2020

01/21

国際保健は幅広く、さまざまな関わり方がある

  • 国際医療

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国立研究開発法人国立国際医療研究センター(以下、NCGM)国際医療協力局・連携協力部の春山怜先生は、産婦人科医としての臨床、大学でのグローバルヘルスの教育、NCGMでのカンボジア子宮頸がんプロジェクトを経て、WHO本部への1年間の派遣を経験。中学生頃から、世界の問題に貢献するという目標を持って歩んできた。現在、2人の子どもを育てながら、国際保健に取り組んでいる春山先生にお話を伺った。

ドクターズプラザ2020年1月号掲載

海外で活躍する医療者たち(28)/国立国際医療研究センター

もっと多くの日本の専門家に、グローバルレベルでも働いてほしい!

途上国で通用する医師になる

――どのようなきっかけで医師を目指したのですか。

春山 中学生の頃、「アウトブレイク」という未知のウイルスによる感染症のアウトブレイクに立ち向かう人々の映画を観て、何か自分の強みを持って、世界の問題に貢献できる人になりたいと思うようになりました。医学を学んでそれを強みにしていこうと思ったのは、高校生の頃です。

――世界に貢献するという目標に対して、産婦人科医を選んだのはなぜですか。

春山 私が学生だった頃は、国際保健というと感染症か母子保健が大きなテーマでした。感染症については、医学部4年生のときにタイで3カ月熱帯医学研修に参加、インドネシアで3カ月マラリア研究に携わり、6年生のときにはハーバード大学関連病院で小児感染症の臨床実習を受けました。一方、産婦人科は、女性の健康全般に携わることができるという点で面白く、1日中手術室にいてもいいくらい手術に入るのが好きで、結局、産婦人科を選択しました。

――産婦人科の研修医として臨床に携わりながら、どのようなゴールを描いていましたか。

春山 「途上国で通用する医師になる」ということです。途上国の人であっても、一番高いレベルの医療を受ける権利があり、それを提供できるようになりたいと考えていました。医師5年目のとき、身に付けた技術で自分がどれだけできるのかを知りたいと思い、カンボジアの手術ボランティアに参加しました。臨床技能を発揮できたことは良かったのですが、このような直接的な医療支援には限界があり、その国の医療人材や保険制度を含む保健システムの改善が必要であることを改めて感じました。

――大学で学生の教育に携わったこともあるそうですね。

春山 はい。産婦人科専門医を取得した後、母校の東京医科歯科大学の特任助教を務めました。東京医科歯科大学では、2013年度から医学保健分野のリーダーを養成する「ヘルスサイエンスリーダーシッププログラム」を開講することになり、その立ち上げに参画しました。私の教員としての仕事は、学生にグローバルヘルスを教えることで、最初は教科書や文献を読みながら講義をしていたのですが、自分自身がもう少し学びたいと思うようになり、教員をしながら東京大学大学院で学び、2017年3月に国際保健政策学修士課程を修了しました。

――NCGMに入職したきっかけは。

春山 修了から2カ月後の5月、NCGMで若手医師を募集していることを知りました。それまでの募集は、国際保健または公衆衛生分野における経験が10年以上ある医師だったのですが、5年に短縮されていたのです。もともとNCGMにはとても興味がありましたので、これを逃すことはできないと思って応募しました。NCGMは、海外からの研修生を受け入れて研修をしたり、現地に行ってプロジェクトを運営・実施したり、またWHOや厚労省など行政的な業務にも関われるなど、とてもユニークな組織です。私がやりたかったことが全部できるので、入職できた時はすごくうれしかったですね。当時からNCGMでは、カンボジアで子宮頸がんを入り口とした女性の健康改善プロジェクト(JICA草の根技術協力事業)に取り組んでおり、私もこれに携わることになりました。

WHOでの1年間。子宮頸がん排除に向けた取り組み

――2018年7月から1年間のWHO本部の非感染性疾患管理部門に派遣されていたそうですが、どのような業務に携わっていたのですか。

春山 2018年5月にWHO事務局長が子宮頸がんの排除に向けた行動喚起を発表しました。私はタイミングよく7月に派遣いただき、排除の定義や要件を検討する会議の最初から事務局メンバーの一員として参加し、世界戦略案策定に携わることができました。子宮頸がん対策は、HPVワクチン接種、子宮頸がん検診と検診で見つかった前がん病変の治療、浸潤がん管理の3つに分けられます。私が派遣された部門は浸潤がん管理を担当しており、業務としては、子宮頸がんが疑われる女性がいたときにどう診断し、ステージングをするのか、日本と同じような治療ができるとは限らない中で、国の資源に応じてどういう治療・ケアが適切なのか、ということをWHO技術パッケージとしてまとめることが中心でした。

――子宮頸がんの排除に向けた具体的な目標は。

春山 WHOは子宮頸がんの公衆衛生学上の排除を10万人当たり4人以下と定義し、今世紀中に世界中で子宮頸がんが排除されることを目指し、そこから逆算して2030年の目標を3つ掲げています。1つ目は15歳までに女児の90%がHPVワクチン接種を受けること、2つ目は30〜49歳の女性の70%が検診を2回受けること、3つ目は子宮頸部病変(前がん病変や浸潤がん)と診断された女性の90%が治療を受けることです。ワクチン接種率90%という目標は、現在の日本では0.6%という状況なので、達成は困難と思われるかもしれませんが、ルワンダやマレーシアなどすでに90%になっている国もあり、ワクチンの世界的な供給不足が解消すれば多数の国が目標を達成できるだろうと見込まれています。

