2018/05/08
震災で見た生産者の底力
野菜考(6)JA熊本経済連
日本有数の農業県「熊本県」
熊本県には複数の気候が混在している。阿蘇地方は山岳型の気候だが、三方を山に囲まれた平野部は、寒暖の差が激しい。海に囲まれた天草は比較的暖かく寒暖の差も少ない。このような土地柄のため、平坦地と高冷地とで収穫時期が異なるなど多様な農業が行われ、年間を通じて豊富な野菜を生産している。日本有数の農業県、熊本県の農業、野菜について、JA熊本経済連・園芸部園芸販売課・課長補佐の佐藤暢寿氏と同・熊本県青果物消費拡大協議会の國武香穂里氏にうかがった。
スイカ、トマトは全国トップの生産量
―JA熊本経済連(熊本県経済農業協同組合連合会)とは、どのような組織なのですか。
佐藤 熊本県のJA連合会は、JA熊本経済連とJA熊本果実連でそれぞれ異なる農産物を扱っています。果実連は木になる果実、例えばみかんやデコポンなど、われわれ経済連は野菜です。野菜には果実的野菜であるスイカ、メロン、いちごも含まれます。
―熊本県では、どのような野菜が多く栽培されているのですか。
佐藤 2016年度の生産量は、いわゆる野菜だけで16万3751トンでした。全国の野菜の生産量でトップ3(2016年)に入っているのは、トマト( 12万9300トン/1位)、なす(3万700トン/2位)、しょうが(5350トン/2位)です。また、売上高(2016年度)で見ると、経済連が取り扱っている野菜の合計583億円のうち、トマトが253億円、ミニトマトが129億円、なすが60億円と特に多く、この3品目で全体の75%以上を占めています。県外の消費地としては、東京、名古屋、大阪が中心です。例えば都内にお住まいの方が、冬場に外食したり、購入したりしているトマトは、熊本県産の確率がかなり高いと思います。畳の材料である、い草も全国No.1ですが、畳の需要の減少から、きゃべつ、ブロッコリー、オクラ、レタスなど、近年露地野菜の面積が増加しています。
―特徴的な野菜はありますか。
佐藤 熊本で「なす」というと、関東などでは「長なす」と呼ばれている長い品種が一般的です。最近は首都圏の量販店でも長なすが陳列されるようになり、知名度を得てきているのではないかと思います。そのほか特徴的ななすでは、長さが50㎝ほど、場合によっては60㎝を超える「大長なす」という品種があります。果肉はとても柔らかくジューシーで、火を通すとトロトロになってとても美味しいです。また「ヒゴムラサキ」は、皮が赤紫色をしており、長さ30㎝ほどでずんぐりと太い熊本県のオリジナル品種です。こちらも果肉が柔らかく、またアクが少ないので生で食べても甘みが強く、リンゴのような風味を持っています。熊本県内では当たり前の品種ですが、普段短いなす(短なす)を食べる機会が多い首都圏でイベントに出展すると、その大きさなどからとても注目されますし、認知度も上がってきています。
―近年、特に生産量が伸びているのは何ですか。
佐藤 生産量では大玉のトマトがトップですが、ミニトマトが急速に伸びていますね。その背景にはいくつかの要因があると考えています。一つは、熊本県内の生産品目の変化があります。1980年ごろは、スイカ、メロン、いちごの取扱額が7割を占めていましたが、2000年を過ぎた頃から野菜の方が多くなり始め、現在では完全に逆転して野菜が7割となっています。いちごは伸びているものの、特にメロンは消費量が減少していますし、収穫時期が短期集中型なので、その時期の相場や天候によって、農家にはリスクがあります。しかも、熊本でメロンを作る時期には暖房も必要で、年々コストが高くなってきており、面積維持が難しくなっています。
一方、トマトは1本の苗から長期的に収穫することができ、メロンと同様に生産者の手間やコストはかかりますが、スイカやメロンのような大きな果実より収穫がしやすいため、スイカやメロンをやめて、トマト、ミニトマトを中心に野菜に移行する農家が増加しているのだと思います。収穫量が多くなると選別や箱詰めを自分でするのは大変ですので、野菜の選果場が整備されたことも規模拡大に繋がっていると思います。
また消費においても、カット野菜がよく売れているように、調理の手間が少ないものが好まれる傾向があります。切らずにそのまま食べられ、ちょっと添えるだけで彩りになり、お弁当にも入れられるミニトマトの消費量が伸びていることは、ミニトマトの生産増加を後押ししています。
家事と生産をこなす女性の目線は重要
―熊本県産の野菜のプロモーションではどのようなことをしていますか。
