2019

12/12

食物アレルギーをむやみに怖がらないで

  • インタビュー

  • null

神奈川県立こども医療センターアレルギー科 津曲 俊太郎 氏

食物アレルギーを持つ子供が増加し世間の関心が年々高まっている中、2012年に学校給食で食物アレルギーによって子どもが亡くなってしまった事故もあり、世間の風潮は近年食物アレルギーに対してより過敏になっている。食物アレルギーの治療法は、以前はアレルギーを引き起こす食材を除去するのが常識だった。しかし、最近では少しずつ食べさせて治療していく方が食物アレルギーの克服につながることが分かってきた。食物アレルギーの仕組みについて、最近分かってきたことや、最新の治療法について、神奈川県立こども医療センター・アレルギー科の津曲俊太郎氏にお話を伺った。

隔月刊ドクターズプラザ2016年11月号掲載

最新の治療法は少しずつ食べて治す

年々増える食物アレルギーの患者

―神奈川県立こども医療センターの概要を教えてください。

津曲 子どもや胎児のリスクが高い妊婦を対象にした高度先進医療を行っている、子どものための総合病院です。部門としては、総合医療部門、内科系専門医療部門、 外科系専門医療部門、こころの病気を診るこころの診療部門、そしてハイリスク妊婦と病的新生児・未熟児を包括的に診療する周産期医療部門、さまざまな医療サービスを提供する医療技術部門があります。また、肢体不自由児施設および重症心身障害児施設も併設しています。アレルギー科の患者さんは神奈川の方が多いのですが、かなり遠方から来られる方もいます。北海道や九州からだけでなく、アメリカからもいらしたことがあります。年齢層は0歳児から中学生・高校生まで幅広いですね。

―アレルギー科の患者さんはどの病気の方が多いのですか?

津曲 食物アレルギーが圧倒的に多いです。アレルギー科が診る患者といえば私が医者にになる前の時代はほとんど喘息の患者さんだったのですが、かなり医療が進歩して良いお薬がたくさん出てきたので、重い喘息で入院する患者さんは少なくなってきました。その代わりに食物アレルギーが増えてきたという感じです。

―食物アレルギーが実際に認知され始めたのは、最近のような気がするのですが。

津曲 食物アレルギーを発症する確率は徐々に増えてきており、10年ほど前は未就学児で3〜4%くらいだったのが、2013年では5%くらいまで上がっています。ただ、それは単純に患者さんが増えただけではなく、患者さん側の関心が高まったという側面もあると思います。そのきっかけの一つは、2012年に東京都調布市の学校給食で食物アレルギーのお子さんが亡くなったという事故です。牛乳アレルギーのお子さんが、チーズの入っているチヂミを間違えて食べてしまい、対応が遅れて亡くなったのですが、この事件をきっかけに食物アレルギーは怖いという意識が浸透し、多くの方が、自分の子どもの食物アレルギーはどうなのかをより気にされるようになったように感じます。

皮膚から感作する食物アレルギー

―食物アレルギーはどのように発症するのでしょうか。

津曲 人の通常の免疫応答を考えると、アレルギー症状というのはアレルギーを引き起こす物質(アレルゲン)が2度目に体の中に入ると発症します。例えば、大人が蜂に刺されたら、アナフィラキシーショックという命に係わる重い症状が出ることがありますよね。これは、1回目に刺された時は症状が出ません。初めて刺された後に、体に入った物質に対して体が抗体という免疫細胞を作ります。そして、2回目に刺された時にその抗体が反応して、アレルギー症状を起こすというわけです。

―でも、赤ちゃんの場合は、離乳食を食べさせて初めて症状が出ますよね?

津曲 そうなのです。ということは、食物アレルギーのある赤ちゃんは離乳食を始めるより前に何らかの形でアレルゲンが体内に入ってすでに抗体が出来上がっているということです。では、どうやって体内に入っているのかというと、どうやら皮膚から侵入しているということが分かってきました。食物アレルギーの患者さんは、アトピー性皮膚炎を発症していることが圧倒的に多いです。つまり、乳児期にアトピー性皮膚炎がひどくジクジク・ガサガサしている(肌の防御機能が破綻してしまっている)と、そのような肌からアレルゲンが微量ながら侵入し、皮膚から侵入することによってアレルギーを発症しやすい方向へ免疫反応が傾き、抗体が作られるということが分かってきています。これを「経皮感作」といいます。

