2020

05/26

~“自分のやったことがすぐに響く”~最新設備とバリアフリー体制で患者を受け入れる

  • 僻地・離島医療

  • 静岡県

伊豆半島の南東部、天城山を望む海沿いの町・河津町にある伊豆今井浜病院は、2棟からなる病院建物全館バリアフリー設計で、MRI、CT、マンモグラフィーなどの最新設備を備え、伊豆南部東地区の急性期医療拠点として高レベルの医療体制を確保している。病院長の小田和弘氏に、病院の特徴と僻地医療の実際などについて話を伺った。

ドクターズプラザ2020年5月号掲載

僻地・離島医療(17)/静岡県・公益社団法人地域医療振興協会 伊豆今井浜病院

最寄駅直結のバリアフリー設計。電車で通院する人も多数

――病院の概要について教えてください。

小田 伊豆今井浜病院は、公益社団法人地域医療振興協会が直営する医療施設です。伊豆半島の東南部に位置する伊豆急行線今井浜海岸駅の北側、徒歩1分の場所に立地しており、駅から病院玄関まで完全バリアフリーの連絡橋で直結している珍しい形態の病院です。
駅から車椅子を使ってそのまま病院まで来ることができるので、通院される方にはとても喜ばれています。車ではなく電車を利用したい利用者の中には、自宅から多少距離が離れていても電車で通院できるからという理由で、当院を利用される方も少なくありません。

とはいえ、大半の方は車で通院されるので、146台駐車可能な駐車場も完備しています。職員の多くも車で通勤しています。当院の医療圏は賀茂郡河津町、東伊豆町、南伊豆町、下田市、松崎町、西伊豆町ですが、鉄道以外の公共交通機関がほとんどないので、多くの住民は車に頼らざるを得ないのが現状です。

――病院の規模は。

小田 鉄骨造2階建ての本館と、鉄筋コンクリート造地上4階地下1階建ての新館の2棟に分かれており、連絡通路でつながっています。病床数は一般54床、地域包括ケア46床の合計100床。内科、循環器内科、外科、整形外科、小児科、皮膚科、婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科、麻酔科の11診療科を擁し、MRI、CT、マンモグラフィー、超音波、内視鏡、リハビリテーション室、手術室などの設備を備えています。また二次救急の救急告示病院にもなっており、14年には僻地医療拠点病院に指定され、伊豆南部東地区の急性期医療拠点として高レベルの医療体制を確保しています。

当院の建物は、駅からの連絡橋、本館および新館の建物、両館をつなぐ連絡通路まで含めて全館バリアフリー設計の“人にやさしい病院”となっています。足腰の弱い人や車椅子利用者、高齢の見舞客などが不便を感じることなく利用できます。河津温泉などの温泉地に囲まれていることもあり、浴室はすべて源泉かけ流しの温泉となっているのも大きな特徴の一つです。設備だけでなく、医師やスタッフの対応においてもバリアフリーを心掛けています。バリアというものは、人間の心の中にも存在します。医療従事者として、自分の心の中にあるバリアをなくし、差別なく患者さんに接することを心掛けています。

医師不足の問題を抱えつつ、常に笑顔で地域医療に取り組む

――開院したのはいつごろですか。

小田 伊豆今井浜病院として開院したのは2012年5月1日です。それ以前、もともと別の法人が運営していた「伊豆下田病院」を地域医療振興協会が買い取って10年7月に療養60床規模の直営病院として開院しました。翌11年3月、協会がそれまで南伊豆エリア内で指定管理者として運営受託していた病院「共立湊病院」と介護老人保健施設「なぎさ園」の指定管理期間が終了し、そこに勤めていた医師全員を含む職員の6割が「伊豆下田病院」へ転勤することになりました。その結果、人員の拡充が図られた「伊豆下田病院」は、それまで療養型病院として運営していたものを一般病院に変更。さらに12年5月には、病院建物の老朽化にともなって、現在の場所に本館を新設・移転し、名称も伊豆今井浜病院として新たなスタートを切り、16年には新館がオープンし、現在の体制が確立されました。もともと「伊豆下田病院」があった場所は、古い建物を取り壊し、新たに「伊豆下田診療所」が開所しています。

――職員数は。

小田 20年2月1日現在で、常勤医師11人、非常勤医師19人、看護師は常勤と非常勤合わせて65人となっています。医師数に関していえば、最も多かった18年4月の時点で常勤医師13人、非常勤医師19人いましたが、そこから少し減少しています。正直なところ、常勤医師11人ではちょっと足りておらず、やはり13人は確保したいところです。

この地域の風土も関係しているかもしれませんが、職員はみんな温和で明るい性格です。患者や家族を元気にする仕事ですから、常に笑顔を絶やしません。大病院と比べれば施設規模は小さいですが、専門性を高めるための取り組みも常に継続しています。

