2023

12/20

適応障害とPTSD ―ストレスとトラウマ―

  • メンタルヘルス

西松 能子
博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本外来臨床精神医学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

よしこ先生のメンタルヘルス(67)

誤解されがちな症状

適応障害は、誤解されやすいメンタル不調の代表格です。適応障害とは、あるストレス(心的負荷)に対して人が反応し、落ち込みや不安などで苦しみ、社会的な機能を損ない、それまでの当たり前の生活を送れなくなった状態です。周りの環境に適応できないことを適応障害と考えていることがしばしばありますが、これは誤りです。適応障害という病名は、ストレスの結果、その人本来の適応を維持できなくなり、それまでの生活を送れなくなった状態を指します。

一方、心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、心的外傷的出来事(トラウマ)に曝された後に生ずる特徴的な症状を指します。トラウマとは、震災やテロ、戦争、レイプなどを指します。実際にかつてあった恐怖体験を再体験したり、生き生きとそのことを思い出して感情を揺さぶられ、いま体験しているように感じたり、悪夢を見たりするなどの症状が起こり、つらい体験について思い出すことができなかったり(解離)、自分を過度に責めたり、周囲の世界を著しく恐ろしいものと見たりする現実検討力の低下が起こってくる障害です。その結果、それまで当たり前のように過ごしていた社会がすっかり変わって見え、それまでの社会的生活が送れなくなります。PTSDにかかった人たちは、それらの苦痛を死に物狂いで避けようとして、その場に居合わせないようにします。また、自分の価値や自分を取り囲む世界が絶望的なものに見え、恐怖心や怒り、罪悪感、恥など陰性な感情に生活が覆われるようになります。このところ外来には、心因をきっかけに、PTSDの症状によく似た症状を起こす方が増えてきました。

つらいことや許容範囲は千差万別

コロナ禍以降、PTSDを訴える方がよく来院されます。今私たちの外来にいらっしゃる方の多くは、「部長のパワハラでPTSDになりました」や「先輩のアカハラでPTSDになりました」と訴えます。部長のパワハラや先輩のアカハラは、実はトラウマとは言いません。しかしトラウマの定義に合わない出来事から、PTSDの症状(B項目)を引き起こす方が実際いらっしゃいます。マスコミや世間でよくいわれている「PTSD」は、「適応障害」という診断名に落ち着くことがほとんどです。トラウマとはされないレベルのストレスでPTSD症状を起こす一群の患者さんについて考えてみましょう。コロナ禍が人々の頭の片隅に常にあり、ウクライナやガザの悲劇をテレビやインターネットを通じていつも念頭にある社会では、多くの人が重層的な心の負荷を抱えるようになりました。

適応障害は、ある人が許容し得る一定の量、質を超えてしまった時に起こります。ある人にとっては、1カ月100時間を超えるハードワークは許容範囲ですが、パートナーの浮気は許容範囲ではありません。別の人にとっては、パートナーの浮気は許容範囲ですが、職場の上司からの叱責は許容範囲ではありません。一人一人のこころにとって、何がつらいことなのかは千差万別です。長い人生の中では、強みだと思っていたことが弱みになることもあります。逆に、弱点だと思っていたことが、人生を豊かにすることもあります。

一旦適応障害になると、現れてくる症状は似通っています。いわゆる不定愁訴といわれるような身体症状――動悸、息苦しさ、頭痛、下痢、生理不順など身体的不調感、行動化といわれるようなこころのつらさが不適切な行動となって現れてきます。例えば、反社会的な行動が現れたりします。また、落ち込んだり、被害的になったり、健忘を起こしたり、パニック発作に陥ったり、いわば精神症状のデパートメントストアのようです。適応障害では、うつや不安などのごく一般的な症状から、一時的な健忘や失立などの起こるとびっくりするような症状、PTSD症状まで幅広く出現してきます。これらの症状の結果、仕事に行けなくなったり、学校に通学できなくなったり、広範囲にわたって社会的な機能を損なってきます。

適応障害という病名で、PTSD症状を持つ方は、しばしば心因となる出来事以外に多くの心配事、懸念を抱えています。それまで責任から解放されたことのない人にとって、「適応障害になって責任から解放される」「仕事に行かなくていい、学校に行かなくていい」という経験は、受け入れ難いものとなることもあります。適応障害で苦しんでいる一方、「治りたくない」という気持ちが湧いてきます。苦しみに対する周囲の人の共感や同情は、居心地のいいものかもしれません。治療は、その人の人生を豊かにする場合もありますし、時には症状の固定につながる場合もあります。どうぞ治療がその人の人生を豊かにしますように。

フォントサイズ-+=