2024

09/01

今年流行が予想されるマイコプラズマ

  • 感染症

内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事

新微生物・感染症講座 (15)

秋から注意したい感染症

今年も昨年同様に初夏からCOVID-19の流行がありました。これからの季節、冬にかけてCOVID-19だけでなく、今年大きな流行を見せている溶血性レンサ球菌、インフルエンザやRSウイルス、さらにはマイコプラズマなどの呼吸器感染症に注意が必要です。特に季節の変わり目は私たち自身が体調を崩しやすく、感染症流行の一つの要因となりますが、秋から冬にかけては空気が徐々に乾燥していくので、感染者の咳やくしゃみなどにより発せられた飛沫の落下が遅くなることも感染拡大の一因として考えられます。引き続き人混みでのマスク着用など、呼吸器感染症対策を徹底しましょう。今回は上記の呼吸器感染症の中から、マイコプラズマについてお話します。

マイコプラズマとは

マイコプラズマは自然界に広く分布している単細胞の原核生物で、細胞壁を持たないという特徴以外は、同じ原核生物である細菌と似ています。細菌は形状維持のために細胞の外側に細胞壁を持っていますが、マイコプラズマは細胞壁を持たないため形が不安定です。マイコプラズマの大きさは細菌の半分以下と小さく、かつてはウイルスとともに濾過性病原体と呼ばれていました。

マイコプラズマは、これまでに約200種が発見されており、その多くが動物、植物、昆虫などに寄生・共生して生活しています。ヒトでも、口腔粘膜、へそ、泌尿器や生殖器などに常在菌(※1)として共生しているマイコプラズマが多数報告されています。一方で、ヒトと共生するのではなく、病原性を示すマイコプラズマも見つかっています。マイコプラズマ ペネトランス(Mycoplasma penetrans)やウレアプラズマ ウレアリティカム(Ureaplasma urealyticum)などの病原性の低いマイコプラズマだけでなく、ヒトに対して強い病原性を示す肺炎マイコプラズマ(M. pneumoniae)がヒトから単離されており、通常マイコプラズマの呼称はこの肺炎マイコプラズマを指します。

肺炎マイコプラズマ

肺炎マイコプラズマは、その名の通り肺炎の原因となる病原体です。肺炎マイコプラズマの潜伏期間は2~3週間で、発症すると38℃以上の高熱と乾いた咳を特徴とする風邪様症状を呈します。この乾いた咳は熱が下がった後も数週間続くことが多く、咳とともに出る飛沫や飛沫核によって、周囲へ感染を拡げます。年齢や性別に関係無く罹患し得る感染症ですが、特に20歳以下の若年層で報告の多い呼吸器感染症です。肺炎球菌などの細菌感染を原因とした肺炎は、風邪様症状を呈してから肺炎に至るまで1~2日と比較的短時間で進行しますが、肺炎マイコプラズマ感染では筋肉痛、頭痛、倦怠感などの全身症状が数日間現れた後に肺炎へと進行することが多いとされています。このように肺炎マイコプラズマを原因とした肺炎は、細菌性の肺炎とは異なる臨床像を示すことから「異型肺炎」と呼ばれます。異型肺炎を起こす病原体は、肺炎マイコプラズマ以外にもクラミジア、レジオネラやインフルエンザウイルスなどがあります。とはいえ臨床症状のみで細菌性肺炎と異型肺炎を鑑別することは難しいため、診断は臨床検査の結果からなされます。

マイコプラズマは大きさこそウイルスに近いですが、細胞構造を持つれっきとした生物であり、二分裂によって増殖します。しかし、マイコプラズマの人工培養は難しく、コレステロールを添加した専用の培地を使っても培養に時間がかかり、肉眼で観察するのが困難なほど小さな集落しか作りません。そのため、血清学的な検査や分子遺伝学的検査によって感染診断がなされています。

肺炎マイコプラズマの治療には、抗生物質が用いられます。しかし、薬剤耐性肺炎マイコプラズマが世界中で出現しており、日本では2001年にマクロライド系抗生物質に耐性を持つ肺炎マイコプラズマが神奈川県衛生研究所の研究グループによって発見されました。肺炎マイコプラズマの大流行時には薬剤耐性能の獲得も危惧されることから、感染予防を徹底して流行を小さくすることが大切です。

呼吸器感染症を予防しよう!

1980年代には4年周期での流行が観察されていた肺炎マイコプラズマですが、その後は毎年のように感染報告があります。今年の肺炎マイコプラズマの報告は例年より多くなっており、2024年7月初めの時点で、この10年で2番目に感染報告が多かった2015年を上回っています。日本では2011年に肺炎マイコプラズマの大きな流行があり、4年後の2015年にも感染者が増えましたが、翌年の2016年の方が感染者数が多く報告されており、2016年から8年目に当たる今年は、肺炎マイコプラズマへの警戒を強めるべきだと考えます。

肺炎マイコプラズマの感染予防対策は、「マスク」「手洗い」「うがい」を基本とした冬期の呼吸器感染症対策を行うことです。これらの基礎対策に加え、COVID-19パンデミックでも行ってきた、できるだけ人混みを避けて行動することや、コンコンと続く乾いた咳症状がみられる方との濃厚接触を避けるなどの対策が、肺炎マイコプラズマ予防になります。

※1常在菌とは、通常は宿主に害を与えることがなく、宿主の摂取する食物や排泄する分泌物を栄養源として生活している微生物群のこと。宿主へのビタミン供給や消化吸収を助けたり、病原微生物の侵入・定着を防いだり、免疫にも関与して共生関係を築いている。

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