國武 生産者、JAグループ、熊本県の3者で「熊本県青果物消費拡大協議会」を運営しており、いろいろな媒体でのPR活動や、イベントや量販店での試食販売など、消費者への情報発信や流通の販促支援を行っています。例えば野菜の日である8月31日には毎年熊本市内でイベントを実施し、4月末に都内で行われるイベントや夏の博多でのイベントにも参加しており、熊本県産野菜のリピーターの方も増えてきています。4月の都内でのイベントは来場者10万人規模で、天気が良ければ暑いくらいになりますから、カット販売のスイカが飛ぶように売れます。
こういったイベントや量販店の試食販売に行くのは、生産者の奥様方などほとんどが女性です。女性の目線は非常に重要で、自分たちが作ったものが消費地でどう陳列されているか、並んで売られている他の産地の価格や質はどうかなど、いろいろな情報を吸収して帰ってきて、フィードバックしてくれます。また家事と生産の両方をこなしているので、お客様に保存の仕方や、地元の食べ方など、主婦に役立つアドバイスもできます。例えばトマトなら、まだ青いもの、店頭で販売されている通常の熟し程度のもの、過熟のもの、それぞれに適した料理法がありますし、地元ではどんな料理にもトマトを取り入れていますので、お客様からは「生産者がどうやって食べているか聞けて良かった」などととても好評です。また熊本県青果物消費拡大協議会のウェブサイトを中心に、県内各JAの女性部の方々のレシピを掲載したり、一般家庭のレシピを投稿いただいて紹介したりしています。
―食育の取り組みは。
國武 JAグループでは、小中学生から作文と図画を応募してもらう「ごはん・お米とわたしコンクール」を毎年実施しています。第42回となった2017年度には、作文2594点(226校)、図画3299点(237校)の応募がありました。また田植えや農産物の種まきから収穫までの一連の農業体験やイベント等によって、食と農業の大切さや役割、地産地消などについて楽しく学んでもらう「JAあぐりキッズスクール」を開設し、年間5〜10回程度の学習を行っています。
2015年度からは熊本県の農業について理解を深めてもらうとともに、農業の魅力を伝え、JAファンを作ることを目的に「JAグループ熊本杯食農教育学童軟式野球大会」も毎年開催しています。
意欲的な若い生産者に期待
―2016年4月には熊本地震があり、生産者の皆様方も大変だっただろうと思います。
佐藤 液状化やハウス内の地割れといった被害もありましたが、野菜の生産者で廃業した方は比較的少なかったですね。地震発生から1〜2日は、全てが完全にストップした状態でしたが、生きている農作物には水やりも必要ですから、生産者は地震直後から畑に出ていました。水が止まっていれば遠くても水を汲みに行くなどしておられましたが、後で話を聞くと、生活が大変な状況でも仕事ができたことは気持ちの面でも良かったようです。
収穫が遅れて廃棄せざるを得ない作物もありましたが、収穫できたものに関しては出荷も行いました。選果場は機械が動かない状態なので、生産者やわれわれJAの職員が集まって、協力して作業しました。揺れの激しかった益城のスイカも、ちぎれてしまったもの以外は全部出荷されました。生産者の底力はすごいです。みんなで力を合わせることで、頑張ろうという気持ちにもなれたと思います。
―台風など、天候の影響はどうですか。
佐藤 過去の大きな台風でハウスがほとんど使えなくなった教訓を活かして、その後は風速40〜50メートルにも耐えられるような丈夫なハウスに変わってきています。一番怖いのは雨ですね。浸水の可能性もありますし、長雨になると病気も発生しやすくなります。また、例えば秋に雨が続くと、その時期に植える苗を植えられなくなりますので、その後の出荷に影響しますし、用意してあった苗もロスになってしまいます。この冬は、大雪でハウスが潰れたところがありました。毎年異常気象が当たり前になってきていて、予想外のことも起こりますから、生産者はいろいろ苦労されています。
―就農者はやはり減少しているのでしょうか。
佐藤 そうですね。後継者の問題もあり、JAの組合員も年々減っています。熊本県内でも、平坦地より高冷地の方が後継者不足の傾向が強いです。しかし規模を拡大したり、新たな取り組みに挑戦している若い生産者もいますし、そういう人がいる地域は人も集まり、出荷額も増加しています。また県外から来ている大学生が、卒業後に土地を探して熊本で農業を始めることもありますし、県では農業研修も受け付けています。例えば各地にいる若い生産者が連携できるようにしたり、生産時期が異なる平坦地と高冷地で人を融通できる仕組みを作ったり、意欲的な生産者と協力して取り組みを展開することで、熊本の農業はもっと元気になっていく可能性があると思っています。