2019

01/30

寝付きを良くするには?

  • 睡眠

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)

DRP Healthcare magazine vol.3掲載

よしこ先生の睡眠の話

★よく寝るための3条件

すでにお話ししたように、現代社会はヒトの発明した電灯や飛行機などさまざまな文明の利器によって、睡眠が妨害されている時代です。ジェットラグは飛行機がもたらすだけではなく、3交代勤務や夜勤のみの仕事などによっても、社会的ジェットラグと呼ばれる状態が引き起こされます。近代社会になって、ますます私たちの睡眠は短時間化しています。短い睡眠の上に、さらに寝付くのに時間がかかる、床に就いてもなかなか眠れない、となると悩みが尽きません。

日本人の5人に1人は、眠りについて悩んでいるといわれています。日本の成人の7.4%(約14人に1人)が寝るために睡眠薬を用いています。床に入っても寝付くのに30分から1時間以上かかり、苦痛を感じたり、生活に支障がある場合を、医学的に入眠困難と言います。寝付きにくい日は、振り返ってみると、よく寝るための3条件が整っていない日に多いのではないでしょうか。よく寝るための3条件とは、第一に日中にしっかり起きて動いていること、次にいつもと同じ時間に床に入っていること、寝る場所が安全で安心できる場所であること、といわれています。つまり、脳が充分疲れ、概日リズムに従い、安全な場所にいることによって、ヒトは寝付くことができるのです。

寝付くためには、日中の充分な活動によって脳脊髄液の中にプロスタグランジンD2が蓄積され、アデノシン神経系を通して眠りを引き起こす視床下部のGABA 神経系を働かせ、GABA 神経系が覚醒中枢の結節乳頭体のヒスタミン覚醒系を抑制することが必要です。起きてしっかりと活動した時間に比例して、私たちの脳脊髄液の中には、プロスタグランジンやメラトニンなど、眠りを誘う物質がたまっていきます。また、条件反射のように、「大体この時間になったら眠たくなる」というのは、24時間のリズムを刻む体内時計の働きです。この体内時計によって、血圧や体幹の温度を下げる働きが作動し、体全体を休息態勢に入らせます。この時また、脳も自然に休息態勢に向かい、睡眠に入っていきます。「起きている」というスイッチは、ヒスタミン覚醒系を抑制することによって、切られます。

つまり、寝付きを良くするためには、概日リズムをつけ、充分日中活動し、安心安全な場を作ることが大事です。まず、一定の時間に床に就き、ベッドや寝床が寝るための場所であることを脳に教えましょう。もしあなたがベッドの上で勉強をしたり食事をしたりする習慣を持っていたら、少しずつ「寝るためだけのベッド」に変えていきましょう。寝室を遮光カーテンや雨戸で暗くし、光を遮断し、メラトニンの産生を促進しましょう。人の声やペットの鳴き声がすると、安全ではないと脳が誤解します。そんなわけでテレビやラジオをつけたまま寝るのは好ましくありません。日中座り仕事で体を動かさない人には太古の活動と同じような運動も大事です。しかし、運動は交感神経を活発にするので寝る直前は避けましょう。運動は一時的に体温を上げますが、その後下がってきます。下がる時に体幹を冷やし寝付きやすくします。汗をかいたり、床に入って手足が温かくなるのは、体表から熱を放散し体幹を冷やしているのです。

私たち人類は生態系では中位の「食べられる存在」でした。いつ狼や虎が襲ってくるか分からないような安全が保障されない環境では、覚醒のスイッチを切れないのです。私たちにとって安全と感じるためには、物理的な安全はもちろんですが、心理的安全も重要です。現代人にとっては、心理的ストレス、特に対人関係のストレスが大きいといわれています。リラックスできる環境をつくることも大事ですが、私たち自身の中にあるストレスを解放する方略を身に付けることも、寝付きを良くするためには重要であるように思います。寝付きを良くするために、心のストレスを解放する方略が見つけられるとよいですね。

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