2024
08/07
5つの役割を担う保健行政アドバイザー
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国際医療
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海外
~立場の違う人たちが議論して、知恵を絞って考える国際保健~
海外で活躍する医療者たち(42)
職場環境の問題によって生まれるギャップ
――野田先生は、2021年6月から3年間、保健行政アドバイザーとしてセネガルで活動したそうですね。
野田 はい。JICAの専門家派遣には、技術協力プロジェクトと個別専門家派遣の2つのタイプがあります。保健行政アドバイザーは後者で、セネガルの保健省の大臣官房技術顧問というポジションで仕事をしてきました。
――3年の任期の間、どのような業務を行ったのですか。
野田 大きく5つの役割があります。
1つ目は、JICAが保健セクターで行っているプロジェクトなどの事業に対して、より成果が上がるようにアドバイスをしたり、次なるプロジェクトを作ったりする支援です。2つ目は、大使館、日本企業、大学などJICA以外のセネガルの保健医療分野で活動する、または進出しようとするすべての日本の関係者の相談に乗ったり、アドバイスをしたりすることです。3つ目は、現地の保健省に対する支援です。例えば、糖尿病や高血圧の治療指針、新しい母子保健の戦略など、行政文書を作成する場に参加して、日本やこれまでの派遣国の経験に基づき助言や提案をしたりします。4つ目は、WHO、ユニセフ、世界銀行などさまざまなパートナーとの連携を生み出すこと。5つ目はJICA、外務省、保健省に対する中長期的な提言です。
――とても幅広い役割が求められるのですね。例えば、日本の企業や大学に助言するには、セネガルのことをよく知る必要があると思うのですが、意識して取り組んだことはありますか。
野田 私の場合はアフリカで働くのは初めてだったので、最初の1年はセネガルの保健医療の状況を把握するために、4つのことに取り組みました。
1つ目は、JICAが現地で行う調査ミッションに同行すること、2つ目はプロジェクトを視察して現場を見て話を聞くことです。3つ目は、保健省の活動に参加することです。例えば、年に1回行われる、保健省の関連部局とわれわれのような開発パートナーが合同で詳細に保健医療現場の課題を探る活動や、保健省のいろいろな委員会の会議に参加しました。4つ目は、保健省が実施するワークショップを支援する形で、準備の段階から最後まで関わりました。一参加者として参加するより、保健省の人の働き方など深くて広い情報を得ることができました。
――セネガルの状況を知っていく中で、どのようなことを感じましたか。
野田 日本の会議では黙っている人が多いですが、セネガルでは皆さんがよく発言するのでディスカッションが盛り上がります。当然会議は長くなりますが、食事も取らずに一日中議論していることもあって、真面目でタフな人たちだなと思いました。意見をぶつけ合うことで、良い考えも出てくるのだと思います。実際、戦略文書、プロトコルなどの行政文書は、既にたくさんあり、内容もよくできています。でも現場では、必ずしもうまく機能していない。このギャップが大きいと感じました。
――ギャップが生まれてしまう原因は何だと思いますか。
野田 いろいろな原因があると思いますが、一つは職場環境が悪いことでしょう。インフラストラクチャーや建物という環境もありますが、人員が少ない、機材が足りない、もしくは故障している、薬も不足しているなど、セネガルにも低中所得国に共通の問題があります。いろいろなパートナーの支援もあり状況は良くなりつつありますが、まだ十分ではありません。
給料が安いので、ストライキも多かったですね。こういった複合的な職場環境の問題が大きな原因だと思います。
日本の支援に期待が懸かる病院の質改善
――セネガルで先生が担ってきた役割のうち、新しいプロジェクトの形成支援について聞かせてください。具体的にはどんなプロジェクトを作ったのでしょう。
野田 プロジェクトは、まず支援相手国の保健省がプロポーザルを作成して日本政府に提出し、日本政府に採択されると具体的に進み始めます。詳細を詰めるための調査団が現地を訪れるなどして、準備を整えてプロジェクトがスタートします。
今回私が形成に関わったプロジェクトの一つは、生活習慣病の対策である非感染性疾患対策強化プロジェクトで、私がセネガルに赴任した時点でプロポーザルは書かれていました。私は、プロジェクトの詳細計画の作成のほか、オペレーションに必要な情報を提供したり、議論したりしました。一番大切なのは、保健省の担当部局との人間関係作りですね。実際にプロジェクトの日本チームが来た時に、スムーズに立ち上がりました。
もう一つは、病院におけるサービスの質改善プロジェクトです。このテーマは私なりの現状分析の結果JICAに提案したものの一つですが、保健省側からも提案があり、両者が共同してプロポーザルを作成して、2024年4月に日本政府に採択されました。来年に開始されることになっています。
――生活習慣病の問題は、セネガルでも顕在化しているのでしょうか。
野田 高血圧や糖尿病などの生活習慣病に起因する脳卒中や循環器疾患などは、アフリカでも死亡原因のトップ10に入っており、どんどん順位を上げている状況です。セネガルでは2013年には、生活習慣病の対策課ができました。
JICAは、アジアでは生活習慣病対策のプロジェクトをいくつか行っていますが、アフリカではこのセネガルのプロジェクトが初めてで、2023年4月から始まっています。
――もう一つのテーマである病院におけるサービスの質改善は、高度で難しい取り組みなのではないかと思います。
