2024
12/04
在宅医療とがん
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在宅医療
院長
梅野 福太郎
在宅医療(5)
ケース①;Aさん(74歳、男性)
肺がんの診断で化学療法を施行したものの効果が乏しくなったため、積極的な治療は困難となり、BSC(Best Supportive Care=がんに対する積極的な治療を行わずに症状緩和の治療のみを行う)に。病院からの打診で訪問診療へ切り替えとなる。初回訪問時に、「訪問診療をと言われたから手続きをしてみたが、今後病院には行けるのか?」と不安を見せ、訪問診療の役割をしっかりと理解していない様子。
ケース②;Bさん(68歳、女性)
膵がんの診断で治療していたが、痛みが強くなり入院。食事も取れなくなり、高カロリー輸液を施行。積極的な治療は終了しており、自宅退院したいというご本人の強い希望で退院となる。退院日同日に訪問診療開始。
「入院中は絶食だったけど、口から食べたいんだよ。先生、食べていいかい?」とBさん。
今回は、AさんとBさんのケースから「在宅医療」と「がん」について考えたいと思います。
手術や化学療法などがん治療の進歩
訪問診療は、寝たきりまたはこれに準ずる状態で通院困難な方に対して自宅に訪問し診療します。脳梗塞などの脳血管疾患やパーキンソン病などの難病、加齢など廃用症候群に対して介入し、穏やかな慢性経過をたどる方が多くいらっしゃいますが、多くご依頼を頂くのが、がん末期の方です。
最近の手術は、腹腔鏡などの内視鏡手術や医師が遠隔で操作するロボット手術など、より高度化、精密化してきています。また化学療法は従来の抗がん剤以外に分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬という薬剤も登場し、月単位だった生命予後が年単位に伸びるなど医学の進歩は著しいものがあります。一方、選択肢が多岐にわたり、どの治療をどの段階まで選択するか。受ける側のリテラシーも必要となってきたとも言えます。
通院と訪問診療を上手く利用する
がんの末期となり極力病院に通院し、通院が困難になったら入院を選ぶ方もいらっしゃいますが、自宅で過ごしたいというケースに対しては訪問診療が提案されることが増えました。
がん末期の方に対して、訪問診療で提供するサービスの主な役割は緩和ケアです。がんへの積極的な治療が難しくなった場合に、緩和ケアに移行すると考えられがちですが、本来は抗がん剤など化学療法による治療を行いながら痛みを取ったり、精神的なサポートをしたりと末期に限らず緩和ケアは必要と考えられます。
ただ、積極的な治療が難しくなった段階では、緩和ケアの役割はより重要になります。
在宅医はある意味、緩和ケアを専門として関わっていく職種ともいえます。
訪問診療の役割をしっかりと説明し、適切に理解していただけないと病院に見放された、という思いに駆られることもあり、冒頭のAさんのようになります。その場合は病院の次回通院予約を念のため取ってもらったり、緩和ケアの登録をし、必要な際は検査をお願いしたり、入院できる体制にすることで、その不安を払拭させることができます。
また例えば、がん性疼痛に対してモルヒネなど含む医療用麻薬(オピオイド)であるオキシコドン塩酸塩水和物散という薬があります。がんによる痛みに対して屯服できますが、1時間おきに追加内服が可能です。また、痛みに対する薬の効き具合によっては、1回にまとめて2包で内服という運用に切り替えることもあります。
これらの細やかな服薬方法は、日々のやり取りの中で報告を受け、相談しながら決めていくことができます。外来通院のみでは、そこまでの日々の対応は難しいかもしれません。そのような病院への通院と訪問診療の役割分担を十分に説明することで、納得して訪問診療を利用していただけるのではないかと思います。
また、冒頭のBさんのようなケースでは、自宅でその人らしい選択を、医学的な見地とリスクを考慮した上で、本人や家族と共に考え判断していくことができます。だからこそ、「ではひと口ずつアイスを食べてみましょうか?」といった判断がしていけるのだと思います。
訪問診療が関わる期間
がん末期の方への訪問診療の介入が依頼されるのは、どのケースも同じようなタイミングで、ある調査によると、その介入期間は平均約1カ月とされています。つまり、訪問診療が始まって1カ月程度でお亡くなりになることが多いということです。
ただ、がんの種類や年齢により個人差があるので、お別れまで数カ月のこともありますし、逆に数日ということもあります。
もちろん、少しでも穏やかに長く生きていただきたいのですが、事実を受け止められるように特にご家族には、やや厳しめの生命予後(残された期間の予測)をお伝えすることがあります。だからこそ残された期間を少しでも、後悔のないように最善を尽くして過ごせるのだと思います。
あらゆる苦痛を取り除く
訪問診療、在宅医によってあらゆる苦痛に対してアプローチします。痛みや倦怠感、吐き気、痒み、不眠、便秘など多様な生活上の苦痛を取り除くべく、投薬と生活指導を行います。主に訪問看護の看護師との連携にて対応します。
単純な医療行為のみを考えると、常に看護師や医師が常駐している病院に分があると思われがちですが、ある満足度調査によると自宅でも、入院に比べてそれほど遜色ない治療を提供できていることが分かります。それは医療者による医療行為だけでなく、自分らしく過ごせる住み慣れた自宅という環境において、慣れ親しんだ家族と共に日常を過ごす。そして自分のために自ら選択をするからこそ、満足感を得られるのだと思います。