2018

10/20

国際医療協力の新しい分野を切り開く

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国立研究開発法人国立国際医療研究センター(NCGM)・国際医療協力局連携協力部・展開支援課課長の杉浦康夫先生は、NCGMにとって、また日本にとって新しい取り組みである「医療の国際展開」という仕事に携わっている。これまでの海外派遣先の一つであるセネガルのプロジェクトについて、また新たな取り組みの内容や難しさなどについて伺った。

ドクターズプラザ2018年9月号掲載

海外で活躍する医療者たち(24)/国立国際医療研究センター

日本と途上国、双方の好循環を目指す「医療の国際展開」

妊産婦死亡率の問題は医療施設だけでは解決しない

―国際医療協力の仕事に就いたきっかけを教えてください。

杉浦 私は人と接することが好きで、小学校の先生になろうかなと思っていたのですが、兄が医師の道を選んだのを見て、私もチャレンジしました。子供が好きなこともあり、幅広く全体を診られる小児科に進み、臨床を経験した後、アメリカで小児がんの転移の研究をしました。5年ほど研究をしましたが、やはり自分は患者さんと接するなど、実地の仕事が向いていると考えていたちょうどその時に、ある論文に出会いました。それは開発途上国において、子供が肺炎かどうかをどのように見分けるかというもので、先進国のようにレントゲンや血液検査ではなく、聴診器を当てるのでもなく、1分間の呼吸数だけで分類するという方法でした。この論文をきっかけに国際保健に興味を持つようになりました。その後JICAの仕事を経て、2001年にNCGMに入局しました。1年以上の長期では、ケニアに約3年、ラオスに約2年、2012年から1年間はセネガルで仕事をしました。

―セネガルのプロジェクトはどのようなテーマでしたか。

杉浦 セネガルでは妊産婦死亡率を低下させることが求められていましたが、プロジェクトではまず第1フェーズとして、タンバクンダ州で妊産婦を中心とした根拠に基づいたケアを行うモデルが作られ、私はそれを全国に展開する第2フェーズの最初の1年に参加しました。セネガルだけでなく多くの途上国では、自宅で出産することが多いのが実情です。妊産婦死亡率を下げるには、医療施設が必要なのはもちろんですが、途上国の特に地方では、それだけでは解決しません。医療施設まで遠い人が多く、お金も十分にありません。出産前の健診にも複数回行くことが難しい。また、地方では部族によって言葉が違い、助産師が十分に対応できない場合もあるなど、さまざまな問題があります。例えば地域の人たちとコミュニケーションを取って医療施設でのお産の良い点を伝え、妊娠したら本人や特に夫にお金を貯めるように促したり……。そういうところから取り組む必要があるのです。

タンバクンダ州で出会った馬車

―セネガルの医療事情はどのような状況でしょうか。

杉浦 多くの途上国がそうであるように、セネガルも中央に保健省があり、都市部には大病院があり、全国には州病院、郡病院、ヘルスセンターというピラミッド形の医療体制が作られています。しかし、私がセネガルにいた2012年頃には、地方の州では、産婦人科医は一人しかいない状況でした。医師など医療従事者の数だけでなく、質も大切です。首都のダカールには、看護師や技師などを育てる大きな養成学校があり、州にも同様の養成学校もありますが、カリキュラムの改変や教材が十分でないなどの課題があるため、日本をはじめいろいろな国や機関がサポートしています。

―先生は、セネガル滞在中はどのような生活をしていたのですか。

杉浦 セネガルはフランス語圏で、大きな政変もなく安定した国です。ムスリムなので豚肉は食べませんし、お酒も飲みません。主食はお米で、香辛料をたくさん入れて、魚や野菜と煮るような料理(チェブジェン)をよく食べました。私はダカールでアパートを借りて住み、食事はメイドさんに作ってもらっていましたが、味付けが濃いので調味料がものすごい勢いで減っていきました。まだ十分な調査は行われていませんが、セネガル人の食生活から考えると、高血圧や糖尿病など、生活習慣病が多いのではないかと思います。野菜や果物の種類も多く、とても安いです。セネガル人の多くはお酒を飲まないせいかジュースが豊富にあり、例えばバオバブの実のジュース、しょうがのジュース、しその葉に似ているビサップというビタミンCの豊富なジュースなどおいしかったですね。

良いものは売れるという簡単な話ではない

―現在所属している展開支援課とは、どのようなことをする部署ですか。

杉浦 これまで私たちが行ってきた国際医療協力は、母子保健や感染症対策、保健システムという分野で、開発途上国に対してODA(政府開発援助)として支援することが中心でした。それに対して展開支援課が関わっている「医療の国際展開」は、途上国や中進国が日本の優れた医療機器や医薬品を購入したり、日本の医療技術やシステムを導入することを目指し、相手国の課題解決や医療の向上と同時に、日本の医療分野の成長を促進し、双方に好循環をもたらすことを目指しています。NCGMは、厚生労働省の「医療技術等国際展開推進事業」を受託する形で、研修事業を2015年から行っています。公募によって決定した今年度の研修実施機関は、大学や病院、民間企業併せて19機関です。事業の対象となった国は、インド、インドネシア、カンボジア、コンゴ民主共和国、カメルーン、ザンビア、タイ、バングラデシュ、フィリピン、ベトナム、ミャンマー、モンゴル、ラオス等です。

