張野 春菜 さん

福島県立大学医科大学 医学部5年

2026/11/04

お世話になった地域に還元できる医師に

医療系学生インタビュー(79)

災害医療を学ぶため、福島へ

―医師を目指したきっかけを教えてください。

張野 小さい頃に通っていた小児科の医師に憧れ、医師を目指すようになりました。実は高校生までは、医師になろうと考えたことはなかったんです。進路を決めるにあたってこれまでを振り返った時に、幼い頃の小児科の先生のことを思い出したのがきっかけでした。病院が苦手な子どもは多いと思いますが、私はそう思ったことがなかったんです。それは先生が、小さい子が病院を嫌にならない工夫をしてくれていたのだろうなと思い、先生の素晴らしさを実感しました。

―福島県立医科大学を選んだのはなぜですか?

張野 小学生の頃から災害対応へ携わることに興味があり、自分の目指す医療と災害が結び付いたことがきっかけです。私の中で、東日本大震災が一番印象に残っていたので、東北にある大学、その中でも放射線による災害を経験した福島県で学ぶことが、大きな糧になるのでは? と考えるようになりました。東日本大震災が起きた当時はまだ8歳でしたが、父が仙台に出張していたこともあって、ニュースを追いかけていました。失われた命と救われた命、両方の報道を目にする中で、大人になったら、災害現場で多くの人の生活や命を救うために活動したいと考えるようになったんです。

―現在の学生生活について教えていただけますか。

張野 今は5年生なので、授業は実習がメインです。小児科で実習した際は、摂食障害の中学生を担当させていただく機会がありました。会話のキャッチボールを意識しながら何日もかけて患者さんと対話を試みた結果、実習後に主治医の先生から、「これが食べられるようになった」「少しずつ本音で話せるようになった」と患者さんの様子をフィードバックしていただけました。改めてコミュニケーションがいかに大切かを考えさせられる機会であり、それをきちんとできる医師になりたいと感じました。

課外活動としては、これまでバレーボール部や管弦楽団に入ったり、オンラインで家庭教師のアルバイトをしたりしました。また、1年生から災害医療についての学びを深める学生団体「DMAS」に所属し、2年生の時には「DMAS」の先輩から誘っていただき、「災強のすけっと」の設立メンバーとして活動を始めました。

「NPO法人災強のすけっと」の設立と活動

―「NPO法人災強のすけっと(以下、災強のすけっと)」は、いつ設立されたのですか?

張野 「災強のすけっと」は、「災害に強い社会を作るためのお手伝い」をモットーに、10名の学生で始めた活動です。2023年に活動を始め、2025年11月にNPO法人となり、現在は約40名で活動をしています。

―「災強のすけっと」の活動を教えていただけますか。

張野 学生のアイデアは、資金がない、人脈が足りない、実績がないなど、さまざまな要因から発信されないまま消えてしまうことが多いのが現状です。そこで学生がもつ「こうしたら災害に強い社会を創れるのでは」というアイデアを形にするためのお手伝いをしています。助成金を取得したり、そのノウハウを共有したりしながら、アイデアを形にしていくことを目指しています。現在4つのプロジェクトが動いていて、私は「災強バッグPJ」という防災バッグのプロジェクトを担当していました。大学時代に一番夢中になって取り組んだプロジェクトです。

―「災強バッグPJ」について教えていただけますか。

張野 最近は防災バッグを用意されている方も多いと思いますが、よく紹介される「必要なものリスト」をバッグに揃えると、実は9kgを超えてしまうんです。子どもはこれを背負って避難できないのでは? という視点からコンテンツを考えて、「持てる!使える!きみだけの災強バッグ」というカードゲームを考えました。自分が持てる物、かつ自分が必要な物を、自分自身で考えようというゲームです。カードには、いろいろな物のイラストが描かれていて、裏面には重さを記載しています。選んだカードの合計の重さを計算し、その重さのペットボトルを背負って、子どもたちに重さを体感してもらいます。そこから、自分で持てる重さにするために取捨選択し、災強バッグを完成していくというゲームです。

さまざまな自治体からカードゲームを使ったレクチャーを依頼されるので、私たちがいなくても実施できるように教材を作ろうと、仙台市の助成事業に応募して採択していただきました。実際に小学校の特別授業などで教材として使っていただいています。このように、防災について考えるハードルを下げて、自分ごとにしていくことが大切だと思っています。

災害医療は基礎を学ぶことが重要

―これまで影響を受けた人はいますか?

張野 大学のしまじろう先生から、多くのことを学びました。まず「災害は医療だけではない」ということ。災害の現場では自助、共助、公助の視点があり医療は公助に入ります。ただ公助の中には、医師だけでなく自衛隊や行政、物流などさまざまな役割があることを教えてくださり、視野を広げてくださいました。また、私は災害医療に興味が集中し、1、2年生の頃は基礎系の授業にあまり興味が沸かず、勉強に身が入らないことがありました。そんな時、しまじろう先生から「1対1で患者さんを診ることができなければ、1対多数の災害現場では何もできない」と言われたんです。きちんと基礎を学んだ上で、災害医療に取り組むことの重要性を理解することができました。

両親や先輩からも多くの影響を受けています。やってみたいことがあるならとりあえずやってみようと背中を押してくれることが多く、それが今の活動や考え方につながっていると感じています。

―好きな言葉はありますか。

張野 「送ったらワクワクする方へ」という言葉です。もしかしたら失敗するかもしれない、とかこっちの方がうまくいくかもしれない、とか結果に依存する考え方ではなく、「いま」自分が楽しむことができるかを大切にしたいからです。楽しむことができれば、反省することはあっても後悔はしないし、より素敵な結果になると信じています。

―将来はどのような医師になりたいですか?

張野 福島が大好きなので、卒業後も福島に残り働きたいです。そして、災害と小児・地域の架け橋となるような医師になりたいです。災害に関しては、急性期だけでなく防災や慢性期など、幅広い視点を持って取り組んでいきたいと考えています。ゆくゆくは、小児科医として在宅診療をやってみたいと考えています。

お世話になっている先生方からいただいた学びを、地域だけでなく学生にも還元できるように活動していきたいと思っています。

―最後に、後輩たちへアドバイスをお願いします。

張野 「やってみたいことは、まず口に出す」ということを、実践してみてほしいです。私自身、口に出してきたことで、さまざまな活動につながってきました。もちろん周りの方々が背中を押してくれて、協力してくれた結果ですが、まずは口に出さないとスタートにも立てないまま終わってしまいます。学生という肩書きがある方が、活動に注目されやすいとも思いますし、やりたいことは、どんどん口に出してみてください。医師になるためには勉強だけが全てではないので、他に興味や関心があれば、ぜひ両立して学んでほしいと思います。

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