2026
07/06
ナイチンゲールと緩和ケア
-
緩和ケア
日本緩和医療学会緩和医療専門医。日本緩和医療学会代議員・日本死の臨床研究会代議員。
一級建築士、技術士(都市計画)の資格を持つ異色の緩和ケア医。現在は緩和ケア病棟(設計)の研究のため、東京都立大学大学院都市環境科学研究科建築学域に在籍中。
「緩和ケア」の現状と課題(12)
緩和ケアが始まったのはナイチンゲールが活躍した100年後
NHK朝ドラ「風、薫る」は(本稿執筆時)、セリフの随所にナイチンゲールの思想がちりばめられていて、(時間があるときだけですが)興味深く拝見しています。番組では、「看護婦(当時)」という職能が形成されていく過程を通して、患者さんを治す行為そのものではなく、患者さんが治癒に向かうように環境や生活を整え、心身への負担(苦痛)を軽減しようとする、ナイチンゲールの考えた「看護」原論が描かれているように思います。
ナイチンゲールの活躍が緩和ケアの観点から語られることはまずありません。そもそもナイチンゲールの時代に「緩和ケア」という概念はありませんでした。一般には、シシリー・ソンダースが1967年にセント・クリストファー・ホスピスという施設をロンドン南部に設立したのが緩和ケア・ホスピス運動の起点とされます。ナイチンゲールが活躍した時代から100年後のことです。ソンダースは、近代的なホスピスを誕生させたとともに、モルヒネなどを使って疼痛を緩和することを医学として確立し、また、患者の苦痛を身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな苦悩を含む「トータルペイン」として捉えることを広めるなど、現代の緩和ケアの骨格を作り上げました。
そして、ソンダースは「死を看取ること」に重きを置いたのに対し、ナイチンゲールが取り組んだのは、患者が「治癒に向かう」環境を整えることでした。クリミア戦争の現地に赴き、陸軍病院の療養環境の改善など(その結果の死亡率の低下)に尽力し、「病気の治癒」に資する看護を追求した彼女の行動が、現代の緩和ケアの概念の枠組みでは取り上げられないのは無理のないことです。
現代の緩和ケアに通じるもの
しかし、ナイチンゲールの思想に、現代の緩和ケアに通じるものがあることは確かです。ナイチンゲールは、患者の苦痛を病気そのものだけのせいにせず、療養環境の改善に解決の糸口を求めていますが、これは現代の緩和ケアと相通じるものです。また、看護の目的の中心はあくまで患者であるとして、医療者が善意の実現や患者からの感謝の享受を欲することを戒めています。これも私たち緩和ケアに携わる者としては見逃せない教えです。
そして、患者を軽率に励ましたりすることはせず、患者が率直に話せる相手を必要とすることもあれば何も語りたくない時もあることを心得た上で患者に「寄り添う」ように教えています。これもまた、緩和ケアの現場で普遍の原則だと思います。
「ナイチンゲール病棟」に見られる環境配慮
ところでナイチンゲールは、病室の換気、日光や窓からの眺めなどが、患者の回復力を高める上で重要であると考え、彼女自身が病棟の設計手法を提案しています。実はこの「ナイチンゲール病棟」と呼ばれる建築様式は、19世紀後半から20世紀前半にかけて、英国を中心に欧米の病院建築に大きな流れを作っていました。
「ナイチンゲール病棟」の最大の特徴は、できるだけ南北方向を軸とする細長い大きな病室に、両側の壁に沿って(壁側に患者さんの頭が来るように壁と直交して)合計20~32床のベッドを並べ、ベッド間に大きな窓を設けた点にありました。高い天井による大きな気積と両側の窓による換気は、当時の建築技術における病室の空気環境への最大限の配慮でした。また、病室の東西の窓はどちらからも(午前と午後で交互に)日の光が差し込み、患者さんは向かいの窓を通して明るい外の景色を眺められるようになっていました。
前回の拙稿(2026/05/18「マギーズセンターの建築要件から学ぶもの」)で、私は「がんと向きあう人には環境が極めて重要と考えて」設計されている英国のマギーズセンターを紹介しました。その設計のポイントには、光や眺めなど、ナイチンゲールが病棟に求めていたものと通じる発想があります。ナイチンゲール病棟は今でこそ病院建築の主流ではありませんが、その思想は今でも評価され、マギーズセンターなどで引き継がれているのだと思います。
今も昔も変わらない「基本的な緩和ケア」
「風通し」「光」「眺め」……「ナイチンゲール病棟」の病室は今とは全く違うものですが、ナイチンゲールが求めていたものは、今も私たちの生活に必要なものです。ナイチンゲールの教えを見ると「緩和ケアのない時代から緩和ケアは行われていた(?!)」という気がしてきます。
実はこれもまた、現代の緩和ケアの潮流です。つまり、緩和ケアは(中には専門的な難しい手技もありますが、大半は)医療・看護の現場の誰もが心掛けるべき「基本的緩和ケア」として位置付けられつつあります。
ナイチンゲールは、緩和ケアという言葉のない時代に、その本質の一部を語っていたのかもしれません。