2024
08/05
在宅医療と人生会議(ACP)
-
在宅医療
院長
梅野 福太郎
在宅医療(3)
物忘れはあるものの生来病気とは無縁で、これまで元気に過ごしていたAさん(95歳、男性)は、最近、少し体力の衰えを感じ始めていました。そんな矢先に風邪をこじらせて入院しました。診断名は肺炎。先生の話では、肺炎は順調に良くなっているようだが、食事を出されてもどうしても進まないということなので、点滴を継続しているとのこと。
その主治医の先生から連絡があり、病状を聞くことになりました。
「……。というわけで、なかなかご飯が食べられないので、このままでは退院することができません。胃ろう栄養をするかどうか考えないといけません。ご家族は胃ろう栄養を希望するか、考えておいてください」。
突然の選択肢に家族は、どう判断したら良いのか分かりません。本人は、現在は自分で意思を伝えることができない状況です。家族は胃ろうは良くないと聞いたこともあります。其れで、どうしたら良いのだろう? と悩んでいます。
今回は、Aさんの家族が悩む「人生の最期の在り方」について考えたいと思います。
人生の最期をどこで迎えたいですか?
日本財団による人生の最期の迎え方に関する全国調査(2019年3月29日)によると、「あなたは死期が迫っていると分かったときに、人生の最期をどこで迎えたいですか。一番望ましい場所をお答えください」との質問に対して、医療施設、介護施設、子の家、その他などの選択肢の中、58.8%の方が自宅と回答しています(67〜81歳の当事者)。
質問内容などによりますが、同様のアンケートでは概ね5〜7割の方が最期を自宅で過ごしたいとの結果が出ています。しかし実際自宅で最期まで過ごせる方は1〜2割程度と大きな乖離があるのです。
皆さんは「人生会議」という言葉をご存知でしょうか? 平成30年にACP(アドバンス・ケア・プラニング)が策定され、その愛称が“人生会議”とされました。人生会議は、人生の最終段階(もしものときに)にどのような医療やケアを望むのか、前もって考え、家族や信頼する人、医療・介護従事者たちと繰り返し話し合い、共有することです。
ACPの特徴としては、
・本人の意思を最大限尊重する
・繰り返し話し合う
・都度文書に残す
・決めた事は揺れてもいい(変わってもよい)
・決める事というよりは、その話し合うプロセスが大事である
・本人が意思表示できなくなったときに、代わりにその意思を推定し、判断する代理意志決定者を決めておくこともある
などがあります。
これにより、下記のような効能があるとされています。
・患者の自己コントロール感が高まる
・患者の意向を尊重されたケアが実践され、患者と家族の満足度が向上し、遺族の不安や抑うつが減少する
・抑うつや不安を抱える患者の割合が減少する
ただ、現実の場面としてはその医療行為を行うことで命が助かり元気になる、いわゆる「救命」と「延命」の判断の境界は難しく、事前に希望する医療行為を決めておくことはなかなか難しいと思います。それでも、想定されるケースをシミュレーションし、その治療は希望したいか、したくないのかおおまかな希望を、家族や周囲と共有しておくことが有益なことだと思います。
ALPの概念に基づいた意見交換を
事前に意思を伝えることが大切とはいえ、元気なうちに病気になったり、死の間際のことを考えたり、話し合いを持ち掛けるのははばかられると思います。その時に意識すると良いのがALP(アドバンス・ライフ・プラニング)という概念に基づいた意見交換をすることです。
ALPとは、健康なうちから人生観や死生観を基に「自分は何を大切にしているのか」「どのような人生を歩みたいか」について考えるものです。これらの人生観・価値観などを共有しておき、いざ本人が意思を表示できなくなったときに、「おそらく本人はこう考えるだろう」と、代理意思決定者が判断する材料となるのです。過不足なく医療行為を受けられるように考えておくことは、この高齢社会においてとても重要なものだと思います。そして人生の最終段階で、どんな医療行為やケアを受けるかということを考えることは、決して最終段階だけのためではありません。最終段階を考えるからこそ、「今」どういう風に自分の人生を生き、豊かで納得・満足のいくものとするかを考える良い機会になるからです。
もしかしたら、大切な人に会いに行こうという原動力になるかもしれません。
冒頭のケースでは、主治医の先生にも繰り返しお話を伺い、家族内でも十分に検討した上で、胃ろう造設を希望することになりました。幸い少量は口から食べることができたので、胃ろう栄養を併用しながら食べる訓練(摂食嚥下リハビリテーション)を行い、退院することができました。自宅ではさらに食べる能力も改善し、胃ろうを使わないでも十分口から食べられるようになりました。
決してどの方にも胃ろう造設をオススメする訳ではありませんが、本人の病気や現在どんな状況になっているか、それぞれの医療行為がどのような効果と弊害があるかをしっかりと見極め考えることで、その選択の意義が変わってくると思います。