―皮膚からアレルゲンが入るのですね。

津曲 一方で、口からアレルゲンが入ると、実はアレルギーは抑制される方向に働きます。これを「経口免疫寛容」といいます。人の体は自分の体ではないもの、すなわち異物が入ってくると普通は免疫反応が起きます。食べ物も異物なので、普通なら免疫反応が起きるはずなのですが、食べ物は栄養面で必要なものなので、免疫反応が起きないように人間の体のシステムがうまく出来上がっているのです(図1参照)。

 

図1:二重アレルゲン暴露仮説
DUAL- ALLERGEN- EXPOSURE HYPOTHESIS

出典:「Lack.G, Epidemiologic risks for food allergy, J Allergy Clin Immunol, 2008;121:1331-1336.一部改変」

―子どものころダメだったものが大人になると食べられることもありますよね。

津曲 はい。赤ちゃんに多い食物アレルギーは卵・牛乳・小麦なのですが、この三つのアレルギーは、7割くらいの患者さんは放っておけば自然に食べられるようになっていきます。それがなぜかは分からないのですが、おそらく赤ちゃんのうちは腸の消化や吸収が未熟なので、腸が成熟すると免疫システムも改善して自然にアレルギーが起きなくなってくるのではないかと考えられています。また、アトピー性皮膚炎も、多くの人は自然によくなっていくので、それにしたがって食物アレルギーの体質もよくなっていっているのかもしれないですね。

ただ、そば、ピーナツ、エビ・カニなどのアレルギーは赤ちゃんの時にはあまり起きないのですが、就学年齢に近づくにつれて発症していきます。これらのアレルギーは、一度発症すると治りづらいです。なぜそんな違いがあるのかはよく分かりません。そのほか、特殊なケースとして、今まで食べられていたけど急に食べられなくなることもあります。また、運動誘発アナフィラキシーといって、食べるだけだとアレルギー反応は出ないけれど、食べた後に激しい運動をするとアナフィラキシーショックが起きてしまうケースもあります。

―加工食品でもアレルギー反応は出ますか?

津曲 食物アレルギーは、食べ物の中のたんぱく質に対して抗体が反応を起こし症状が出るものなので、その原因の食べ物のたんぱく質がどのくらい入っているかが、症状の出る・出ないに関わってきます。例えば1枚当たり牛乳3㎖分の乳成分が含まれる食パンがあったとすると、牛乳1㎖でも症状が出てしまう人がその食パンを1枚食べるとアレルギー症状が出てしまうでしょう。しかし、牛乳5㎖までなら安全に摂取できる人であれば理論的には1枚食べても症状は出ないはずですよね。また、チーズは牛乳を濃縮して作っているので、牛乳と比べるとかなり高濃度の乳たんぱく質が含まれているのですが、牛乳が1㎖飲めるからチーズも1gは食べられると思って食べさせたら症状が出てしまったというケースもよくあります。加工食品は表示を見ると「卵白が入っています」等としか書かれてないのですが、実際は卵白がどのくらい入っているかが大事です。クッキーだったら卵は少ししか入っていないかもしれませんが、カステラになるとたくさん卵が入っていたりしますしね。

食物アレルギーは「食べて治す」

―食物アレルギーの治療方法を教えてください。

津曲 当院の治療方針は食べて治す治療が基本になります。すなわち前述した「経口免疫寛容」という体のシステムを意識した治療法です。赤ちゃんの時に食べられなくても、年月が経てば大部分の子は自然に食べられるようになります。しかし、小学校に入っても卵が食べられない、牛乳が全く飲めないという人は少なからず存在し、そのような子は放っておいても自然に治る確率はかなり低いです。そういった子を減らしていくには、1gでも食べられるのなら赤ちゃんのうちから少しずつでも体に取り入れていって慣らしていくことが重要であると考えています。

よって、当院では食物アレルギーのある子においても早期から積極的に食べていくよう指導をしています。もちろん、症状が出るのにそのまま食べ続けるわけにはいかないので、負荷試験などで安全に食べられる量を確認してからになりますが。その上で、残念ながら強いアレルギー体質が残ってしまった子に対しては「経口免疫療法」を行っていく方針としています(図2参照)。

 

図2:食物アレルギー児への対応

―経口免疫療法とは具体的にはどのような治療ですか?

