2019

09/26

五輪開催へ向けた、島国日本の感染症対策

  • 感染症

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内藤 博敬
『微生物・感染症講座』連載
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。
静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。

隔月刊ドクターズプラザ2019年9月号掲載

微生物・感染症講座(68)

はじめに

元号が令和となった5月、厚生労働省と国立感染症研究所が、「一類感染症の病原体輸入方針を固めた」という内容の報道がありました。一類感染症の病原体を輸入したり所持することは、原則として日本の法律で禁止されています。しかし、これら一類感染症病原体の保管が認められた施設は日本にも存在しており、国内での保管や研究が実質的に可能な状況にあります。報道にある病原体輸入は、五輪を1年後に控えた感染症対策の一環としての方針です。今回は、この報道を参考に、法律や規則から見たわが国の感染症対策について考えてみましょう。

感染症法の中の一類感染症

現在、わが国の感染症に関連する法律は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」、いわゆる感染症法として1990年に施行されたものが原型となっています。それまで感染症ごとに法制化されていたものを集約し、新興感染症や輸入感染症など、日本国内では未経験の感染症に対しても迅速に対応できるような法律としました。感染症を一類から五類に分類し(※1)、改変・追加しながら、また、法律自体も数度の改正を繰り返し、現在の感染症法となっています。この感染症法の一類から五類までの分類では、病原体の感染力と罹患した場合の重篤性に基づく総合的な観点から、病原体の危険性の程度に応じて分けられており、一類が最も危険性の高い感染症です。

一類感染症は、現在わが国に存在しておらず、治療法も確立されていないため、国民の生命に極めて重大な影響を与える病原体です。国際的にも規制する必要が高く、後述のバイオセーフティーレベルで最もレベルの高いBSL4でしか取り扱うことが許されていません。一類感染症には、エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、南米出血熱、マールブルグ病、ラッサ熱、痘瘡(天然痘)、ペストの7つが分類されており、病原体は全てウイルスです。今回、輸入を検討しているのは、痘瘡とペストを除く5種類の病原体です。

一類感染症とバイオセーフティーレベル

私達の身の回りには、実に多くの微生物が存在しており、時としてわれわれに牙をむくことがあります。微生物は種類によってわれわれに対する病原性の強さが異なり、つまり病原体の危険度が異なります。この病原体の危険度は、国際的合意によって最も低いレベル1から、最も高いレベル4までに分類されており、レベル4には日本の一類感染症の病原体も含まれています。そのため、たとえ大学や研究機関であっても、日本ではこれらの病原体を保管したり研究したりすることはできません。現在、国内でこれらのウイルスを取り扱うことが可能な設備は、国立感染症研究所村山庁舎にしか存在しないのです。

微生物を取り扱う施設では、前述の危険度レベルに応じた設備や器具が備わっていなければなりません。また、容易に外界へ放出されたりしないよう、病原体に合った封じ込めレベルが要求されます。この設備基準を、バイオセーフティーレベル(BSL)と呼んでいます。BSLも、通常の微生物実験室などが含まれるBSL1から、レベル4の危険な病原体を扱うことのできるBSL4まであります。このBSL4施設が、国内には感染研1カ所しか無いため、必然的に一類感染症の病原体を輸入した場合の保管先となります。なぜ危険なウイルスを輸入しようとしているのか?

一類感染症の病原体は、原則として所持・輸入等が法律で禁止されているものの、厚生労働大臣が指定する、国または政令で定める法人が、公益上必要な試験研究を行う場合に例外的に所持等を認める病原体とされています。つまり、国民の感染予防対策の一環として厚生労働大臣が必要性を認めれば、国立感染症研究所で保管、研究が行えるのです。病原体を輸入することで、国内で感染が疑われる人が出た場合でも、現状より正確かつ迅速な検査が可能となり、これによってこれまでは国内で不可能だった患者の病態進展・回復の確認も可能となります。

現在、コンゴ民主共和国でエボラ出血熱が、ナイジェリアでラッサ熱がそれぞれ流行していると、世界保健機関(WHO)が報じています。日本では、来年の東京五輪に向けたさまざまな取り組みがなされていますが、五輪の開催に限らず、こうした未知の感染症対策が急務となっています。感染研の所在する地域では、住民の方々の心配は当然のことであり、理解を得るための努力も大変なことだと思います。交通網が発達した現代、わが国の感染症予防、病原体検査体制を強化するためには、こうした危険な病原体の輸入もやむを得ないことであり、安全かつ有意義な利用がなされることを願っています。

 

(※1)1~5類の他、新型インフルエンザ、指定感染症(1~3類以外の既知の感染症で、同等の対応が必要な感染症。1 年限定で厚生労働大臣が指定)、新感染症が分類項目にある。

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