2026

05/18

マギーズセンターの建築要件から学ぶもの

  • 緩和ケア

小田浩之(おだ こうじ)
日本緩和医療学会緩和医療専門医。日本緩和医療学会代議員・日本死の臨床研究会代議員。
一級建築士、技術士(都市計画)の資格を持つ異色の緩和ケア医。現在は緩和ケア病棟(設計)の研究のため、東京都立大学大学院都市環境科学研究科建築学域に在籍中。

「緩和ケア」の現状と課題(11)

私は今、緩和ケア診療と並行して、大学で建築の研究をしています。その目的は、「人生の最終段階は、どのような空間で過ごすことが望ましいか」について知見を深めることです。この研究でとても参考になるのが、後述するマギーズセンターの建築要件です。

本コラムでは、そのマギーズセンターの建築要件(Maggie’s Architectural Brief )について紹介するとともに「緩和ケア」における建築について考えていきたいと思います。

1996年に英国で誕生したマギーズセンター

英国で始まり海外にも広がりを見せるマギーズセンターは、ホスピスのような死を迎えるための施設ではなく、がん患者らを心理・社会・生活上からサポートする施設です。マギーズ東京のホームページには「病院でも自宅でもない、第二の我が家のような居場所」と書かれています。

造園家であったマギー・K・ジェンクスは、自らのがん再発と余命3カ月の告知の直後に、医師から「次の患者さんがいるので」と、診察室から出るようにと促されました。窓のない廊下で、マギーと夫で建築家のチャールズはその事実を受け止める時間を過ごしました。廊下に座りながら二人は、がんの告知を受けた人には、病院の外―しかしすぐ近く―に、もっと良い場所が必要なのではないかと話し合ったと言います。マギーは臨床試験に参加するなどしてその後18カ月生存し、その間、二人は、後に担当看護師として出会ったローラ・リーとともにそんな施設の開設を模索しました。マギーは完成を見ることなく1995年7月に亡くなりましたが、その遺志は引き継がれ、1996年11月にエディンバラに最初の施設が完成し、現在、32施設が運営されています。

利用者に配慮した建築要件

マギーズセンターには、全施設に共通する建築要件があります。ここには、利用者を施設に迎え入れるための配慮、孤立感や閉塞感を和らげつつも利用者の個別ニーズに合った他者との距離感が守られる配慮、病院施設に見られるような人間疎外の要素を徹底的に取り除く配慮などが具体化できるように、建物、庭、諸室の組み合わせ、設備、サイン計画、意匠など細かな指示があります。これはマギーが生前、がんと向きあう人には環境が極めて重要と考えて提案していた多くのアイデアが引き継がれています。

この結果、どのセンターにおいても、施設は家庭的で、窓からは外の植栽や空を存分に眺められ、安心して休息をしたり、そこで行われるプログラムに参加したりすることができるようになっています。

しかし、その建築要件には興味深い一節があります。

「(施設は)居心地よくしすぎて、人々が経験していることを矮小(わいしょう)化してしまってはいけない……自分が死ぬかもしれないという残酷な可能性と、それが自分と家族にとって何を意味するのかに向き合うことは、ふかふかの椅子や壁の陽気な色だけで解決できるものではない。こうした場所は、人々が直面していることを受け止め、課題の大きさに敬意を払い、そしてその人たちを支えようとする側のスタッフもまた、その課題に立ち向かおうとしている、そう見えるべきである」(執筆者訳/英国・マギーズ本部ウェブサイト「Maggie’s Architectural Brief」より)。

マギーが自らのつらい体験の中で得た洞察は、決して死を隠すことではありませんでした。それは、通り一遍の同情や一時しのぎの慰撫(いぶ)するのではなく、死に向き合う中で揺らぐ存在の足場を支え直すための、より根源的な支援だったのではないでしょうか。マギーズセンターの光や静寂、美しく枯れていく草木の植栽は、利用者に安らぎを与えるとともに、死を含む生命の連続性を感じさせるためでもあったのではないでしょうか。

医療者に気付かせてくれるもの

緩和ケアの現場では、患者さんが「最期まで自分らしく生きる」ことを支援します。しかし、それは「死を受容する」ことと同一ではなく、時に「死と向き合う」ことを遠ざけてしまっていることもあります。もちろん、英国と日本では、死を前にしたときのスタンスは違いますが、少なくともマギーズセンターの建築要件は、患者さんにとって必要な療養環境のヒントを得るのみならず、われわれ医療者が患者さんの現状から逃避していないかを気付かせるきっかけでもあり得るものです。

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