2022

06/05

共感力とうつ

  • メンタルヘルス

西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本外来臨床精神医学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

よしこ先生のメンタルヘルス(62)

コロナ前の生活に戻りつつある一方で……

2019年12月に武漢から始まったCOVID-19は、翌年の2月に日本でも感染が認められ、軌を一にして世界中に広がりました。すでに2年を超えて収束の気配のないまま、世界は「WITHコロナ」に舵を切り、いまだ入国を制限している日本は、G7(先進7か国財務相・中央銀行総裁会議)で「鎖国」と批判されるありさまです。わが国の感染症法ではCOVID-19は2類感染症ですが、教育現場は文科省から大学は対面授業を指示され、小中高等学校は学校長の判断でクラス閉鎖が決定されています。クラスにコロナ罹患者5人までは「教育を放棄しない」と宣言している学校長もいます。すでに教育現場では、COVID-19 は5類のインフルエンザ以下の扱いというわけです。すっかりCOVID-19が身近な疾患になり、G7後の内閣府の意向に同調し、感染症学者たちは屋外でのマスク着用は必要ないと旗を振り始めました。今年のゴールデンウイークの人出は新型コロナウイルス感染拡大前の水準となり、高速道路の渋滞も報道されました。ゴールデンウイーク後の感染者は5月22日現在、9日連続で前週を下回り、疫学者のマスク不要を支持するかに見えます。

とはいえ、これらの情報が保健所経由であることを忘れないでください。教育現場は保健所に連絡しないまま休校を決められますし、医療機関に受診しないまま症状の出なかった人についてはノーマークなのですから。この3年という長い間、COVID-19に怯えていた人々の心は、解放されたかのように見えます。家族連れで外出したり、会社で歓迎会を持ったり、友達と飲みに行ったり、コロナ前の生活に戻り始めました。

しかし、周囲を見渡せば、長く続いたコロナ禍に疲れ果て、メンタルヘルス不調を訴える人が多くなっています。在宅勤務が広がる中、住宅地のメンタルヘルスに関わる診療所は、1日10人を超える新しい患者さんが受診すると聞きます。つまり、1日当たり20%増というわけです。

この世界情勢の中、WHOの大きな健康指標である「平均寿命」が短くなることは間違いないでしょう。さらに、感染症や戦争で寿命が短くなり、健康が損なわれるとともに、メンタルヘルス不調によるDALYs(障害調整生存年数:障害により平均的な寿命から失われる生産的活動や生命の年数)の低下が著しいといわれています。精神神経疾患は、障害を持っている生活と考えると28%を占めていますが、その反面、全死亡のわずか1.4%しか占めておらず、損失生存年数となると1.1%しか占めていません。そのため精神疾患は、DALYsという健康寿命指標がWHOにより呈示されるまでは、伝統的に重要な問題と捉えられていませんでした。障害年数(DALYs)を考慮に入れると、精神疾患が人々の健康に対して非常に大きな影響を与えていることが分かりました。

ここでの世界をリアルタイムで観る人々

長引くコロナ禍に導かれ大きく変容した社会の中で、医療や介護、保育や学童、販売などのエッセンシャルワークの現場は人と人がリアルに接し、個別の共感を必要とする現場です。共感力が高い人が集まっています。「人の気持ちに同調する才能がある」「物事が直感的に察しられる」人が、どの現場にも必ず1人はいて、患者さんに頼られたり、子供に慕われたりしています。実は、この能力は、他方では人の気持ちを察し、その人の悲しみやつらさは直感的に分かる力でもあるのです。長く続くコロナ禍のエッセンシャルワークに従事する人々は、ここでの世界をリアルタイムで観る人々でもあるのです。

今ここでの世界が、第4次産業革命(IT革命)によってリアルタイムで報道されています。ウクライナでの戦闘、殺戮蹂躙(さつりくじゅうりん)された町々の日常、捕虜として収容される1人1人の顔、翻って経済制裁に苦しむロシアの人々の声、知床の観光船での1人1人の様子、コロナ禍で自殺した著名人の苦しみ、どれ1つとっても隣で起こっている様です。「人の気持ちに同調する才能がある」「物事が直感的に察しられる」人々にとっては、あまりに情報過多な時代です。人の悩みに共感する能力が高い人々にとっては、影響され、落ち込みやすい環境ともいえます。これといった原因はないけれど、眠れなくなった、食べられなくなったら、専門家に相談してみることが必要かもしれません。何しろ、共感力はうつ病につながっているといわれているのですから。共感する力が人々の助けになり、人々を支える力になりますように。

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