津曲 まずは症状の出ない少量から摂取を始め、計画的に少しずつ量を増やしていきます。食べ続けることによって徐々にアレルギー症状が出にくい体質に変わっていき、治療前には症状が出ていた量を超えても不思議と症状が出なくなっていきます。具体的な方法としては外来でゆっくり増やしていく「緩徐法」と、1カ月弱入院をして一気に増やす「急速法」の二つがあります。経口免疫療法はまだ標準的治療として確立されたものではなく、施設によって方法も少しずつ異なっているのが現状ですが、当院の基本方針としてはまず緩徐法でやってみてそれでどうしてもうまくいかない人に対しては入院での急速法を考慮します。急速法に関しては、日本では2007年に当院で初めて、鶏卵アレルギーの女児に対して実施されています。当初は賛否両論があったようですが、10年くらい経った今では多くの施設で行われるまで普及してきています。

ただ、食べて治すと聞くと簡単にできて夢のような治療法のように聞こえてしまうかもしれませんが、実際はそれほど単純なものではありません。アレルギーを起こす食べ物を食べていくわけですから、安全を考慮して治療を進めていってもどうしても経過中に症状が出ることはあり得ます。また、食物アレルギーは普段は何ともなくても体調が悪いと症状が出やすくなることがあり、治療がうまくいったとしても症状が100%家で出ないとは言い切れません。ですから、食べさせるからには当然アレルギー症状が出る可能性があることをしっかり理解してもらう必要がありますし、もし症状が出てしまった場合の対応についてもしっかりと指導しています。

―家で食材を試す時はどのくらいの頻度ですか?

津曲 基本的には自宅では1日1回食べてもらいます。風邪を引いたり体調を崩したりした時は食べるのを休む必要がありますが、極力継続することを頑張ってもらいます。というのも、経口免疫療法によって食べられるようになった状態というのは、“継続して摂取しているから”食べられる状態を維持できているわけであって、決して食物アレルギーが治ったわけではないのです。つまり、継続して食べるのをやめてしまうとまた以前のように症状が出るようになってしまう可能性があるということです。しかし、中には毎日食べ続けること自体が辛くなってしまいなかなか食べることを継続できない子もいるのが現状で、その辺りが今後の課題かなと感じています。

―アレルギーを発症させないように、離乳食を与えるタイミングを遅くする親御さんもいるようですが。

津曲 まず離乳食を遅らせることで食物アレルギーを防げるかというと、それははっきりと否定されています。しかし、早い方がいいかというとまだはっきりとは結論が出ていません。ただ、まだ噛んで飲み込めない時期に口から食べさせるわけにはいかないので、ある程度適正な離乳食を始める時期を超えない範囲であれば少しずつ食べ始めてみればいいのではないかと私は思いますね。症状が出たらそれは仕方がないので、その時点で専門の先生と相談していけばいいと思います。ただ、離乳食を始める前からアトピーがひどくて、どうみてもこの子はアレルギーのリスクが高そうだなという人は、離乳食を始める前に検査して反応を見た上で、値が高いものに関しては病院と相談しながら食べるタイミングをみていった方がいいと思います。

―過敏になるのはよくないということですね。

津曲 海外では、あえて食べさせない人と赤ちゃんのうちから積極的に食べさせる人とでは結果的にどうなるかの比較をした研究もされています。もともとアレルギーのリスクが高い(アトピーの症状が重い)赤ちゃんを集めて二つのグループに分け、一つは4〜11カ月からピーナツのペーストを毎日食べさせ続け、もう一つのグループでは5歳までピーナツを食べさせないよう指導し、5歳になった時点でピーナツアレルギー児の割合に差があるか比較したところ、赤ちゃんのうちから食べさせていた子はほとんどピーナツアレルギーを発症しないことが分かりました。食べている限りはピーナツアレルギーにならず、一方で避けているとピーナツアレルギーになっている人が多いというわけです。

―アレルギーの診断にはどういう検査をするのですか?

津曲 一般的なのは血液検査です。血液検査の利点としては、結果が数字で出るのでその人の重症度が「ある程度」予測できることと、一人の患者さんにおいて経時的な変化を見ることができることです。あとはプリックテストという皮膚のテストもあります。プリックテストは、アレルゲンそのものを使います。例えば牛乳アレルギーが疑われるのなら、針で皮膚に血が出ない程度の傷をつけ、牛乳をそこに垂らします。それで、皮膚の反応を見て、虫刺されのような腫れが見られたら陽性です。こちらは、赤ちゃんのように採血が難しい場合でも簡単にできます。また、採血検査は検査会社である程度決まっているので、項目にないものなど特殊なアレルギーを調べたい場合は、アレルゲンそのものを使えばできるプリックテストが便利です。

―検査で陰性でもアレルギーということはありますか?

