2019

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~もしかしたら、躁うつ病(双極性障害)?~ うつ病の10人に1人が、双極性障害の可能性!?

  • メンタルヘルス

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2012年11月号

よしこ先生のメンタルヘルス(8)

はじめに

うつ病はかなり広い範囲の人がかかる可能性のある、よく知られている病気となりました。誰にでも起こり得るという意味で、「こころの風邪」あるいは「脳の風邪」などと言う人もいます。しかし、このところ専門家の間では、従来言われていたよりも「双極性障害」いわゆる躁うつ病が多いのではないか、と言われ始めています。

うつ病は今や人々から有意義な人生の時間を奪う病気の第2位です(WHO調査DALYs障害調整生存年数による)。うつ病が重大な脳の病気であることは今や明らかですが、一方、うつ病だと思われていた人々の中に、あるいは人格上の問題だと思われた人々の中に、双極性障害、いわゆる躁うつ病の人が誤診されている可能性があることが分かりつつあります。

39歳、女性の例

例えば、現在39歳の女性のお話をしましょう。専門職としてキャリアを築いてから、3年前に長女を出産しました。出産後、疲れやすく憂うつで、育児がつらくてたまりませんでした。一日中家にいる生活から仕事を始めれば、気持ちも晴れるに違いないと産休明けを待って、保育所に子どもを預け、復職しました。しかし、やはり気持ちは晴れず、産休前には同僚よりも能率よくできていた仕事も、まるでブレーキがかかったように遅れがちでした。専門職として納期のある仕事でしたから、見かねた上司から「マタニティ―ブルーかも知れないから、先生に相談してみたらどうだろう」と言われ、かかりつけの産科の先生に事情を話すと、「うつではないかしら」と精神科に紹介されました。紹介された精神科の医師から「産後うつ病」と診断され、治療が開始されました。2カ月後にすっかり元気になり、復職しました。復職後は仕事に熱中し、残業もいとわず働く中で、夫との間にいさかいが絶えなくなりました。結局、子どもが1歳半になる頃に離婚しました。その頃にはすっかり良くなったと精神科通院も中断しました。

しかし、仕事場でも私生活でもうまくいかないことだらけでした。子どもの面倒をみている実母からは、生活の乱れや子供の面倒をみないことを指摘され、好意を持たれていると思っていた後輩からは「迷惑だ」と拒絶されてしまいました。仕事でも連絡ミスや勘違いが多く、上司や取引先から注意されることが重なり、すっかり落ち込んだ気分で精神科に再受診しました。精神科医からは、睡眠時間の短さ、過活動性、不注意、浪費、後輩から好意を持たれていると誤認したことなどが指摘され、躁状態ではないかと伝えられました。躁状態というと、上機嫌で気分が楽しく、何でもどんどんできるイメージでしたが、実際には気分の良い時は少なく、子どもに対して怒ることも多く、イライラしていることが多かったので、診断にすぐには同意できませんでした。医師から双極性障害についてのグループ心理教室に参加することを勧められ、参加してみると、同じような経験をしている人に出会い、「躁状態かなあ」と思うようになりました。

「双極性障害」と「うつ」の区別

何度も繰り返すうつ病でコントロールできない感覚が強い場合、双極性障害の可能性が高いといわれています。うつ病だと最初思われていた人のおよそ10人に1人が、最終的に双極性障害だと判明するといわれています。しかし、うつ病と双極性障害(躁うつ病)では治療目標も使用する薬剤も大きく異なります。躁状態は「バリバリ仕事ができる」「気分がとてもいい」などと感じ、受診に結び付きにくいものです。躁状態の焦燥感のために受診したとしても、「気分の良い時に戻してほしい」と希望し、真の治療には結び付きません。うつ状態では、うつ病と区別しにくく、躁状態が現れるまでは結果的にはうつ病として治療されてしまいます。うつ病は「うつを良くする」が治療目標ですが、双極性障害は「躁とうつの波をコントロールする」ことが治療目標です。双極性障害では、うつを良くした結果、躁になってしまうことが最も困ることです。うつ病と双極性障害という治療方法も治療目標も全く違う二つの病気は、うつ状態のときには自信も治療者も見分けることができません。

双極性障害が予想以上に多い比率を占めることが分かりつつあるように、現代の精神医学は未知の領域を探索しつつあります。MRI(核磁気共鳴画像法)や光トポグラフィーなどの新しい検査も役立ちますが、何よりも患者さん自身の実感が未知の領域を開くものとなるでしょう。

 

 

 

 

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