検診については、現状では多くの国が受診率をきちんと測定できておらず、データがある国でも10〜40%ぐらいのレベルですが、イノベーティブな方法で検診率を上げていこうという取り組みが始まっています。例えばWHOは、医師が子宮頸部の検体を採取する検査法に代わり、女性が自ら検体を採取して行うHPV検査を打ち出していこうとしています。子宮頸部病変を診断するAI技術や発がんに関わるバイオマーカーを用いた検査法も実用化に向けて研究が進んでいます。

治療は、前がん病変と浸潤がんに分けられます。前がん病変治療については、従来の方法よりも簡易な、熱焼灼による治療法が新たなWHO推奨として認められ、普及が期待されています。浸潤がん管理については、一番難しいところですが、今後各国において子宮頸がんへの認識が高まり検診受診者が増えると、浸潤がんが発見される機会も必然的に多くなりますので、がんが疑われる症例を診断し、病期に合った治療や緩和ケアを提供できる体制も合わせて整備していく必要があります。また、もっと長い目で見ると、HPVワクチン接種が普及すれば子宮頸がん自体は減っていきますが、一方で、高齢化が進むことによって、乳がんや大腸がんが増えてくると思われます。子宮頸がんを入口に、がん管理システムの整備を進めていく必要があるのです。

――実際、途上国ではどのような治療が可能なのでしょう。

春山 例えばカンボジアでは、まだHPVワクチン接種や検診が国レベルで導入されておらず、1600万人の人口に対して病理医が5人しかいません。そのため、そもそもがんと診断されていない、あるいは診断された時には進行期である場合がほとんどです。進行期の治療は、放射線治療が基本ですが、放射線治療の機械は、首都のプノンペンに1台あるだけで限られた人しか治療を受けられていないというのが現状です。

――WHOでの仕事を通じて、どのようなことを感じましたか。

春山 WHOでの仕事はとても興味深く、世界的な規範作りや世界戦略の立て方を見られて勉強になりましたし、視野も広がったと思います。一方で、途上国の現場レベルとのギャップの大きさも感じました。多くの日本の専門家に、国際レベルで働いてほしい

――WHOへの派遣期間は、スイスのジュネーブに滞在されたわけですが、ジュネーブでの生活はいかがでしたか。

春山 スイスは、夏は晴れていて涼しくとても過ごしやすいのですが、冬は雨が多く夕方4時頃から朝8時頃まで真っ暗で夜が長いです。ジュネーブには、上の娘と2人で滞在していましたが、安全でとても快適でした。ジュネーブの良さは、小さな町に多くの国際機関がギュッと集まっていることですね。子どもの学校のお母さん方は、ほとんどが国連機関で働いている方だったので、国連機関に関する話や、出張中の生活、将来的な方向性など、いろいろなことを聞けて楽しかったです。ただ物価は高いですね。ペットボトルの水1本5百円、ランチは2千円弱で、学費も高く、長期間暮らすのは大変だと思いました。

――今後どのようなことに取り組んでいきたいと考えていますか。

春山 昨年7月にNCGMに戻り、現在はまた、カンボジアの子宮頸がんプロジェクトに携わっています。このプロジェクトは、2015〜2018年までの第1フェーズを終え、2019年11月から第2フェーズが始まりました。まずは第2フェーズの3年間、プロジェクトマネージメントを学びながら完遂させたいという思いが一番大きいですね。途上国でかつて主要テーマだった母子保健や感染症対策は、今はサービスが必要な人々に提供されることがベースとなる状態まで進んできていて、問題はそこから取り残されている人たちにいかにサービスを届けるかということです。一方、がん対策はベースがまだまだできていないものの一つで、これから多くの国で強化が必要になってくると思います。私のカンボジアやWHOでの経験が、他の国でも活かせたらいいなと思っています。

また今後、私自身が経験を積むことで、現場レベルの問題やその解決方法をもっと理解し、あらためて世界の規範作りに携われるといいかもしれない、という漠然とした思いもあります。

――これから国際保健に携わりたいと考えている人たちに、メッセージをお願いします。

春山 WHOでの専門家会合に招聘される専門家の中で、われわれ東アジアや東南アジアの人たちはプレゼンスが低いように思いました。世界的な規範を作るには、当然ながらアジアの状況や知見を伝える人も必要なので、ぜひもっと多くの日本の専門家にグローバルなレベルでも人々の健康課題に貢献してほしいと思います。

私自身はグローバルヘルスの広さを知らずに、「臨床かな」、「感染症かな」、「母子保健かな」と進んで来ましたが、今実際に見てみると、非常に多くの関わり方があると思います。臨床以外にも、行政、研究、教育、ソーシャルビジネスという方法もあります。分野も、感染症、母子保健だけでなく、非感染性疾患、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジなどさまざまです。国際保健には、いろいろな携わり方があるので、幅広く考えて道を選んでいくといいのではないかと思います。

 

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