津曲 もちろんあります。例え検査で陰性でも、これを食べてこの症状が出たという関連性がはっきりあるのなら、食物アレルギーと診断されます。逆に、アレルギー検査をして反応が出ても、必ずしも食物アレルギーと診断されるわけではありません。食物アレルギーとはアレルゲンを食べて体にアレルギー症状が出ることをいいますが、食べて何も症状が出ない人でも検査をすると反応が出るという人は結構いるものです。取りあえず採血してみたところ反応が出たので、以降その食材が怖くなりずっと食べていない人が、その食べ物を食べてアレルギー反応が出るかというと必ずしもそうではないのです。最近の患者さんを見てみると血液検査の結果ありきの食物アレルギー診断を受けている人がかなり多い印象を受けます。そのような対応が不必要な除去を助長していると思いますし、結果的に食物アレルギーを増やしてしまっている可能性もあると考えています。アレルギー検査というものはあくまでも補助的な位置付けで捉えるべきです。

アトピーを治せば食物アレルギーも予防できる?

―アレルギーの治療の最新の考え方はどのようなものでしょうか?

津曲 食物アレルギーを発症する前に食い止める方法はないか、ということが盛んに研究されています。先に述べたように肌の状態が悪いからアレルギーを発症するのなら、早いうちからアトピーが悪化するのを防ぐことができれば、理論的には食物アレルギーを持つ人を減らすことができるはずです(図3参照)。医療はどの分野でもそうなのですが、まず病気があってその病気を治すところから始まり、最終的にはどう予防するかというところに行きつきます。食物アレルギーもだんだんそういう段階に来ているのではないかと思います。

図3:食物アレルギーの発症と予防対策

―アトピーとアレルギーって密接なのですね。

津曲 赤ちゃんでアトピーがひどく食物アレルギーを発症して、もう少しすると喘息が出てアレルギー性鼻炎・花粉症が出て、年を取るごとに疾患が枝分かれで出てくる現象を、「アレルギーマーチ」とよくいいます。学童近くで喘息やアレルギー性鼻炎を持っている子は、たいていアトピー性皮膚炎も持っている、あるいは過去にあった子たちだと思います。つまり、元をたどればアトピー性皮膚炎があるのです。アトピーを予防することは、喘息や鼻炎などの食物アレルギー以外の疾患にも関わってくると思うので、お肌をきれいにすることは食べ物だけではなく他の将来的なアレルギーの病気を防げる可能性を秘めていると思います。

―具体的にアトピーはどういうふうに治療していくのですか?

津曲 赤ちゃんのアトピーは正しいスキンケアを行えば比較的簡単に治ります。治っていない人は正しいやり方をしてないだけだとほぼ言い切れるので、病院に来た時に正しいケアの仕方を教えてあげればほとんどきれいになります。具体的にはステロイドの軟膏を十分量使う、体をきれいに洗うということなのですが、どこかで体は洗わない方がいいといわれて会うたびにひどくなっている赤ちゃんもいますし、ステロイドは不信の根が深いので使いたくないという方もいます。そのような人に対して、正しい知識を理解してもらえるよう教育していくことがとても難しいです。根気強くやっていく必要があります。

―津曲先生がアレルギー科で働こうと思ったきっかけは何ですか?

津曲 私が医者になったのが約10年前ですが、ちょうどそのころからアレルギーに対する考え方の認識が「積極的に食べたほうが治る」という方向に向きはじめていました。最初からアレルギー専門医になろうとは思っていなかったのですが、小児科医として最初に働いた病院にいらしたアレルギー専門の先生のもとで勉強させていただいた中で、アレルギーに対する新しい考えに触れたのがきっかけですかね。劇的に考え方が変わってくるタイミングでその分野のことをいろいろ学ぶのが面白いと思い、アレルギーを専門にしたいと考えるようになりました。

だから、積極的に食べさせることにあまり抵抗はないのですが、アレルギーについて詳しくない人にしてみればまだまだ食物アレルギーは危ない怖い病気だし、食べなければ症状が出ないのだから、取りあえず避けておけばいいと指導する方がいるのも仕方ないとは思う部分もあります。でも、私は当然患者さんが相談に来たら患者さんには食べながら治す考え方を指導しますし、もっとそういう指導ができる先生が増えて、一般的な考え方になることが大事だと思うのですよね。

―医師の中でも考え方の違いがあるのでしょうか?

津曲 実際に診療をしていてアレルギーに対する考え方の違いはまだまだ相当感じます。私もそろそろ新しい知識を周囲に啓蒙していかなければいけない立場になってきたと自覚しています。最近では患者さん向け、保育士さんや栄養士さん向けの講演会をやらせてもらっているのですが、そういう講演には意識の高い方が来るのである程度理解されている人が多いですし、講演を聴いてより理解を深めてくれます。本当に大事なのはそういうところに来ない人たちなのですよね。もっとそういった人たちに対して啓蒙する活動が大事だと思います。そこが一番難しいわけですが、私のできることを一つ一つ地道にやっていきたいです。

フォントサイズ-+=