうという試みの1つです。つらい気持ちの時、遠目で見て、これは本当かなと問いかけるのも悪くなさそうですね。

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