単に日本の製品やシステムが売れればいいということではなく、相手国の医療が向上するには使いこなせる人が必要ですから、現地に日本人専門家が出向いたり、研修生を日本で受入れたりします。例えば、ザンビアでは保健省が日本の最新のCTや血管造影撮影装置を購入したものの、十分に使いこなせない状態でしたが、日本や現地で指導したことによって、現在ではきちんと活用できるようになってきています。

―使い方の指導はたしかに必要だと思いますが、日本製品の品質の良さは、世界的にもある程度認知されていると思います。あえてプレゼンスを高める必要はあるのでしょうか。

杉浦 日本の製品の質が良いことは知られていますが、具体的な製品やサービスとなると残念ながらあまり浸透していません。それにはいくつかの理由があります。まず価格です。日本の製品は中国製やインド製に比べると高価です。日本の百万円は現地では1千万円ぐらいの感覚ですから、なかなか買ってもらえません。それに対して中国製やインド製は安価なためどんどん購入されています。価格を下げるのは簡単ではないと思いますが、日本製品の高度で多様な機能を削ぎ落として、途上国向けのシンプルな製品を作るなど、柔軟に考えていく必要があると思います。

また認証の問題もあります。日本の医療機器や医薬品は医薬品医療機器総合機構(PMDA:Pharmaceuticalsand Medical Devices Agency)による承認が行われていますが、海外、特に途上国では、アメリカのFDAやEUのCE、あるいはWHOの認証がないと認めてもらえないことが多いのです。最近は日本製品がWHOの認証を取れるように勉強したり、日本の承認のレベルが高いことを知ってもらう働き掛けをしたりしているところです。

―では、使い続けてもらう難しさはどんなところにあるのでしょう。

杉浦 一つは継続的なチェック方法の問題で、われわれが研修などで対応を始めているところですが、壊れることなく長く使うには、ユーザー自身による日々の維持管理も必要です。日本では毎日、点検をして、月単位の表の中にチェックした人が押印やサインをしていますが、そういった管理の仕方も含めて日本のやり方を紹介しています。言葉やサポート体制も課題です。例えば医療機器が導入されても、取扱説明書が現地語になっていないため理解できないという話はよく聞きます。また故障したときなどの対応も、日本からエンジニアを呼ぶとコストが掛かり過ぎますから、ビデオ通話を通じた修理対応や代理店の活用、日本製品に関する共通の問い合わせ窓口の設置など、アイデアを出していく必要があります。

また使い続けるためには、運用に関わるコストの問題も無視できません。検査機器ならば1検体の検査費用がどのくらいで、それを誰が支払うのか、健康保険制度のある国ならば、その検査は保険の範囲内であるのか、また、その検査機器や医療機器を使うことで病院の収益につながるのか、そういったことも大事です。また定期的な部品交換などの維持管理にも費用が掛かりますから、検査機器や医療機器を導入する国や病院には、ランニングコストを含めて長期的な視野でマネージメントを考える人が必要です。安くて良いものであれば売れる、人を育てれば使ってもらえるということだけではないのです。

国際医療協力という仕事の幅が広がっている

―今までとは全く種類の違う仕事をしているのですね。

杉浦 そうですね。「医療の国際展開」という取り組み自体も新しいですし、仕事の仕方も全く異なりますね。以前は企業の方と一緒に仕事をすることはほとんどありませんでしたが、今では毎週、どこかの企業の方とお会いしています。企業との関わり方は、国や公的な助成金などを受けて、企業がアイデアや製品を海外展開する場合には、連携してトレーニングを行ったり、技術的な助言をします。私たちは長年途上国を支援してきた経験がありますから、各企業の製品や技術が海外でどのように使える可能性があるか、あるいは途上国にはどのようなニーズがあるのかといった相談もお受けしています。日本の企業にも、またNCGMにとっても、新しい分野を切り開いていくとても大事な仕事だと思っています。

―海外への派遣を経て、今、「医療の国際展開」という仕事に携わっている杉浦先生から、国際医療協力に興味のある方にメッセージをいただけますか。

杉浦 昔は途上国で保健医療協力をしたいというようなシンプルな感じだったように思いますが、今は、途上国の現場での仕事の範囲が広がっています。テーマも感染症対策や母子保健、保健システムから、ユニバーサルヘルスカバレッジ、官民連携、WHOなどの国際的な機関に日本がどういう役割を果たすかなど、一人の患者さんや一つの医療機関を対象とするより広いレベルの取り組みが増えています。国際医療協力の幅が非常に広がってきているので、さまざまな方面から新たな分野へ前向きに携わることができる仕事になっていると思います。

セネガル共和国

●面積/197,161平方キロメートル(日本の約半分)
●人口/1,541万人(2016年:世銀)
●首都/ダカール(Dakar)
●民族/ウォロフ,プル,セレール等
●言語/フランス語(公用語)、ウォロフ語など各民族語
●宗教/イスラム教95%、キリスト教5%、伝統的宗教
( 平成29年11月20日時点/ 外務省ホームページより )

 

【参考】医療技術等国際展開推進事業 http://kyokuhp.ncgm.go.jp/activity/open/index.html

 

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