2021

01/11

ワクチン開発とCOVIDー19

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学
生産環境経営学部 准教授
日本医療・環境オゾン学会 理事
日本機能水学会 理事

ドクターズプラザ2021年1月号掲載

微生物・感染症講座(71)

はじめに

中国・武漢で新型のコロナウイルスが発生したとの報告から、早いもので1年がたちます。世界では都市封鎖(ロックダウン)や緊急衛生戒厳令が敷かれ、日本でも非常事態宣言、外出自粛などを経験しました。欧州では、当初見つかったウイルスとは遺伝学的に変異しているウイルスによって第2波が引き起こされた可能性を、スイスのバーゼル大学が10月末に報じ、この状況がどこまで続くのかと不安が強まっています。一方で、国内外の製薬会社・研究機関によって、精力的にワクチン開発が進められています。これまで多くのウイルス性感染症がパンデミックを起こし、ワクチンが無くても終息してきましたが、1日でも早くこの恐怖から解放されるには、安全かつ効果の高いワクチンや治療薬の開発が望まれます。今回はCOVID‐19対策を意識しながら、ワクチンについてお話しします。

ワクチンとは

ワクチンは、感染症の治療薬ではありません。「予防接種」と呼ばれますが、ワクチンを接種したからといって、対象の感染症に100%罹患しなくなるわけではありません。ワクチン接種は、私たちの生体防御システム(記憶免疫の獲得)を利用した、感染予防、重症化予防策です。私たちの身体には、微生物などの異物が侵入した際に排除しようとする生体防御機構が備わっています。その1つに、決まった異物を補足して排除を促す抗体があります。初めて認識した異物に対して抗体を作るには1週間以上の時間がかかりますが、1度経験のある異物は免疫細胞が情報を記憶し、2度目以降の侵入時に素早く強力な抗体を産生することができます。予防接種は、あらかじめ病原体を弱毒化、不活化、あるいは感染パーツの一部を投与することで、病原体の1度目の侵入を人工的に行って、この生体防御システムを発動させているのです。そのため、免疫細胞が記憶できなかったり、2度目以降の侵入時に病原体が変異していたりすると、十分な効果が得られない場合もあるのです。

現在国内で認可されているワクチンには、病原体を生きたまま接種する「生(弱毒化)」ワクチン、病原体の感染活性を除いて接種する「死滅(不活化)」ワクチン、病原体の一部分を接種する「成分(コンポーネント)」ワクチン、毒素に対する「トキソイド」があります。公衆衛生上、流行すると社会的影響が大きな感染症は定期接種、流行地への渡航など個人での予防が必要な感染症は任意接種で行います。

コロナウイルスワクチンの開発状況

現在、国内で開発が進められているSARS‐CoV‐2ワクチンは5件で、そのうちの1つが従来型の
不活化ワクチン開発ですが、その他は新しいワクチン開発技術によって行われています。また、主な海外の開発状況でも、従来型とは違ったワクチン開発が進められています。そのため、早急なワクチン開発や接種義務化に対して、国内外の有識者から安全性を危惧する声が上がっています。

新しいワクチンがどのようなものかというと、ウイルスのタンパク質を遺伝子組み換え技術で作成する「組換えタンパクワクチン」、ウイルスのmRNAのみを投与して身体の中でウイルスタンパクが合成されて抗原となる「mRNAワクチン」、同様にウイルスのDNAのみを投与する「DNAワクチン」、SARS‐CoV‐2の遺伝情報のみを別のウイルス(センダイウイルス)に載せて投与する「ウイルスベクターワクチン」などです。これらを単独、あるいは組み合わせたワクチン開発が進められています。

コロナウイルスワクチンは完成するのか?

海外では既に臨床試験の最終段階に進んでいるSARS‐CoV‐2ワクチンもあるようですが、なぜSARS‐CoV‐2のワクチン開発には新しい技術が用いられているのでしょうか。私たちがこれまでに経験してきた予防接種の対象感染症は、全身感染する可能性を有する病原体がほとんどです。ワクチンによって作られる抗体には5種類あって、その多くがIgGと呼ばれる血清中に最も多く含まれる抗体で、ウイルスが全身感染する際に働きます。しかし、SARS‐CoV‐2は気道粘膜および腸管粘膜に局所感染するタイプのウイルスで、血流に乗って全身感染することがありません。そのため、ワクチンでIgGを大量に作っても、効果を発揮する保証が無いのです。むしろ、粘膜に出現するIgAを作る、活性化することが求められます。さらに、これまで風邪の原因となるコロナウイルスに対しては、記憶免疫が十分に働かないことも分かっています。こうしたことから、従来の手法によるSARS‐CoV‐2に有効なワクチン開発は難しいと考えられ、新たなタイプのワクチン開発技術によって行われているのです。

SARS‐CoV‐2ワクチンの完成は誰もが願うことですが、効果はもちろんのこと、安全性についてもエビデンスに基づいて十分な検討がなされるよう、期待しています。

 

謝 辞
機能水シンポジウムにおいて御教授、御助言頂きました、神奈川県衛生研究所 高崎智彦所長に御礼申し上げます。

 

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