2026
08/05
「小児の訪問診療」の現状と課題
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在宅医療
院長
梅野 福太郎
在宅医療(15)
皆さんは、「訪問診療」や「在宅医療」と聞くと、どのようなイメージを持たれるでしょうか? もしかしたら多くの方が、通院が難しくなったおじいちゃんやおばあちゃんのご自宅に医師が訪問することを想像されるかもしれません。しかし、対象は高齢者の方々だけではありません。現在、ご自宅で医療を受けながら生活している「子どもたち」が地域でたくさん暮らしており、小児への訪問診療も重要となってきています。
今回は、小児の訪問診療の現状と、子どもたちやご家族が直面している課題についてお話ししたいと思います。
増え続ける「医療的ケア児」とご家族の直面する現実
かつては救うことが難しかった小さな命が、新生児医療や小児医療の目覚ましい進歩によって助かるようになりました。その一方で、退院してご自宅へ帰った後も、生きるために日常的に人工呼吸器や痰の吸引、胃に直接栄養を入れる「胃瘻(いろう)」などの医療ケアや医療機器を必要とする子どもたちが急増しています。このような子どもたちは「医療的ケア児」と呼ばれており、その数は全国で過去15年間に約2倍に増加しました。中でも人工呼吸器を必要とする子どもはなんと約20倍にまで急増しています。
病院の集中治療室(NICU)を退院し、いざ自宅での生活が始まると、ご家族には想像以上の大変な日常が待ち受けています。例えば夜間に痰の吸引を行うなど24時間体制での医療ケアの負担が重くのしかかります。少し目を離した隙に命に関わることもあるため、ご家族がゆっくり眠ることすら難しく、ご兄弟への関わりが不足してしまったり、社会から孤立してしまったりするケースも少なくありません。
小児の訪問診療の役割~「医療を届ける」だけではない~
訪問診療によりまず、通院負担を軽減することができます。医療的ケア児は毎月病院を受診する必要がありますが、たくさんの医療機器と一緒に移動することは物理的に非常に負担が大きいです。自家用車がなかったり、ご両親が共働きであったりすると、その負担は計り知れません。訪問診療医が定期的にご自宅へ伺うことで、この大きな負担を取り除くことができます。また、突然の体調不良時にも、受診することなくご自宅で対応し、入院を回避できることも少なくありません。
また訪問診療医は「病院と地域をつなぐ架け橋(ハブ)」になることができます。ご自宅という生活の場に訪問することで、病院の診察室では分からない家の間取りや、ご家族の生活リズムを把握することができます。そして、医療、福祉、教育という枠組みを超えて、訪問看護師、訪問ヘルパー、支援学校の先生方などと連携し、その子にとって最適な生活環境を一緒につくり上げていく役割を担っているのです。
大人になっていく子どもたち「移行期」の壁
在宅医療や地域のサポートを受けながら、子どもたちは成長していきます。ここに新たな大きな壁が立ちはだかります。それが「移行期」と呼ばれる問題です。
医療機器を必要とする子どもたちも、年齢を重ねて小児期から成人期(10代後半~20歳)へと移行していきます。ある診療所の例では、患者さんの4割以上が15歳を超えており、小児といっても平均年齢は17歳を超えています。しかし、子どもたちが大きくなり小児科(疾患全般を診る)からの「卒業」を迫られたとき、複雑な病状を抱えた彼らを引き継いでくれる成人疾患の病院(専門分化が進んでいる)は極めて少ないのが現状です。体調が悪化した際に入院できるベッド(バックベッド)を確保しておく必要性が高いにもかかわらず、成人科での理解がなかなか進まないという大きな壁があります。
加えて、ご家族が休息を取るための「レスパイト(家族など介護者が一時的に介護から離れて休息を取ったり息抜きをしたり、心身の疲れを癒やすための支援サービスや仕組み )」施設の不足も深刻です。医療的ケア児に対応できる短期入所施設は少なく、主介護者であるご両親が高齢化したり病気になったりしたときに、誰がどのように生活を支えていくのかという不安が常に付きまといます。また、歩いたり話したりできる一方で重い医療ケアを必要とする子どもたちも増えており、現在の福祉制度の枠組みの中では支援を受けにくいという制度上の課題も残されています。
地域全体で見守る社会へ
難病や障害を抱えた子どもたちが、地域の中で安心して暮らしていけるようになることが大切です。しかし、私たち医療者や福祉関係者の力だけでは、全てを解決することはできません。
地域に重い病気や障害を持ちながらも、ご家族と一緒に一生懸命に生きている子どもたちがいることをぜひ知っていただきたいです。もし街中や公園で、人工呼吸器などの医療機器を付けた子どもや車椅子の子どもとそれに付き添うご家族を見かけたら、どうか温かい目で見守ってください。
2021年には「医療的ケア児支援法」が成立し、子どもたちが地域で教育を受けられるよう学校などでの受け入れが進むなど、少しずつ社会も変わり始めています。社会の無関心を少しの関心に変えていくこと。その一つひとつの小さな理解の積み重ねが、子どもたちとご家族の孤立を防ぎ、誰もが安心して暮らせる優しい地域社会をつくっていく確かな力になります。訪問診療医として、子どもたちの笑顔あふれる地域を皆さまと共につくり上げていければと切に願っています。