病院まで無料バスで送迎。健康啓発活動も積極的に実施

――圏内の医療状況を教えてください。

小田 主要医療圏の1つである河津町では高齢化率43%となっており、人口減少と少子高齢化が進む一方、独居高齢者や高齢世帯が増えています。当院に来られる患者さんも高齢者が多く、高血圧や糖尿病、脳卒中などの症例が目立っています。先ほども言ったように、このエリアは公共交通機関がほとんどなく、また高齢者の中には足が弱って病院まで来られないという方も少なくありません。そこで当院では無料の送迎マイクロバスを2台用意し、河津方面、東伊豆方面、下田・南伊豆方面の3ルートを循環運行しています。
伊豆半島の中には医療機関がなく身近な場所で医療を受けることができない“無医地区”が、南伊豆町などで少なからずあります。当院ではこうした無医地区に対して巡回診療を実施しています。

また、昔から塩分摂取過多の食習慣が残っているせいか、高齢者以外でも腎臓が弱っている人が少なくありません。会社勤めの現役世代であれば、嫌でも定期検診を受ける機会があり、当院でも企業向けの検診を実施していますが、自営業などの場合は自主的に検診を受けたがらず、病気が進行してしまってから発見されるケースもあります。生活習慣病をはじめさまざまな疾病の予防や早期発見のため、健康啓発を目的とした健康講座・教育などを通して、病気や健康への意識向上を図り、日帰り人間ドックなども実施しています。生活習慣病だけではなく、婦人科医が高等学校で行っている「思春期講座」と呼ばれる性教育や、今注目されている妊活をテーマにした市民講座などにも力を入れています。

――この地域特有の病気やケガなどはありますか。

小田 海沿いの町で海水浴場があることから、クラゲなどの海中生物に刺されたなど、海にまつわるケガが多いですね。溺死する人も少なからずいます。

――近年増えている外国人観光客については。

小田 このエリアは観光と農業が基幹産業になっており、外国人観光客も多く訪れます。毎年2月上旬には河津市内最大の観光イベントである「河津さくらまつり」が開催され、例年であれば国内外から100万人が集まります。もっとも今年は新型コロナウイルスの影響もあって、かなり少ないですね。そうした観光客がケガや病気などで当院に来るケースももちろんありますが、若くて元気な人が多いせいか、来院者数としてはあまり多くはありません。

――今年は東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。このエリアにもその影響があるのでは。

小田 伊豆市にある伊豆ベロドロームが、東京オリンピック・パラリンピックの自転車競技の競技会場となっており、競技が行われれば多くの人がやってくるでしょう。例年以上の観光客数も予想されており、病人やケガ人への対応も増えてくるかもしれませんね。

“学費無料”に惹かれ医大受験。僻地医療の道を志すことに

――小田先生のご専門は。

小田 主に消化器内科が専門で、消化器内視鏡専門医とプライマリ・ケア指導医の資格も持っています。消化器系はどの病院でも需要が大きく、胃カメラや大腸カメラによる診察などにも興味があったので、消化器内科を選びました。とはいえ、こうした地方の病院ですから“来るものは拒まず”の精神で、脳卒中や呼吸器系の病気など、何でも診ます。

――医療の道を志したきっかけを教えてください。

小田 私は静岡県を流れる大井川の上流、茶所として知られる川根本町で生まれました。父と母はそれぞれ8人兄弟という大家族の出身で、私自身も兄弟やいとこなどが多く、私はその中でも一番年下でした。経済的に大学進学の余裕があまりなかったので、高校を卒業したら町役場にでも就職しようかなと、漠然と考えていました。実際、高校の同じクラスの中で大学に進学したのは3、4人くらいでしたからね。ところが具体的な進路を考え始めた時に、親戚が「大学に進学して医者になったらどうか」と勧めてくれたのです。ちょうど私が高校を卒業するタイミングで、自治医科大学が創設されることになりました。僻地医療や地域医療の充実を図ることも目的にした全寮制の大学で、創設当時は学費が無料だったのです。このことを知った父親もその気になりました。私にとっては降って湧いたような話でしたが、やってみようと決意しました。

――それまではまったく医学に関心はなかったわけですよね。

小田 はい。親戚にも医師や医療従事者は1人もいませんでしたからね。ただ、私が子供のころに診てもらっていた地元のお医者さんが、亡くなられたときに自分の全財産をすべて町に寄付したことがあって、子どもながらに医師という職業に敬意を持っていました。そのことが多少は影響していたのかもしれません。とはいえ、高校3年になっていきなり医大への進路を希望したわけですから、そこからが大変でした。現役受験では合格できなかったので、三重県に住む親戚の家に住まわせてもらって、名古屋にある有名な受験予備校に1年間通って勉強をしましたが、そもそも受験数学自体をやったことがなく、最初のうちはまったく授業についていけない状態でした。それでも一浪の末にようやく自治医科大学に合格しました。
大学時代は、学業の苦労よりも、学生生活を謳歌したという印象が強いです。それまでは静岡県の小さな町に住んでいて、友達付き合いも町内に限定されていましたが、大学には日本全国から人が集まってきていて、出身地が異なるいろいろな人と友達になることができました。当時の友達は、今は日本全国の医療現場にいますが、私が地方に出掛けたときなどは必ず歓待してくれますし、今でも毎年のように同窓会を開いています。大学時代に培った人間関係は、私の財産になっています。

