2026

04/08

産後の生活を支えること

  • 助産師のお仕事

杉田 理恵子
東京家政大学健康科学部看護学科准教授

助産師のお仕事(6)

「陽春」「春眠」「木の芽」「飯蛸」……。春を印象付けるこれらの言葉に触れると、お花見や小旅行の計画を立てて「春」を満喫したい気持ちになります。ところが、実際には新しい年度を迎えると、次々と仕事のスケジュールに追加や変更が起きたりして、なかなか「春」を満喫できない年が続いています。ここ数年は、大学の最寄り駅から見える大きな公園の桜の開花を気にしつつ、葉桜になるぎりぎりのところで同僚の先生と公園内を一周する「お花見」で「春」を体感するのがやっとのところ。皆さんは今年の「春」をどのように迎えていらっしゃいますか。

今回からは助産師の仕事をご紹介するだけでなく、助産師が女性や家族と共にどんな、もしくはどのように向き合いながら仕事をしているのか……。エピソードやトピックをご紹介しつつ皆さん自身の出産や子育て、健康などについても一緒に考えることができたら良いなと思っています。

「産後」とは

今回は「産後」という期間に焦点を当てて話を進めていきたいと思います。一般的に「産後」とは出産後のことを指しますが、では産後はいつまでかと問われると答えるのが難しいです。最近ではあまり聞かなくなった「床上げ」や「産後の肥立ち」という言葉をご存じの方は1カ月、100日などとイメージされるかと思います。

医療用語としては、産後は出産後から1年未満となります。その中でも特に、女性の身体が出産によるダメージから回復するための重要な時期を産褥期(出産直後~産後6~8週間)と呼び、病院や助産所などで医療者によるケアが集中して行われています。産後の入院に行われる診療や育児支援、退院後の1カ月健診や地域の新生児訪問などによる保健指導や健康相談などが主なケア内容です。

しかし、この期間が過ぎれば問題なく女性が健康を維持しながら育児や日常生活を送れるというわけではありません。産後うつを例に挙げてみていきたいと思います。

産後うつ(産後うつ病)は、産後1~3カ月に見られることが多い疾患です。1カ月健診が終わり、自宅での育児にも慣れてくる頃に「涙が止まらない」「眠れない」などの訴えが主な症状です。この他にも食欲不振、イライラや気分の落ち込みなどを伴うこともあり、症状が2週間以上続く場合は医師の診療を受ける必要があります。産後うつは、産後の女性の約10人に1人が経験するとされていて、多くの場合は軽症で日常生活を送ることができるとされています。

産後うつについて、このように文章でまとめてしまうと、そんなに深刻なものではないように感じるかもしれません。産後1~3カ月は夜間の授乳も必要な時期ですし、パートナーの育児休業期間が終わったり、家族のサポートも減り始めたり、女性にとって家事と育児の負担が増す時期と重なるため、少し疲れているのかな? あるいは産後によくある事……。そんなに心配する必要はないと思われるかもしれません。しかし「子どもをかわいく思えない」「自分のせいで……」「消えてしましたい」のように症状が進行してしまうと、自殺や育児放棄など、母子の生存を脅かす深刻な状態に陥ってしまいます。産後の女性には、このような段階になる前に適切なケアを受けられることが重要です。そもそも産後うつはどんな要因が関わっているのでしょうか?

妊娠・出産による心身の変化

女性の身体は妊娠を維持するために、非妊娠時に分泌されているいくつかのホルモン(月経や排卵に関わるホルモン)を抑制しています。出産により胎盤が母体外に娩出されると、抑制されていたホルモンが解放され、母乳分泌や子宮の回復を促します。この急激なホルモンバランスの変化が脳内の神経伝達物質に影響を与え、情緒不安定を引き起こします。また夜間の授乳や夜泣きなどによる睡眠不足は疲労を増幅し、産後うつの原因となります。

このような身体的変化に加え、当事者となる女性が責任感が強い真面目な性格である場合などでは、自分を追い込みやすく発症しやすい傾向があるといわれています。

産後の女性を取り巻く環境

出産や育児は女性の問題として扱われ、産後の女性が24時間体制で育児をする姿に違和感を持つ人はあまり多くはなかったかもしれません。「眠れない」「育児がつらい」などの訴えは、場合によっては甘えとして捉えられ、それを乗り越えてこそが一人前の「母親」だなどと言われていた時代もそんな昔のことではありません。現在では産後の女性の健康問題として産後うつは多くの方に理解していただいているようですが、まだまだ十分とは言えないこともあるのではないでしょうか。私が勤務する大学で産後ケアを立ち上げる際に、今の女性は甘えているというような声を聴くことがありました。そのような声は性別に関係なく、「まだまだ産後の女性の状況が理解されていないのだなぁ」と産後ケアを進めていく上での課題が多くあることを実感する機会にもなりました。もし、そのようなことをパートナーや家族から言われたら……。産後うつの危機にある女性にとっては絶望的な状況に追いやられてしまうのではないでしょうか?

産後ケア

助産師は産後の女性が日常生活を健康的に過ごせるようケアします。産後ケアの事業化の背景には、産後うつ予防がベースにあり、最初に皆さんにご紹介した産後の期間の定義も、産後ケア事業が定着する前には、産後4カ月未満がその期間でした。その後、産後ケア事業の実施結果により、保育園などの福祉事業からのサポートが受けにくい産後1年未満を産後と定義し、法制化することで社会的にも認められる事業になったのです。

産後うつの症状や原因についてみてみると「多くの場合、軽症で日常生活を送れる……」という特徴があり、場合によっては見逃されてしまう可能性もあるわけです。助産師としては産後に「眠れない」「イライラする」などの訴えをよくある事とは捉えずに、少し注意しながら当事者となる女性の話をよく聞き、身体的な状況や、本人の性格、周囲のサポート状況などを統合して産後ケアを考えています。大学内にある産後ケア施設は、デイサービス型(いわゆる通所型)の産後ケアです。今年で開設6年目を迎えます。ケア内容としては、 お子さんを助産師が預かり、利用される女性が休息に専念できるようにすることです。休息を妨げる要因として乳房トラブルや子育ての悩みがあればもちろん、助産師が対応しています。利用された多くの方が「安心して久しぶりに寝ることができました」と言って笑顔で帰られる姿をみると、これからも「安心」に応えられるよう産後の女性をサポートしていきたいと、助産師にとっても励みになっています。

21世紀を迎えても、人が健康的な生活を送るためにはまだまだ多くの課題があります。それが女性となると、また家庭や社会環境などが関わり複雑になり解決のためにさまざまな知識や技術、地域との連携などが必要になります。解決が難しいからこそ、助産師は女性と共にその声を聴き代弁者として必要な場へとつなげていく柔軟さや粘り強さが求められると思います。

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