野田 そうですね。これまで保健省も開発パートナーもいろいろなことを推進してきましたが、量の拡大が中心でした。保健サービスが行き届いていないことが、一番の問題だったからです。量の問題も解決したわけではありませんが、そろそろ質の改善にも取り組む時期に来ていると思います。質に対する対策局も2018年に立ち上がっていましたが、今回のプロジェクトによって本格的に取り組むことになります。この分野は支援しているパートナーが少なく、日本に対する期待が大きい分野でもあります。
――なぜ日本への期待が大きいのでしょう。
野田 実はJICAは妊産婦さんを人間として尊重するケアや5S活動を通じた病院の職場環境の改善などを以前より支援しており、保健省としては質といえばJICAと考えています。また、日本の支援の仕方と関連しているのだと思います。日本の協力のスタイルは、日本人の専門家が現場に張り付いて、一緒に問題を考え、ソリューションを考え、実践していきます。質を改善するのはとても難しいことですし、その国によって求めるレベルも違います。現場に寄り添って、丁寧に取り組んでいかないと変えることはできませんから、日本のスタイルに合っている分野だと思っています。
――では、中長期的な提言についてもお聞かせください。例えば保健省に対しては、どのような課題に関する提言をしたのでしょうか。
野田 私が一番課題だと思ったのは、医療費が高くなってしまうことです。本来は必要でない医療サービスが提供されているおかげで、国民の負担が大きくなっていることが気になりました。限られた予算は、無駄なく、効果的に使う必要があります。
グローバルヘルスの中では、2015年からユニバーサルヘルスカバレッジがメインテーマになっています。これには、医療サービスがしっかり届くこと、そのサービスを支払い可能な金額で提供すること、という2つの軸があります。そして家計の医療支出が過剰になることを防ぐ制度として、医療保険などの医療保障制度があります。
セネガルでも医療保険の充実にも取り組んでいますが、財源が潤沢ではありませんから、無駄なサービスは避けなければなりません。やはり、質を上げる必要があるということにつながってくると思います。
日本での臨床と国際協力の両立も可能な時代
――2024年の5月にセネガルから帰国したばかりだそうですが、現地の生活はいかがでしたか。
野田 私は首都のダカールに滞在していましたが、とても住みやすかったですね。まず気候。ダカールはアフリカ大陸の最西端の街で、海に突き出しています。海に囲まれているので、他の地域ほど暑くなりませんし、寒暖差も少なかったです。
食事もおいしいです。セネガルは「西アフリカのグルメ大国」と呼ばれているようで、海産物だけでなく、料理がバラエティ豊かでおいしかったですね。セネガルの代表的な料理である「チェブジェン」は、ちょうど私の赴任中に、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。チェブが米、ジェンが魚という意味で、魚と野菜がたっぷりの炊き込みご飯のようなもので、とてもおいしいです。
アートも盛んで、街もカラフルで楽しいです。壁に落書きのように描かれた絵も、ものすごくクオリティが高いです。
またセネガルは「着倒れの国」ともいわれるそうで、カラフルで、男性も女性もおしゃれです。セネガル人はスッと背が高いので、何を着ても映えます。黒人のスーパーモデルもセネガル人が多いそうですよ。
――先生も、現地の服をお持ちですか。
野田 はい。グランブーブーという民族衣装を3着持っています。1つは自分で買ったものです。深いエメラルドグリーンの落ち着いた感じで、仕事着にしていました。2つ目は、きれいな水色で薄っすらと模様があしらわれている生地の素敵なブーブーで、非感染性疾患対策課の10周年記念の時にプレゼントとしていただきました。イスラム教の重要なお祈りの時間がある金曜日には、男性も華やかなブーブーを着るので、私も真似をして金曜日に着ていました。
もう一つは私が帰国する時に、いつもランチを買っていたお弁当屋のおばちゃんがプレゼントしてくれたもの。濃い青とオレンジ色の柄が入っていて、すごく華やかです。
――先生は国際保健に長く携わっておられますね。
野田 そうですね。気が付けば23年目になりますが、相変わらず面白いと感じています。一番面白いのは、一緒に考えていくことです。現場の問題は複合的です。一人の専門家がいれば片付くようなことではなく、私が持っている専門性はごく一部にすぎません。いろいろな立場の人が集まってディスカッションすることで、良い意見が出てくる。皆で知恵を絞って考えていくのが楽しいですね。
――最後に、国際協力に興味のある読者にメッセージをお願いします。
野田 低中所得国の問題は、母子保健と感染症から非感染症疾患にシフトしてきていますし、低中所得国の医療者のレベルも高くなってきています。以前は、日本での臨床と国際協力の両立は困難でしたが、国内外の状況が近づいてきて、さらにITによってリモートなども可能になっているので、日本で医療者として働きつつ、国際協力にも関わるということも可能だと思います。こういう時代になっていることを理解して、国際保健の分野にもチャレンジしてほしいですね。
また人の健康は、生活、社会、文化など、さまざまな環境の影響を受けています。グローバルヘルスでも環境問題は重要視されているので、人の健康に対してより広い視野を持ってほしいと思います。
セネガル共和国(Republic of Senegal)
●面積:197,161㎢
●人口:1,732万人(2022年、世銀)
●首都:ダカール(Dakar)
●民族:ウォロフ、プル、セレール等
●言語:フランス語(公用語)、ウォロフ語など各民族語
●宗教:イスラム教、キリスト教、伝統的宗教
(令和6年4月12日時点、外務省ウェブサイトより)