――当時から僻地医療に興味があったのですか。

小田 もともと大学自体が僻地医療の充実を目的としていたので、入学後は自然と興味を持ち始め、将来は僻地医療に携わることを覚悟していました。私の出身地である静岡県内でいえば、天竜川や大井川の上流、そして伊豆半島の医療が不足していると、当時からすでに言われていましたから、将来はそういうところで医師として活動したいと思っていました。
実際、卒業して30歳くらいになったころ、天竜川にある佐久間ダム近くの「佐久間病院」というところに赴任していた時期がありました。当時そこには医師が6人いましたが、うち5人が自治医科大学の卒業生でした。私とも旧知の仲だったので、みんなで話し合っていろいろなことに取り組みました。当時まだその地域では行われていなかった人間ドックや訪問診療を始めましたし、開業医との勉強会も積極的に行っていました。思い返すと、とても充実していた時期でしたね。

医師不足が進む中、地域の開業医とも連携強化

――冒頭で医師不足の話がありました。実際、医師の確保は難しいですか。

小田 そうですね。現在、当院には自治医科大学卒、義務年限内の2人の医師に来てもらっていて、彼らに助けられている部分が非常に大きい。運営母体である地域医療振興協会に対しても医師の要請をしていますが、なかなか都合がつきません。若い医師も不足しています。今は静岡県立総合病院から地域実習ということで研修医を年10人程度派遣してもらっていますし、協会の別の大きな施設からも2年目の医師が来ています。そうした若い医師の中から、将来的に僻地医療に興味を持つ医師が出てきたらいいなと思っています。

――小田先生からみて僻地医療にはどんな魅力がありますか。

小田 僻地医療を経験していない若い医師にとっては、田舎の病院に勤めてもあまり得るものがない、勉強にはならないという印象があるようですが、実際はまったくそんなことはありません。昔は都市部と僻地では情報格差がありましたが、今はインターネットでどんな情報でも得られますから、不便に感じることも減っています。先ほども話したように、僻地医療は専門など関係なく、あらゆる患者さんを診なければいけません。そういう意味では、救急医療と僻地医療はとても似ており、医師としてすごく勉強になります。

診察以外でも、自分の意思でいろいろなことに積極的に取り組むことができるのも僻地ならではのことです。現在、当院では地域の開業医の方々と連携を深めており、一緒にカンファレンスを開催して情報共有を図り、何かあったら相談できるような関係を築いています。例えば少し距離が離れた場所に訪問診療に行かなければならないときは地域の開業医に紹介することが多いです。開業医も徐々に減少していますが、お互いに助け合いながらとてもいい関係を築けています。地域でできることはできるだけ地域で完結し、“断らない医療”を目指して体制づくりを進めています。

そして、私が僻地医療に一番魅力を感じるのは、患者さんとの距離が近いことです。個々の患者さんの家族構成も把握していますし、その家族を診察することもあります。診察以外でも、河津川の掃除や草刈りといった地域活動に参加し、地域の祭りに呼ばれます。山芋が採れたらお裾分けをくれますし、鮎釣りを教えてもらったこともあります。もちろん本業である医師としての活動に支障がない範囲ですが、そうやって地域と密接に触れ合うことが、医療にも生かされるのです。ひと言で言うと「自分のやったことがすぐに響く」のが僻地医療の魅力です。

――最後に、若い医師にメッセージを。

小田 ぜひ一度、僻地医療を経験してみてください。「自分のやったことがすぐに響く」医療の現場は、とてもやりがいがあることが理解できると思います。医師の数が少ないぶん、担当する症例も多いです。中でもここ河津は、温暖な気候と美しい川、海に囲まれ、豊富な魚介類と天然温泉に恵まれた、非常に住みやすい場所です。医師不足の中でまだ手付かずの患者さんもいる状態ですから、皆さんの力をぜひ貸してください。

伊豆急行線“今井浜海岸駅”ホームから見た病院(写真提供;公益社団法人地域医療振興協会伊豆今井浜病院)

 

●名   称/公益社団法人地域医療振興協会
伊豆今井浜病院
●所 在 地/〒413- 0503
静岡県賀茂郡河津町見高178
●施   設/本館地上2階建て
新館地下1階、地上4階建て
●敷地面積/75,410.747㎡
●診療科目/内科、循環器内科、外科、整形外科、小児科、皮膚科、婦人科、
眼科、耳鼻咽喉科、リハビリテーシ ョン科、麻酔科
●病 床 数/ 100床(一般54床、地域包括ケア46床)
●開設年月日/ 2012年5月1日

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