2019

05/29

トキソプラズマ

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院 助教。
静岡理工科大学 非常勤講師、湘南看護専門学校 非常勤講師。

ドクターズプラザ2019年5月号掲載

微生物・感染症講座(67)

はじめに

日本では、少子化が問題となる一方で、愛玩動物の飼育数が増加しています。動物との生活は生活の質を向上するだけでなく、盲導犬に代表される伴侶動物として、また、子供では免疫が強くなることや、がん患者に対して安らぎを与えることなどが報告されており、今後さらに飼育数が増加すると予想されています。一方で、動物との濃密な接触は人獣共通感染症のリスクを増すことが懸念されます。この講座の中でも、バルトネラや狂犬病について触れてきましたが、今回は母児感染する厄介な人獣共通感染症「トキソプラズマ」について紹介します。

ペットと感染症

厚生労働省から出される平成29年の人口動態統計(平成30年9月)によれば、15歳未満の人口は約1541万人ですが、イヌおよびネコの飼育数は約1845万頭(※1)、平成30年には1855万頭と児童の数を上回っています。近い将来、未成年者(平成29年の人口は約2131万人)よりも多い飼育数となるかもしれません。動物と身近に暮らすことには私も肯定的ですが、異なる種属であることを忘れず、食器の共用やキスなどの濃密な接触を避けることを前提としています。例えば、イヌやネコの口腔内にはパスツレラという細菌が常在していますが、この菌はヒトに対して病原性を持っています。また、バルトネラを原因とするネコひっかき病も、濃密な接触によって感染リスクが高まります。他にもペットから移る感染症はありますが、そのほとんどが濃密な接触によって感染します。しかし、「トキソプラズマ」と呼ばれる原虫症は、ネコが原因となるにもかかわらず、直接接触しなくても感染し、しかも妊婦に感染した場合は胎児へも母児感染する、厄介な感染症です。

トキソプラズマとネコ

トキソプラズマ症は、Toxoplasmagondiiというアピコンプレクサ属の原虫(単細胞の寄生虫)の感染によって起こります。ヒトへの感染は、目の粘膜や食べ物を介した経口感染によって成立します。しかし、健常者では稀に倦怠感やリンパ節主張、伝染性単核症様の病態を現す場合があるものの、ほとんどの場合無症状のまま保虫者となります。また、HIV感染者などで免疫が極端に低くなった場合、潜伏感染していたトキソプラズマが活性化し、脳症などを起こすことが報告されています。トキソプラズマ症の事例は、国、地域、年齢、食文化やネコの抗体保有率、衛生状態などが複雑に関連しており、ブラジルやフランスで感染報告が多く、世界人口の3分の1程度に蔓延していると考えられています。トキソプラズマは、ほ乳類および鳥類のほとんどに感染することが可能なため、家畜・家禽でも感染が起こり、この肉を生食することで、ヒトに感染します。

原虫はわれわれと同じ真核細胞から成る真核生物です。そのため、二分裂によって増殖する場合と、2個体から減数分裂によって新たな遺伝子型の個体を作る有性生殖とがあります。トキソプラズマはネコ科の動物を終宿主としており、他の動物に感染した場合は分裂増殖することしかできませんが、ネコ科動物に感染すると有性生殖によって新たな子孫を生み出し、糞便に混ざって外界で感染を拡げます。しかし、この有性生殖が可能なのは、原則としてネコが初めてトキソプラズマに感染した時だけです。初感染時、感染から3〜24日後に糞便中にオーシストと呼ばれる消毒薬等に強い構造のトキソプラズマが、約10日間にわたって排泄されます。そう、危険なのはこの初期感染の時だけなのです。世界的には、ネコは子猫の間にトキソプラズマに感染するため、大人のネコと接触しても危険ではないとされています。しかし、日本では1割ほどのネコしか感染していないとの報告があり、大人のネコであっても初期感染時には、糞便を介して感染を拡げる可能性があることを考慮し、ネコが集う砂場や水場の利用は、十分に注意する必要があります。

母児感染するトキソプラズマ

健常者には感染してもほとんど影響の無いトキソプラズマですが、妊娠中の女性が初めてトキソプラズマに感染した場合、死産および自然流産を起こす可能性があるだけでなく、胎児に精神遅滞、視力障害、脳性麻痺などの重篤な症状をもたらす先天性トキソプラズマ症をもたらすことがあります。妊娠する以前にトキソプラズマに感染していた場合では、先天性トキソプラズマ症の危険はほとんどありません。トキソプラズマは、初期感染ネコの糞便を介して感染する場合があるので、トキソプラズマに感染したことのない妊婦さんは、屋外を自由に移動するネコとの接触や、ネコの集まる場所への立ち入りをしないだけでなく、ガーデニング等で土を触ることも極力抑えることが賢明です。また、トキソプラズマは前述のように肉の生食でも感染するので、肉料理には十分に火を通すように心掛けましょう。

※1 全国犬猫飼育実態調査:一般社団法人 ペットフード協会

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