2020

05/28

病院のロビーや待合スペースはゆったりしていた方が良い

  • 病院建築

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服部 敬人
株式会社伊藤喜三郎建築研究所
執行役員 設計本部第二設計部長
一級建築士 認定登録医業経営コンサルタント

ドクターズプラザ2020年5月号掲載

病院建築(7)

今回は、ロビーや待合スペースといった「空間の広さ」の話です。空間というとちょっと堅苦しい感じがします。空間自体は空気のかたまりですから柔らかいもの? 認識しづらいものですよね。そして、空間のとらえ方は、基準が曖昧ですし、個人差もあるものですから、なかなか説明しにくい話題ではあります。しかし、建築の世界では「空間」という言葉をよく使うのです。

巨大になりがちな病院建築にあって

病院建築は街のようにさまざまな機能の集積です。設計の初期の段階では、そのさまざまな機能を、どのくらいの割合で分配するかを決定します。その後、病院スタッフとの各科ヒアリングにおいて、「狭い広い」の攻防が始まります。これを、「陣取り合戦」と呼ぶこともあります。当然、必要な空間を確保することはその通りなのですが、なかなか調整には苦労します。さて、その陣取り合戦、人間の居場所もさることながら、設備機器のスペースもバカにはなりません。建築そのものを稼働させる電気や空調、給排水のスペースに加え、医療機器のスペースも重要です。病院の歴史は、設備や医療機器の歴史であったといっても良いでしょう。実際、病院の建設費は、設備分野が構造や仕上げ材といった建築の分野を上回ります。このような機器のスペースは技術改良によるコンパクト化の一方で、新しい医療機器の登場による面積確保が必要になり、トータルでは簡単に縮小することもできません。

人間の居場所の方はどうでしょうか。病棟を例にとると、個室化、高級化(差額ベッド)、集中治療室の拡充(1床20㎡の推奨、個室は25㎡推奨)など、床面積は大きくなる方向です。また、近年は外来者のためのアメニティー空間に加えて、スタッフのための福利厚生環境の充実が求められています。このように巨大になりがちな病院建築にあってもなお、病院全体の面積をできる限り抑えるべく設計を進めなければなりません。そこで、コンパクト化のために狙われるのが、ロビーや待合スペースとなるのです。

ロビーや待合スペースはコンパクトで良いのか?

確かに、かつての総合病院では多くの外来者のために、広いロビーや待合スペースが計画されました。現在は、院外薬局化や、予約診療、再来受付機、自動支払機、順番呼出といったシステムの導入により、必要以上に広くしない傾向にあります。その結果、待合場所の固定化の解消や、プライバシーの確保等、さまざまな効果が期待できています。その一方で、大きな病院であっても、コンパクトに設計する例も見受けられ、少しバランスが良くないなと感じることもあります。コンパクト化を新しいシステムや運営でカバーすることは可能です。しかし、病院の大小や用途により違いはありますが、「やはり、病院のロビーや待合スペースはゆったりしていた方が良い」と思うのです。理由は3点ほどあります。

災害と高齢化に対応した空間として

一つ目は、災害時のトリアージスペースとして機能させるためです。このことは、病院の立地や規模、種別、運営理念により、計画内容に差異はあっても、昨今の災害発生の頻度を鑑みる、誰もが理解できることでしょう。
二つ目は、高齢化です。厚労省の病院患者調査によると、外来患者における75歳以上の後期高齢者の割合は、平成20年には4人に1人でしたが、平成29年には3人に1人になっています。今後、しばらくはさらに増えることが予測され、車椅子の使用、介助者の付き添いによるスペースの確保が求められます。そして、何よりも私が注目するのは、高齢化により患者の移動スピードが鈍化することの影響です。このことは、病院に限らず、公共空間のどこにでも見られる現象です。今後、設計者が認識していかなければならない予見です。

感染のリスクを減らすために

三つ目は、感染症です。近代の看護システムを切り開いたフローレンス・ナイチンゲール考案の「ナイチンゲール病棟」が、今見直されています。患者に向き合う看護の観点とともに、療養環境として優れているとの評価です。患者1人当たり約6畳、ベッド間隔1.5mの広さ、天井まで伸びた縦長の窓からの換気の確保は、感染症に対応した病室としての特徴です。さらに特筆したいのは、天井の高さが4.8mと、気積を大きく確保している点です。個室化が進み、空調設備が整っている現代の病院は、そこまで天井を高くしなければならない理由はないでしょう。しかし、換気効果の考え方は共有できます。過去に豪華過ぎると言われた総合待合の吹抜け空間も、ある意味、理にかなっているということもできるのです。

日本人のパーソナルスペース(他人に近付かれると不快に感じる空間=対人距離とも呼ばれます)は、欧米人の3分の1程度とのデータもあります。ただでさえ、小さな空間に違和感を持たないわれわれにとって、病院での感染リスクを減らすためにも、「ゆったりとしたロビーや待合スペース」の設計は、今後問われるべきテーマではあるでしょう。

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